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第17話「その夜、荒れ模様につき…」

 

「バカだね! 誰が白竜を倒してこいなんて言ったんだい! 私は盗んでこいって言ったんだよ!」

「だから盗んできたよ。ちょっと騒ぎが大きくなっただけじゃないか?」

 トースケは宿でパールに竜の涙を見せて、どうやって盗んだのか事情を話したらこっぴどく叱られている最中だ。

「いいかい? 自分の力がなんにもわかってない。あんたが掌底なんてしたら死ぬに決まってるじゃないか?」

「でも、ちゃんと息を吹き返してたよ」

「そういう問題じゃない! 空をご覧! あの白竜を恨む霊はいくらでもいるんだよ。弱ってるなんて知ったら、集まってくるに決まってるじゃないか!」

 トースケが窓の外を見ると闇夜に形がはっきりとわかるほど大勢の白い霊が砦の方に移動していくのが見えた。

「そんなこと言ったって、パールが盗んでこいって言うから」

「だから加減を知りなさいって言ってんだよ! もう金輪際、トースケは暴力を使うんじゃない! いいね! わかってると思うけど、白竜を殺したら経験値が唸るほど入ってくるんだ。レベルが上ったら死ぬことを忘れるんじゃない! 自分で自分を殺してどうする!?」

 パールは「ああ、もう、これだから」などと言いながら毛皮のローブを着込んだ。トースケはパールが自分を心配して怒っているのでまったく反論の余地がない。

「腹への攻撃でよかった。死ぬまでに3日ほどはかかるね。竜の皮がなかったら即死だよ。その間にどうにか私が白竜を助けるから、トースケは一人でネーショニアに渡って、島ごと獣人たちを救ってきな!」

「え~! そんなぁ~!」

「白竜が弱っていることを知ったらネーショニアの船が町に侵攻してくるんだよ。そしたら一気に開戦だ。これも全部トースケが白竜をぶちのめしたからだよ」

「でも、どうやって? 海を渡るって言ったって、冬の海は泳いで渡れないよ。空だって飛べないし」

「そんなもの自分でどうにかしな! 出来なきゃその竜の涙を盗んできた意味がないよ!」

 トースケは苦虫を噛み潰したような顔で「わかった」と唸るように言った。

「ああ、それから回復薬持ってるんなら出しな。白竜を殺すわけにはいかないんだからね!」

 トースケは自分に使おうと思って作っておいた回復薬の瓶をパールに渡した。

「兵たちも自分たちの大将が死にかけてるなんて言わないだろうけど、人の口にとは立てられないからね。急ぐんだよ」

 パールはそう言って宿の扉を開けて出ていった。雪道を歩きながら「まったく兄弟揃って人の迷惑考えないんだから」と呆れているのが聞こえてきた。

 

 トースケは仮眠しか取っていない状態で、まだ夜が明けきらぬ港へと向かった。どうすればネーショニアに行けるかも、ネーショニアに行って何をすればいいのかもわからない。

「とにかく戦争を止めるだけ。それが一番難しいんじゃないか」

 眠い目をこすりながらトースケはぼやいた。

 砦のサイレンがなったため、港は忙しなく動く兵たちと漁師たちでごった返している。

「情報は!?」

「なにもわからん。砦も混乱しているらしい。賊が入ったという噂もあるが……」

 兵たちは集まっているものの誰も状況を理解していないらしい。総督の生命が危ないなんて言ったら、もっと騒動が広がってしまうので、トースケはなるべく兵たちから離れた。

「ちょっとどうするんだよ! 漁に出ていいのかい!?」

「冬の漁は一日でも休むと大損害なんだけどね!」

 漁師たちも生活がかかっているが、兵たちに止められている。ネーショニアが船で侵攻してきたとなれば、漁どころではなくなる。

「あのー、船に乗せてもらうわけには行きませんか?」

「今それどころじゃねぇ!」

 兵に聞いても漁師に聞いても答えは同じだった。

 それでも何人かに聞くと、「ここは漁港だから、川の側にある船着き場に行け」と教えてくれた。貿易のための船は別の港があるようだ。


 荷揚げ荷下ろしの港湾労働者は、屈強な男が揃っていて性格も粗野な者が多い。船着き場には賭場や酒屋も並んでいて、夜遅くまで騒いでいたが、今は早朝。砦からサイレンの音が鳴り止まない。

