第15話「その北部総督、謎の人物につき…」
一方その頃、交易船に乗って川を北上中のアメリアは……。
「どういうこと?」
川の両端に獣人たちが腕を組んで立っていた。
「奴隷じゃない獣人なんているの?」
「そりゃあいるだろ? 奴隷から自由市民になった者もいれば山賊になった者だっている。公になってないだけさ」
アメリアの質問に、交易船の船長が答えた。
「どうしてあの獣人たちは襲ってこないの? あれは山賊になった奴らでしょ?」
「襲っていいかどうか見極めてるんだろう。スノウレオパルドの北部は軍の警備が手薄だって言われているが、そんなことはない。ネーショニアと付かず離れずの関係を維持するために、狡猾な奴らが集まっているだけさ。山賊に襲われてもいい船も用意している」
アメリアは船長の話があまり頭に入ってこなかった。
「この船は襲われる船? それとも襲われない船?」
「そりゃあ、お前さんたちの腕次第だ。警護に当たっているのが弱い冒険者なら、迷わず襲ってくる」
船長の言葉にアメリアは数秒言葉を失った。
「……なら、大丈夫ね。この妖炎の魔術師・アメリアがいる限り、この船が襲われることはないわ!」
そう啖呵を切ったが、胸の内は不安でいっぱいだった。
カタカタカタカタ……。
なにか木を鳴らすような音が足元から聞こえてきた。見れば、自分の膝が震えている。
「足を震わせながら、言われてもなぁ。ははは、この船は大丈夫だ。帆に北部総督のマークがついているからな」
帆を見れば、飛翔する魔物のマークが描かれていた。なんの魔物かはわからなかったが、翼を大きく広げて、どこまでも飛んでいけそうだ。
「北部総督はどれだけ偉いの?」
顔を真っ赤にしながらアメリアが聞いた。
「スノウレオパルドの王と同じくらい偉いかもな。警備が手薄だと言われている北部にあって、総督が守っているノースエンドの軍だけは、国王も国内随一の強さと認めている。総督が引き抜いた幹部たちがいるらしいんだが……本当のところはわからない」
「わからないってどういうこと?」
「北部総督には謎が多いんだ。軍とは別の私兵も飼っているとの噂もある。ただ、あんまり調べすぎると、いつの間にか消されているから関わらねぇほうがいいぞ」
「消されるって、どこかに飛ばされるってこと?」
「いや、文字通り忽然と姿を消すのさ。何人もの冒険者や盗賊が北部総督について調べたが、姿をはっきり見たものはいないらしい。絶世の美女という噂もあれば、魔物よりも怖い大男という噂もある」
船長はそう言って、ニヤリと笑った。
アメリアが怯えながら川を北上しているなか、北部の砦では急に現れた筆頭霊媒師への対応に追われていた。
「別にとって食おうっていうんじゃないよ。面会をさせろって話さ」
筆頭霊媒師のパールは弟のトースケに背負われ、雪原を北へと直線で移動してきた。立ちはだかる崖や川、凍った湖などで遭う魔物はすべてパールが使役した魔物の霊によって追い払われた。
「何度も言いますが、面会謝絶でございます!」
衛兵の隊長は、この筆頭霊媒師の真意がつかめなかった。自ら捕まえたネーショニアの王子に会いたいから、牢屋を開けろというのだ。だが、牢屋には居眠りをしている年老いた衛兵がいるだけ。会おうと思えば誰でも会える。なぜ、わざわざ衛兵たちに断りを入れているのかわからない。
「面会謝絶。こちらが言えるのは、それだけです……」
衛兵の隊長からすれば、「どうぞ、会いたければ会っていってください」という気持ちだ。だが、立場上それは言えない。
「じゃあ、勝手に会いに行くしかないねぇ。このことはちゃんと北部総督にも報告するように」
「ああ、そういうことですか。了解しました!」
パールの言葉にようやく衛兵の隊長は納得して、立ち去った。
「どうして、こんな面倒なことをするの?」
パールのあとをついて行きながら、トースケが聞いた。
「北部総督ってのが、面倒な奴でね。あんまりうちの家系と仲良くないから、トースケは気をつけな」
「そう言われても……」
知らない人に気をつけろ、と言われてもなにをどうすればいいかはわからない。ただ、『パールの計画』に必要な人物と理解している。
砦から北へ200メートルほど丘を上ったところに、北部の牢屋はある。
石造りの掘っ立て小屋があり、中にはいると地下へと続く階段。下まで降りれば、老いた衛兵の寝息が聞こえてきた。
「ルイス、あんたが番人かい?」
パールは老いた衛兵のことを知っていたようで、老いた衛兵が寝ている椅子を蹴っ飛ばした。
「んあ!? あれ? パールじゃないか!? こんなところでなにやってんだ? うちの大将と喧嘩してたんじゃなかったか?」
老いた衛兵ことルイスが飛び起きた。痩せているがしっかりとした筋肉がついているようだ。
「一報は入れてあるさ。王子と面会させてもらうよ」
「構わねぇが……、そちらは?」
ルイスがトースケを指さした。
「末の弟だ。トースケ、この爺は財布を盗む手癖があるから気をつけるんだよ」
「んあ? 弟? あんたも、やっぱり化物なのか?」
聞かれたトースケは肩をすくめて返した。
「うちの家系の最高傑作さ。まだ、伝書カラスを飼ってるなら、あんたの大将に『うちの弟が全部片付けるから、手出しすんじゃないよ』って報せな」
「ほーう、それほどとはね。ただの冒険者に見えるけどなぁ」
「俺もただの冒険者のつもりですけどね」
トースケがそう言うと、パールは「ふはっ」と鼻で笑って、奥へ向かった。
奥には鉄格子の牢が両側に並んでいた。
今、牢の中にいるのは一番右奥の牢にいるネーショニアの王子だけ。冬で石造りなら寒いかと思ったが、ルイスがストーブを焚いているため、牢屋全体が暖かい。
ガンガン!
