第19話「その町、手がかりにつき…」
不思議だった。
トースケが想像していたネーショニアの町とはかけ離れていた。
獣人しかいないのは見てわかるのだが、住居には木材も多く使われている。町の見張り台も大きな木でできているし、森からの襲撃に備える杭も木製だ。
いや、そもそも森に生えている木はキョウチクトウやドクリンゴの木ではなく、普通の楢。そして港の近くでは木製の船が建造されている。
「薪がないから困っているんじゃなかったか。木があるのに薪がないなんて……。しかも、この臭いは薬か、いやハーブかな?」
町中が薬品臭いが、どうやら町のそこかしこで植えられているハーブの匂いらしい。
警鐘が鳴り響き、慌てふためいている獣人たちの間を縫うようにトースケは町を観察しながら、進んだ。
深くフードを被ったアメリアは宿を探しながら、周囲の獣人を見て驚いていた。
「身なりの良い獣人なんて久しぶりに見たわね。そういえば、さっきの盗賊たちも毛皮の防寒着を着ていたし、ネーショニアの中でもこの町は都会かしら」
スノウレオパルドで見た獣人は皆、奴隷で粗末な服しか着ていなかった。
喧騒のなか、ようやく見つけた宿で海獣の獣人と偽って部屋をどうにか借りることに成功。冬だというのに汗もかいてしまった。
「毛がないことがこんなに不便だとは思わなかった」
獣人は毛の色や濃さで種族を判断されるため、宿屋の主人がなんの獣人か聞いてきたのだ。
「はぁ、とっさに海獣の獣人なんてよく出てきたわね。自分の頭の良さが怖い。ところでこの箱はいったいなに?」
小さなワイン樽くらいの大きさの箱が窓際に置いてあった。見たこともないし、なにに使うのかもわからないが、表面になにか描いてあるようだ。
「きれいな模様が描かれた箱。なにかを入れておく穴と蓋もついているけど、金庫じゃないわよね」
宿の部屋でアメリアは不思議な箱と対峙していた。
警鐘が鳴り響き、森からオークの集団が飛び出してきた。
数にして30頭ほど。オークはイノシシと豚をかけ合わせたような顔をしており、灰色の肌をした二足歩行の魔物だ。身体は大きく手にはこん棒が握られている。一振りすれば、大人の頭はかち割れそうだ。
いつの間にか町を南から北まで横断していたトースケはオークと戦おうとしている町民に武器を渡していた。正直、持っていても仕方がないし、荷物になるだけ。
「必要な人に渡そう」
と、全て手放してしまった。売れそうにもないのでトースケとしてはよかったと思っている。
町の衛兵が迫りくるオークの集団に矢を放つも、硬い皮膚に弾かれてしまっていた。
「結構、硬いんだな」
オークと衛兵たちの戦いが始まったが、盾を持つ衛兵が防戦一方。武器を渡した町民も応戦しているのだが、全然歯が立っていない。このままだと町に入られてしまうだろう。
トースケも協力できるかもしれないと竜の涙を取り出してみたが、なぜか竜の涙はなにも叫ばない。もしかしたら、何日かに一度しか使えないのか。
「あれ、やってみるか」
そう言うと、トースケは魔力を自分の周りに回転させながら、怒気を加えてみた。徐々に範囲を広げていく。周囲の野次馬はなにかの気配を感じて、徐々に逃げ出し始めた。
トースケの魔力は戦っているオークと衛兵にぶつかり、一瞬双方の手が止まる。
「人族の化物だぁ!」
野次馬の中にいた盗賊の一人がトースケを指さして叫ぶと、一斉に逃げ出し始めた。衛兵もオークもあっさり戦いを止めた。オークの集団は怯えるように森へと逃げ出した。
「こんな効果あるの? 魔力って思ってたよりもすごいな」
ただ、オークがいなくなり衛兵たちがトースケに向けて包囲網を作り始めたので、今度はトースケが森へと逃げ出した。集団ほど怖いものはない。事故のように思わず殺してしまったら、レベルが上ってしまうからだ。