「なんだよ。ようやく寝たと思ったらうるせぇな」

 二階の床板に寝ていた男が目をこすりながら起きた。

「酒が抜けてねぇぞ。今、何時なんどきだえ?」

「夜明け前だぜ、まったくよー」

 機嫌が悪い男が続々と起きるなか、大きないびきをかいている者がいる。魔法使いのアメリアだ。王都で船護衛の依頼を請けて、ノースエンドの町に滞在中。

「あの女、すげーな。どういう肝っ玉してやがるんだ?」

「本当に凄腕の魔法使いなんですかね?」

「仕事さえすれば別に誰であろうといいんだけどな」

「今日は仕事休みか」

男たちが酒瓶に手をかけた時、外から「たのもう!」という声が聞こえてきた。

「なんだぁ?」

「おいおい、黒い毛皮のコートの下は皮の鎧だぞ?」

「冒険者かぁ? 冬の朝っぱらから何用だ?」

 窓の外には青年が一人立っていた。

「たのもう!」

 再び青年が声を張り上げた。

「誰か出てやれ」

「寒いから嫌だよ。お前行け」

「やだよ」

誰も出ないので青年が勝手に酒場に入ってきてしまった。


「すいませーん!」

 酒場の店内は薄暗い。トースケは酒と汗の匂いが混じった空気に顔をしかめた。

ドアから一瞬寒い風が入ってきたからか、一階で寝ていた者たちが起き出した。

「なんか用か? 小僧」

 船員の一人がトースケに聞いた。

「船に乗せてほしいんですけど、船長さんは……?」

 ウ~~~~!!

 トースケの声をかき消すようにサイレンの音が鳴り響いた。

「なんだ? この音は?」

「あ~砦に侵入者が……」

 トースケはまさか自分が侵入者だとは言えない。

「はぁ? 馬鹿な奴がいたもんだ。船長、砦に侵入者ですって!」

 船員が後ろで寝ていた船長を叩いて起こした。

「んあ? 侵入者? 砦に? じゃあ、港は封鎖だろう。今日は休みと全員に伝えとけ!」

 船長はそう言って再び寝始めた。

「あの船が出ないんですか?」

「ああ、聞いての通りだ。総督の許可が出るまで待つことになるぜ。明日には出てるだろう」

 トースケが明日まで待つか、と考えていたら、頭上の2階が騒がしくなり、天井からホコリが降ってきた。

「なんだぁ?」

 船員もなにが起こったのかわからない。

 トースケは自分の首にかかっている魔除けのお守りを思わず見た。小さい魔物たちかゴースト系の魔物が、魔除けのお守りから逃げようと二階を駆け回っているらしい。

 あまりにうるさいので船長も起き出して、トースケや船員とともに二階を見上げた。

 バタバタバタバタ!

「ギャー! 噛まれたぁ!」

「やめろ! こっちに投げるんじゃない!」

 どうやらネズミの魔物でも出たようだ。

「なにすんのよ~……ぎゃー!」

 女の叫び声がしたと思ったら、

 ボカンッ!