パールが鉄格子を叩いて、寝ているネーショニアの王子を起こした。
「また、会ったね」
「魔女め。なにしに来た?」
ネーショニアの王子が眠そうに、パールを見上げた。
「あれから王都に呼ばれてね。ネーショニアがやろうとしていることは概ね理解した。私に捕まったのも、ここに囚われているのも計画のうちなんだろ? あんたはスパイで囮の役。違うかい?」
パールがそう言うと、ネーショニアの王子は目をつぶって大きく息を吐いた。
「……わかったところで、変えられない未来はある」
「だろうね。どこまでやるつもりだい?」
「この身が果てるまで」
ネーショニアの王子は言い切った。
パールは目頭を押さえてうなだれた。
「そう生き急ぐな。たとえ一度勝利してもなにも変わらない。情報戦でも戦力でもこちらのほうが上なんだよ。総力戦になれば獣人たちが春まで生きてるとは思えない」
「奴隷ではなくなる」
「そうだね。でも、奴隷という名前が変わるだけさ。産業の乏しいネーショニアからの民の流出は避けられない」
「知らねぇよ。俺の仕事は決まってる」
ネーショニアの王子がそう言うと、パールがニヤけた。
「そうか。あんたにも王位継承を争う兄弟がいたね。兄弟それぞれ仕事が違うのかい?」
「拷問しても吐かねぇぞ。そもそも知らねぇからな」
「だろうね。やっぱりトースケの出番のようだね」
「俺の!?」
後ろで見ていたトースケは、突然、自分の名前を出されて驚いた。
「そいつは何者なんだ? この前見たときは、人間の動きをしてなかったぞ」
「うちの家族の最終兵器さ」
ネーショニアの王子が睨みつけられながら、トースケは再び肩をすくめた。
「行こう。トースケ。もうここには用はない」
「待て! お前たちなにをする気だ!?」
ネーショニアの王子が鉄格子を掴んで、顔をできる限り近づけて聞いてきた。
「賽を投げたのはネーショニアの方さ。ただ、私たちが投げ返すとは限らないってだけでね」
「どういうことだ!?」
叫んでいるネーショニアの王子には見向きもせずに、パールはルイスに「邪魔したね」と言って外に出た。
外に出れば王都よりも遥かに冷たい風が吹いている。
「で、どうするの?」
トースケは手に息を吐きかけながら、パールに聞いた。
「言っちゃった手前、トースケが解決するしかないね」
「言ったのはパールだよ」
「姉の頼みを聞くのが弟の役目だよ」
「先に生まれてきた者からの横暴だ!」
トースケの言葉にパールは声を上げて笑った。
「まぁ、どうせやることは変わらない」
「戦争を止めるってこと?」
「どうだろうね。もう、やる気になってる奴らが多いから、戦争は止められないかもしれないね。でも、被害を最小限にしたい」
「衛兵に潜り込む?」
「いや、戦闘は衛兵たちに任せればいい。それにネーショニアの動きに気づいている奴らもいるさ」
パールは顎に手を当てて、「うん」と頷いた。
「やっぱりネーショニアの王と交渉が必要だ。それから、炭坑の再建。落とし所はたぶんその辺りだから、先に手を打っておこう。そのためには、北部総督に手を貸してもらわないといけないねぇ」
借りを作るのがよほど嫌なのか、パールの眉間に深い皺が寄った。
「北部総督に会いたくないの?」
「ああ、うちの家族の天敵だと思ったほうがいい。全部、コールが悪いのさ。トースケ、あんた冒険者での役職は盗賊だって言ったね?」
「一応、そうだよ。他にできないし」
「だったら、盗み出してほしい物があるんだ」
「俺は錠前開けや罠の解除が専門の盗賊だよ。しのびあしだってこの前覚えたくらいで……」
「つべこべ言わずにやるんだよ。心配はいらない、どうせ北部総督には会うことになるんだから」
「なに? 北部総督からなにか盗むの?」
「兄と姉の尻拭いだと思って、諦めな。末の弟の役目だよ」
「先に生まれた者の横暴だ!」
トースケの言葉に、再びパールは声を出して笑った。
「いい弟ができたよ」
そう言ってパールは北へ向けて歩き出した。
「ほら、ノースエンドまでもうすぐだ。日が落ちる前に宿を取っちまおう」
「ひどい姉だよ」
そう言いながらも、トースケはパールについて行った。
雪深い道を年老いたエルフの姉と盗賊が歩いている。雪に隠れている魔物は異様な雰囲気の2人から距離を取った。