トースケは獣道を走り、オークの集団の後ろをついていった。オークの棲家があれば食料かなにかあるだろう。顔がバレてしまい、町に戻れない以上、この森で調達しないといけない。
魔力を切ると、オークたちは逃げるのを止めて周囲をキョロキョロと見回した。明らかにトースケを警戒しながら、自分たちの棲家へと帰っていく。
「まさか、あれか?」
オークたちは炭鉱のような木枠がしっかりと嵌められた洞窟へと入っていった。入り口の側には、ツルハシと手押し車が捨て置かれている。近づいてみると、小さな石炭のクズが散らばっていた。
「魔物の棲家になっているということは、本当に石炭は諦めたってことかな」
中に入ると、死ぬほど驚いた顔のオークがこちらを見ていた。
「こんにちは」
言葉が通じるわけもなく、大きなオークが飛びかかってきた。手を掴んでねじ伏せる。
「よしよし」
無理やり頭を撫でてやると余計に怯えていた。構わず、なにを食べているのか見ておく。どうやらオークたちは木の実や動物を狩って、その生肉を食べているらしい。
ただ、洞窟には50頭ほどいるため、どう考えても量が少ない。食料のために町を襲ったようだ。だからといって助ける気はない。
「やっぱり食料はないか。またドクリンゴでも食べて飢えを凌ぐかな。それよりも、炭鉱の調査でもするか。そのために来たわけだし」
トースケはオークたちを放っておいて、炭鉱の奥に進んでいった。
オークたちは入口付近を棲家にしているらしく、少し進むと明かりもない。壁掛けの松明に火を灯し見て回ったが、コウモリやヘビがいるくらいで普通の坑道だった。分かれ道もたくさんあり、石炭を掘った跡がいくつもある。ちゃんと使っていたことはあるらしい。
突き当りまで行くと天井が崩落しており坑道が塞がれていた。
「掘れば先があるのかな?」
軽く殴ってみると上から岩が落ちてきた。魔物でもないので問題なく拳で粉砕していく。ただなくなるわけではないので運び出さなくてはいけない。
結局、一旦入口まで戻ってツルハシと手押し車を持って来ることに。
オークたちはトースケが通る度にビクビクしていたが、特に殺されることもないとわかったのか邪魔にならない場所で焚き火をしていた。しかも、出てきたコウモリを捕まえて食べている。ちゃっかりしているな。
「いやぁ、魔物でも焚き火できるくらいには枯れ枝があるんだよなぁ。やっぱり、なんかおかしいよなぁ」
疑問を口にしながらも、突き当りまで向かった。コウモリやヘビを避けながらなので、ちょっと神経を使う。
「これ、本当に必要だったかな」
竜の涙を革の鎧と一緒に置いて、ひたすら掘る作業を開始。上半身裸で、なりふり構わずツルハシを振り下ろしていく。アイテム袋でもあればいいのだが、そんな便利なものはない。
掘っては手押し車で出すという作業を繰り返す。埃も舞うので、布で口を塞ぎ、ひたすら掘っていくと、ポッカリと通路が空いた。埋められた人の骨もあったので、とりあえず掘り出しておく。
「ようやく、空いたかのう?」
どこかから声がした。通路の奥に人がいるのかと思って松明を掲げたが、真っ暗でなにも見えない。
「どちらさんですか?」
「ここじゃ。ここ。革の鎧に入っておるじゃろう?」
そう言われても革の鎧には竜の涙しか入っていない。
「それじゃ、それ! わからんか。鈍いやつじゃのう。仕方がない」
声の主は崩落事故で死んだ髑髏の中に入り、話し始めた。
「どうじゃ? これでわかるか?」
「骨?」
「ああ、ちょうどよく全身の骨が残っているようじゃのう。使わせてもらうか」
潰されていた骨が動き始め、ゆっくりと立ち上がった。
「ごきげんよう。竜の涙を首にかけてくれるか? 遠隔操作は面倒じゃ」
「あー、はいはい」
首に竜の涙をかけてあげると、スムーズに手足を動かし、自分の動きを確かめていた。
「肉はなくても動くものじゃな。ん? どうした? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「いえ、え? 宝石が喋ってるんですか?」
