第2話「その乳母、妾につき…」
倉庫が開かなくなったというドワーフの武器屋の依頼を受けて、トースケは現場に来た。1分もかからずに倉庫を開け、スペアキーを作り、依頼は終了した。
いつものように、ギルドで報酬をもらい、パン屋でパンを買い、家に帰る。
いつもと同じような時間。
いつもと同じ道。
違うのは森の罠に、ゴテゴテした鎧を着た人たちがハマっていること。
トースケは罠の中で呻いている人たちを無視して、家へと向かう。
家の周りには、鎧を着た兵士たちがエリサと入り口で押し問答をしていた。
「いったいなんの税ですか?この森はシノアという薬師が開拓した場所です」
「だから、住民税だと言ってるだろう?この地方に住んでいるのだから、一人頭銀貨3枚払ってもらう!」
「なぜ、今まで徴収していなかった税金を払わないといけないんですか!?」
「お前たちも道や橋を使うだろう?そのためには金が必要なんだ!」
「私はここに住んでいるので、道も橋も使いません!」
「だからと言って、小麦を運ぶのにも鉄を運ぶのにも必要なんだ。間接的には使っていることに変わりない!」
「あ、ちょっとごめんなさいよ。一人銀貨3枚ですね」
トースケは兵士に近づき、銀貨9枚を渡した。
「トースケ!」
エリサが叫ぶ。
「こんな森の奥深くまで来てるんだ。皆さんを中に入れてお茶くらい出したらどお?」
この家のお茶を飲むと、ほぼ確実に眠り薬か麻痺薬が入っている。
それを知ってか知らずか、兵士は銀貨を袋に入れて、
「いや、我々の用件は済んだ。これで失礼する!」
と、兵士たちは暗くなってきた森に怯えるように退散していった。
「どうして、お金を渡したの!?」
「お腹が減ってるからだよ。仕事して帰ってきて、面倒なことに巻き込まれたくない。それよりも夕飯にしよう!」
「もうっ!」
エリサは急いで、台所に向かった。
中に入ると、シノアがテーブルでお茶を飲んでいた。
「おかえり」
「ただいま」
「全員ぶっ飛ばしたってよかったんだよ。畑の肥料にすりゃいいんだから」
「俺だって、一応、町で働いてる身だよ」
「ふ~ん、ずいぶん大人みたいな口利くようになったねぇ。人頭税の次は住民税かぁ。町の奴らはどうしてる?」
「皆、しぶしぶ払ってるみたいだよ。ギルドの冒険者からも取ってるみたい」
「戦争でも始まるのかねぇ…」
エリサがポトフの鍋を持ってきて、ドンっとテーブルに置いた。
「頭にくるっ! いつも割を食うのは私たちなんだからっ!」
エリサの過去に何があったのか知らないが、いつも税金を取り立てに来る兵士には厳しい。
「払ったのは俺だよ!」
食器を持ってきながら、トースケが言う。
エリサは怒りながら、口いっぱいにパンを入れた。
「そうだ、明日、誰か来るかもしれない」
唐突にシノアが言った。
「誰かって誰?」
「さあ、息子のうちの誰かだと思うけど、忘れたね」
「忘れたって、自分の息子だろ!?」
「800年も生きてりゃ、息子だって、何十人もいるさ。いちいち覚えてられないよ!顔見りゃ嫌でも思い出すさ」
「だったら、トースケ。明日クッキーでも買ってきてあげなさい」
エリサが言う。
「俺はたった今税金払ったばっかりだよ」
「いいじゃないの!せっかく親子の再会なんだから、なんか甘い物でも買ってきてあげたら」
「いらないよ! 食いたきゃ自分で買ってくるさ」
シノアが断った。
それでもエリサはトースケを見る。
「…っち、わかったよ。買ってくるよ、買ってくりゃいいんだろ」
「それでこそ、私のお乳で育てた息子! んーブチュー」
エリサがトースケの頬にキスをしようとして、本気で拒否られた。
翌日、やけに身ぎれいにしたエリサが朝早くからバスケットを持って出かけていった。
「今日は何の日?」
「さあ? 貧乏な木こりの誕生日かなんかじゃないか」
未だ朝食を食べているトースケとシノアがつまらなそうに会話する。
「なんでもいいけど、俺達の飯も忘れないでほしいよな」
昨日の残りのポトフを食べながら、トースケが言う。
「お前も、今日は急いで帰ってこなくていいからね」
「ああ、そうだったね。今日は親子水入らずだっけ?」
「水入らずも何も、こっちは忘れちまってるんだ。金の無心でなきゃいいけど」
「まぁ、金なんかないんだから、取られるもんなんてないだろ」
「悪魔の子が言うようになったじゃないか」
「当たり前さ。俺は生まれた時から喋れるんだからな」
食事が終わると食器と鍋を洗って、トースケは家を出る。
シノアは庭の畑で、雑草を抜く作業をしている。
「いってくる!」
トースケの呼びかけに、シノアは後ろを向いたまま、手を振って答えた。