 という爆発音が鳴り、ガラスの割れる音がした。直後、人間が一人、二階から表に放り出されるのが、一階の窓から見えた。



「いったーい! なんの爆発!?」

 雪道に放り出されたアメリアがゆっくりと立ち上がって2階部分を見ると、爆発によって窓ガラスが割れ、中が燃えていた。

「なにやりやがったんだ!?」

「おい、火を消せー! 燃え移るぞー!」

「酒に引火しなきゃ大丈夫だ!落ち着いて消すぞー!」

「船長! 交易品の魔力の指輪がありません!」

「あの女魔法使いはどうした?」

 酒場の中から船員たちの声が次々に聞こえてくる。

 アメリアが自分の手を見ると、中指に覚えのない指輪。魔石が嵌められていたであろう土台は空で、指輪もパキンと割れてしまった。

「どこに行ったぁ~!」

「火の魔法を使うなんて、あの女しかいないぞ!」

「さがせ~!」

 酒場からはなおも船員たちの声がする。

 アメリアは脳みそをフル回転させた結果、その場から立ち去り二度と帰らないと決めた。

 一先ず、サイレンが鳴り響く町の中を走り路地裏に身を隠すことに。

「危ない。どうやって町から出ようかな?」

「アメリア、町から出る気?」

 暗い路地裏に見知った顔の青年がいた。

「トースケ!」

 アメリアは思わず大声を出してしまい、自分の口を手で塞いだ。

「どうやって町から出る気? その壊れた指輪、魔法の威力を上げる魔力の指輪じゃない?」

「しー!」

 アメリアはトースケに黙るようジェスチャーで伝えた。

「なんでトースケがここにいるの?」

 アメリアはできるだけ小声で聞いた。

「なんでってそりゃあパールの手伝いでちょっと……。それより、その指輪、大事な交易品だろ? 壊していいのか?」

「ちょっと黙りなさい! これは単なる不可抗力よ!」

 アメリアが大声を上げたので、サイレンを聞いて表に出ていた町人たちが路地裏を見た。

「アメリア、声が大きい」

「トースケのせいでしょ」

「それより、船長たちに謝りに行かなくていいのか?」

「謝ったところで許してくれるわけないでしょ。こんな町、とっととずらかるわよ」

「ずらかるってどうやって? 砦のサイレンで門は閉まってるし、落ち着くまで船だって出ないよ」

 アメリアの頭がフル回転して、ある方法を思いついた。

「ある! 船ならある! 海岸線を探すわよ!」

「え!?」

 アメリアは港とは反対側の海岸線に向かって全速力で走り出した。トースケもそれについていく。

 町はサイレンが鳴り響き、兵たちが走り回り、船着き場の酒場では火事。夜にもかかわらず、町は騒がしかった。


「やっぱりあった!」

 海岸線に乗り捨てられた壊れた船が打ち上げられていた。

「今はネーショニアから密航できないから自分たちで亡命してくる獣人もいるんだって船で聞いたんだ。もちろん、スパイも紛れてるらしいけどね。どお?」

 アメリアが胸を張って言った。

「いや、壊れてるのにどうやって海に出るんだよ」

「大丈夫よ。いかだみたいなの作って少し沖に出て町から離れられればいいだけなんだから」

 アメリアは大陸に戻ってくる予定だった。

「いや、こんなんゴミみたいな板じゃ無理じゃないか? すぐに沈没しちゃうよ」

 トースケはネーショニアまで逃げるつもりだ。そもそもネーショニアに行かなければパールに怒られる。

「板切れでも浮くんだから心配しすぎよ! ほら、穴が空いてない船もあるじゃない!」

 アメリアが指差したのは全長3メートルにも満たないくらいの手漕ぎボートだ。本来は救難ボートだろう。

「これじゃあ、沖にも行けないって。すぐに兵たちに捕まるよ」

「どうせ軍の船を出すなら準備だってかかるんだから、夜が明ける前に海へ出れば行けるわよ!」

 アメリアに押しきられるようにボートで海に出ることに。ただ、せめて少しくらいは準備させてくれとオールのほか、壊れた帆や取手が外れたバケツなど浜に流れ着いたものをできるだけ積み込んだ。

「ほら、夜が明けてきた! そんなのいいから早く!」

 アメリアはボートに飛び乗り、トースケが後ろから押して一気に海へと進んだ。

「とりあえず、浸水はしてないな?」

 トースケが確認したが、浸水している様子はない。

「大丈夫だって! 気の小さい男だなぁ。それより早く漕いで!」

 漕ぐのはトースケの役割で、アメリアは追手が来ないか海岸をずっと見ていた。

 波打ち際はボートが押し戻されるのでなかなか沖へは進めず時間がかかる。

そのうちに夜が明け、漁港では海に浮かぶボートに気づく漁師や兵が現れた。

ピーッ!