「違う」
「では誰が? まさか死んだ炭鉱掘りじゃないですよね?」
「竜じゃ、いや、元竜と言ったほうが的確かな。お前さんが理解できるように言うと竜の涙に入っていた魂じゃな。それよりも見ていたぞ。我が姉をぶっ飛ばすところを。痛快愉快とはこのことじゃ。礼を申す」
「ああ、白竜の弟ですかぁ。え? なにしてるんですか?」
「ようやく、あの箱入りババアの呪縛から解かれたからのう。今の世界を見たくなって出てきた。なんなら協力してやらなくもないぞ。お前さん、コールやパールの家族だろ?」
「末の弟です」
「じゃろうな。そういう匂いをしている。名はなんと申す?」
「トースケです。あなたは?」
「ワシはかの有名なガナッシュじゃ」
「なんだか美味しそうな名前ですね?」
「バカを言うな。顎をいう意味じゃぞ。で? トースケよ。お前さんはなにをしておるんじゃ?」
「なにって言われると、なんでしょうね。一応、炭鉱の石炭を採れるようにすれば、ネーショニアとスノウレオパルドが戦争をする必要がなくなると思ってたんですけど……」
「なんじゃ、迷っているのか?」
「ネーショニアの状況が思っていたのと違って。やっぱり、炭鉱よりも、あの町を調べたほうがいいですかね?」
「先ほどいた町か? あの町は好かん。魂が腐るような匂いがした」
そういえば、オークと衛兵が戦っている時、竜の涙を取り出しても出てこなかったな。
「確かに、なんか変なハーブの匂いがしましたよね。薬品臭いっていうか……。霊も寄り付きたくはないか。あれ? ってことは、霊媒師の情報戦が効かないってことですよね? マズいな」
もしかしたらパールが考えていたネーショニアと、本当のネーショニアの現状は大きく違うかもしれない。
「あのハーブを育てている町が他にもあれば、全部ひっくり返る可能性もあるのか? あの王子は本当になにも知らされず……? 調べる必要があるなぁ」
「どうしたのじゃ? 急に深刻そうな顔をして」
「事態はすでに深刻なんですよ。炭鉱なんて掘ってる場合じゃなかったかもしれない! ガナッシュさん、霊ならどこでも行けるんですよね? ちょっと入りたくない町がこの島にいくつあるか調べてくれませんか?」
「町に入らなくていいなら構わないが、ワシに利益がなぁ……」
骸骨が首を傾げた。
「白竜の元から連れ出したのは俺ですよ。それにさっき協力してくれるって言ったじゃないですか!」
「仕方ないのう。わかった、わかった。協力はしてやる。その代り、ほら、あの胸の豊満な娘がいたじゃろ?」
「え? あー、アメリアですか?」
「よりを戻せ。喧嘩別れじゃ後悔することになるぞ」
「いや、そもそも仲間でもなんでもないんですよ」
「でも、あの娘のお陰で海でも生き残れたのじゃないか?」
「まぁ、そうですけど……」
「ああいう手合は、時々役に立つから、付かず離れずの関係が良い。死んだ竜からの助言じゃ」
「そういうもんですかねぇ」
「そういうもんじゃ。では、行ってくるか。今晩、またここに戻ってくる。それまでにトースケも調べを済ませておけ」
ガナッシュはそう言うと骸骨の姿で走り出し、ふわっと浮き上がったかと思うと、入り口の方へ飛んでいってしまった。
「また、変なのと関わっちゃったなぁ。うちの兄弟の知り合いは変なやつばっかりか」
トースケは奥にあった石炭を少しだけ掘り出して、炭鉱を出る。
焚き火をしていたオークが、身振り手振りで炭鉱からなにかが出てきたことを伝えてきた。
「ああ、ガナッシュっていうんだ。それより、これ使うと薪よりずっと長持ちするよ」
そう言ってトースケは焚き火に石炭を入れてやった。代わりに焼いていたコウモリの姿焼きを貰って、町へと向かう。
「バレないように町に侵入しないとなぁ。シーフでよかった」