ギルドを覗いたが、今日は鍵師としての仕事依頼はなかった。
「今日、仕事ない?」
トースケはカウンターに行って、職員のおじさんに話しかけた。
「荷物持ちとか、引越作業とかでもいいんだけど…」
「んーっと、ないな」
おじさんは書類をパラパラとめくって答えた。
「トースケよ。いい加減、初心者講習でも受けないか?このままレベル1じゃ、冒険者として指名されないぞ」
「いや、いいよ。別に俺はこの町出て行く気とかないし」
「いいのか?」
「ああ、クソババアの手伝いでもするさ」
そう言って、トースケはギルドを出る。
やることがなくなると、トースケはダンジョンに潜って、宝箱を漁ることにしている。
ダンジョンと言っても、この辺りでは、片手で数える程度しかない。
ほとんどの宝箱はあさり終わっているのだが、冒険者が武器を落としたり、死んだりすると、ダンジョンマスターが宝箱を更新することがある。
もちろん、ダンジョンマスターよりも早く冒険者の死体を見つければ、身ぐるみを剥がして、町で売る。
町を出て、街道を進み、ダンジョンである洞窟に入る。
何人もの冒険者が洞窟に挑んでいるので、すでに道ができている。
ダンジョンに入るとなるべく人目につかないように、忍び足で進み、戦闘の音がしたら、しばらく待つ。
魔物に襲われても、トースケは「止せよ」と振り払うだけで、特に殺しはしない。
そもそも防御力が高すぎるので、トースケには攻撃が当たらず、魔物の方も倒せないとわかると、どこかへ去っていくのだ。
コウモリ系の魔物が放つ怪音波も毒沼もトースケにはまるで効かないので、冒険者たちが行き止まりと思っているところでも、トースケはどんどん進む。
魔物にやられ、今にも死にそうな冒険者を発見すると、覆面をして、回復薬を売りつける。
シノアが作った回復薬ではなく、トースケが自分で作ったものだ。
ほとんど効果は変わらないが、シノアが作ったほうが、なんとなく効果が高いような気がする。
死に際の冒険者には、暴利で売るに限る。
「そんな! 高すぎる!」
「なら、こちらは別に構わないのです」
そう言って、覆面のトースケが立ち去ろうとする。
「わ、わかった! 買う、買うよ! 命には換えられない!」
最後には必ず、冒険者が折れる。
「毎度あり!」
通常価格の10倍ほどの値段で回復薬を売り、とっとと立ち去る。
立ち去らずに、そのままいると逆恨みした冒険者が襲ってくることがあるので、全力でダンジョンから逃げ出し、覆面をとる。
覆面の場合もあれば、仮面の時もある。
トースケは使い分けながら、インパクトのあるかぶり物をすることで、他の印象を残さないようにしているのだ。
トースケは町に戻り、パン屋でいつものパンとクッキーを買った。
帰るには早く、親子の再会に水を差すようで悪かったが、クッキーもあるし、薬草の調達と回復薬の調合もあるので帰ることにした。
張り直した罠。
いつもと変わらない景色。
母屋が見えてきた時、庭が荒らされているのが見えた。
急いで、家に駆けて行くと、入口のドアから、若いエルフが吹き飛ばされてきた。
中から、エルフの仲間であろう冒険者らしき者たちが駆け寄る。
「くそっ!死にぞこないがぁ!」
吹き飛ばされたエルフが叫ぶと、家の中から、杖を持ったシノアが出てきた。
エルフは弓を構え、シノアに向ける。
トースケが一瞬動こうとしたが、
「トースケ!手ぇ出すんじゃないよ!」
と、シノアに止められてしまった。
「お前も、お袋の息子か?」
エルフはシノアからトースケに狙いを変えた。
トースケはエルフをじっと見つめ、目をそらさなかった。
「クソババアの介護は苦労するだろう?お前も冒険者か?」
「そうだ」
「盗賊みたいななりだなぁ。レベルは?」
「1だ」
「クハッ……ハハハハ!ババア、人の育て方忘れたか?」
トースケが「やろうか?」とシノアに目を向けたが、シノアは首を振った。
「ほら、これやるから二度と面見せるんじゃないよ!」
シノアが手提げ袋ほどの袋をエルフに投げた。
仲間の剣士が袋をつかみ、中身を改める。
「こりゃ、能力上げの実だ」
「はっ、相変わらず、実らねぇ研究を繰り返してるなぁ!これが800年の成果かぁ。哀れだなぁ。へっ貰っとくよ!」
エルフはようやく、弓を下げた。
ちょうどそこへ、エリサが帰ってきた。
「あら、息子さん? どうぞ、ご飯でも食べて行ったら?」
「だれだ? こいつ」
トースケはエリサに弓を向けたら、ぶっ飛ばそうと思っていた。
シノアも杖を振り回して、魔力を練り上げている様子だ。
「待てっ!あんた…もしかして…」
そう言ったのは、エルフの仲間の剣士だった。