笛の音と共に港が騒がしくなる。

「ヤバい! バレたわ! トースケ、もっと漕いで!」

「そう言われてもボートじゃ限界があるよ。することがないなら帆を張ってよ!」

「そう言ったって、支柱がないと……もしかして、この流木を帆にしようとしてたの?」

 アメリアは長い流木を持ち上げた。支柱を立てようと、動くとボートが転覆しそうになる。ただでさえ波で海水が入ってきているのだ。

「トースケ、これじゃあ無理よ」

「そんなこと言ったって、帆がなかったら追手が来たらすぐに追いつかれるよ」

「だから、船を動かすのにも準備が必要だからって言って……」

「アメリア! 漁船が追ってきた!」

 アメリアが振り返ると、漁船に兵が乗ってこちらに向かってきていた。

「そんなのズルい! トースケ、急いで!」

 トースケは力いっぱいオールを漕いで、どうにか距離を取ろうとしたが、波によって流されていってしまう。さらに、しがみつかなければならないような大きな波もきて、どんどん海水がボートに溜まっていく。

「アメリア! バケツで海水を掻き出して!」

 アメリアもボートに溜まった海水を「冷たい!」と怒りながら掻き出していった。

「お前らが潜入者だなぁ!!」

 漁船は迫ってきて、魔石灯の明かりに照らされた。必死にトースケが沖へと漕ぐのだが、船体の大きさも速度もまるで違う。

「止まれー! 止まらんと火矢を放つぞ!」

 漁船に乗った兵が弓を構える。ボートを燃やされたら転覆してしまうので、トースケは一旦漕ぐのを止めた。

「ここまでか」

 トースケがつぶやき、漁船も徐々に速度を落として迫ってきた。

「抵抗するなよ! 抵抗しても無駄だからな!」

 そう兵が警告した瞬間、アメリアがその兵に向かって火魔法を放った。火の玉が兵の顔面に命中。「ぎゃー!」という叫び声が響いた。

「トースケ、漕いで!」

 アメリアの掛け声で、再びトースケはオールを力いっぱい漕いだ。

「この野郎!」

「ふざけた真似を!」

「打てー!」

「糞どもめ!」

 漁船の漁師や兵たちからの罵声を浴びながら、沖へと進む。火矢が飛んできたが、船体には当たらずトースケに当たったので、アメリアがバケツの海水をぶっかけて消し止めた。

「痛くないの?」

「俺に当たる分には痛くない! それよりどうして兵に攻撃したんだよ!」

「だって……漁船使うなんてズルいじゃない! こっちはそんな予定で逃げてないもの」

 アメリアはよくわからない理由で攻撃したようだ。

「もうちょっと後先考えて動けよな!」

「そんなこと言ったって、進み始めた船はもう戻れないんだからやるしかないわよ!」

 トースケはアメリアの意見も一理あるか、などと考えながら懸命にオールを漕いだ。

「待てコラーッ!」

 漁船がなおも追ってくる。

「キリがない! アメリア、ちょっと船のバランス取って!」

「え!?」

 アメリアが戸惑っているうちに、トースケが支柱に使おうとしていた流木をやり投げのように漁船にぶん投げた。

 流木はレーザービームのように飛んでいき、漁船の船首から船腹へ突き刺さった。

「な、なんだぁ!?」

「驚いてる暇はねぇ! 浸水してるぞー!」

 漁船が止まった。

「今のうちに行くよ!」

 トースケは再びオールを持った。夜が明けて潮の流れが変わり、漕げば漕ぐほど漁船とは遠ざかっていく。

荒れていた海も穏やかになりどこを見渡しても海と雲があるだけ。

「ここまで来れば追手も追いつけないだろう」

「追いつけないけど、トースケ方角わかるの?」

「そりゃ太陽がある方が東……」

 生憎の曇天。海鳥が飛んでいるだけ。

 ボートは潮の流れに乗って、なにもしなければドンドン流されていく。もしこの潮が陸地へと続いていなかったとしたら、遭難ということになる。

 ボートには食料などない。2人は水平線に目を凝らして、陸地を探した。

「向こうに船が見えなかったか?」

「本当!? あれはただの岩場でしょ」

 海面に小さな泡がプクプクとリング状に現れた。

「あれ? なんかいる?」

「魔物じゃないよな?」

 アメリアはなにか銀色の小さい魚の群れが海中に見えた気がした。

 次の瞬間、周囲の海が一斉に盛り上がったかと思うと、6頭の巨大な鯨が飛び出してきた。

 ザブンッ!

ボートは空へと跳ね上がり、2人は冬の海に放り出された。

「わぁあああ!!!」

「たすけてぇええ!」

海面に衝突したボートはあっさり壊れ、海の藻屑と化した。



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