剣士はエリサを上から下までじっくりと見て、驚いたように声を上げた。
エリサは、初め剣士を見ても、「何か?」という表情をしていたが、何かに気づいたように、急に目をそらし、固まってしまった。
「もしかして、旅の踊り子だったことはありませんか?」
「…いえ、そんな…人違いじゃありませんか?」
エリサは俯いて答えた。
「おい、どういうことだよ!」
エルフが怒鳴るように言う。
「シェイス、待て! …今日のところは引き返そう。また、日を改めて来よう」
「なんだ? どういうことだよ!」
剣士は納得いかないエルフを引っ張って、仲間とともに去っていった。
「エリサ…エリサ! 大丈夫?」
「ん…? うん、うん、大丈夫」
トースケはエリサの背中に手を当てて、家に帰った。
「悪かったね」
シノアが言う。
「いや、それよりエリサが」
「うん、わかってる」
魂が抜けたようなエリサを椅子に座らせ、珍しくシノアがお茶を出した。
「クッキーでも食べる?」
「え? ええ、いただくわ」
エリサはお茶を出しても、クッキーを出しても、心ここにあらずといった感じで空を見つめていた。
「いい加減、声に出したらどうだい? 15年も一緒に暮らしてるんだ。今更、あんたが何言ったって驚かないさ」
シノアがお茶をすすりながら言った。
エリサはその言葉を聞いて、トースケを見た。
「俺がいないほうが話しやすいなら、部屋に行ってるけど…」
「いや、話す。話すわ」
エリサはお茶を一口飲んで話し始めた。
「知ってると思うけど、ここに来る前、私は子どもを産んだの。子供の父親の名前はアルフレッド・レギサンダー」
「なっ! なんだって!」
驚かないと言っていたシノアが飲んでたお茶を噴き出した。
「当時、この国の第三王子で、4年前に国王になった人よ」
トースケは口を開けて、固まった。
「私は東部で旅芸人のキャラバンで踊り子をしていたの。アルフレッドは東部の国境線付近を治める守護職に就いていた。私たちが慰問に訪れて、彼の目の前で踊った。『一目惚れした』と言われたわ。それから人目につかない場所で、会うようになった。と言っても、仮にも彼は王子。お付の人がいなくなるわけじゃない。見張りとして、ついていたのが、さっきの人…だと思う」
トースケとシノアは先ほどのエルフと一緒にいた剣士を思い出した。
「そのうち私のお腹が大きくなり始め、踊り子ができなくなった。もちろん、踊り子が王妃になれるわけもなく、彼に迷惑をかけるのも悪いし、お金もたっぷりもらったから、辺境の故郷に帰ってきた。彼の子を産んですぐに手紙が来たわ。子どもを見せて欲しいって。その頃には彼は王都に帰っていたから、王都に行けばよかったのかもしれない。でも、私はもう関わる気はなかった」
エリサは自分の手を見つめ、目をつぶって大きく息を吸う。
「ある日、突然兵士が家にやってきて、私の子どもを攫った。まだ、名前もつけていなかった。そのあとは、あまり覚えてない。泣き叫んで、涙が枯れた頃、この森に辿り着いていたんだと思う。そして、シノアとトースケにあった。あなたは変わった子だった。まだお乳を飲んでるって言うのに、大人みたいな口を利いて『すまんな、助かるよ』なんて言って。悪魔の子なんて言ってたけど、本当は天使みたいだった」
エリサはトースケを見て、微笑んだ。
「そうかい。嫌なこと思い出させちまったね」
「ううん。いつか言わないと、と思ってたから」
「でも、ここにいるってバレたら、どうなるの?」
トースケがシノアに聞いた。
「確か、病気で塔に幽閉されてるっていう王子が一人いたね。たぶん、それがエリサの息子だろう。一番年上だとしたら、第一王子ということになるのかな? んー第一王子の母親が旅の踊り子ってのはまずいね。最悪兵士が来て、殺されるか、もしくは城に連れて行かれるかもしれないね」
「そんな…私はここにいたい!」
エリサが叫んだ。
「…だとしてもだ。さすがに、国と一戦交えるには覚悟がいるよ。アタシももう歳だ」
エリサは目に大粒の涙を溜めていた。
「いい機会じゃないか。生き別れた息子と会えるさ」
「でも!」
エリサはトースケを見た。
「俺も、もう15だよ。親離れしなくちゃ。それに俺はこう見えて盗賊だよ。忍びこむのはうまいんだ。会いたくなったら、会いに行くさ」
「大丈夫。そんなすぐに兵士も動かないさ。ちゃんと調査しに来るし、こっちも準備する時間はある」
「準備って…?」
「ちょっと地下室に行こうか」
シノアが立ち上がり、エリサを案内する。
エリサにとっては初めての地下室だ。
トースケは笑って2人について入った。




