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第14話「その依頼、ワケありにつき…」


 トースケは、ようやく出歩けるようになった。

「いやぁ、今まで無事だったのが奇跡のように感じるなぁ」

 今までは薬師のシノアと住んでいたため、薬の匂いによって小さい魔物は寄り付いていなかった。しかし、今は回復薬を作ることもなくなり、だいぶ薬の匂いも落ちてしまっている。

「その代りに、魔除けのお守りがある」

 トースケは自分の首にかけてある筆頭霊媒師こと、パールが作った首飾りを触った。

 パールに出会うまで、自分がレベルを上げた途端、爆散して死ぬなんて思いもよらなかった。ただ、必要がなかったから魔物を殺していなかったのだ。解体とか面倒だし。

 シノアの研究には穴があったということだ。まさか、これだけ強くなったっていうのに、なにも殺せないなんて。

「不自由、極まりないな」

 トースケは周囲を警戒しながら、パールに買ってもらった黒いローブのフードをかぶった。強盗にでも遭ってうっかり殺してしまったら、レベルが上って自分が爆死する可能性がある。なるべく人目にはつかないようにしなくてはいけない。

 ホワイトフォートの町は看板通りに進めば、簡単に目的の場所までついていた。店の奥から、カンカンという金槌の音が聞こえてくる。

「おめぇさん、なんか入り用でうちに来たんじゃないのかい?」

 鍛冶屋の親父さんが声をかけてきた。

「え? ああ、すみません。この剣の鞘が欲しくて来たんですが……?」

「剣の鞘ならうちじゃなくて、木工屋か革の工房に行きな。悪いね」

「あ、そりゃそうか。失礼しました」

 刀剣は鍛冶屋だが、鞘は木製か革製であることが多い。

「いや、なんだか急に忙しくなっちまってさ。おめぇさん、冒険者かい?」

「一応、冒険者カードは持ってますよ」

「だったら、冒険者ギルドに言っといてくれ。大口の商品を頼む時は、事前に知らせてくれって」

「わかりました」

 冒険者ギルドで、なにかあるらしい。冬の魔物狩りでもあるのかな。もしくは春のための準備か。どちらにせよ、自分には関係がないと、トースケは思った。

 獣人の奴隷たちも、親方の言うことを聞いて仕事をしていた。

「今忙しいんだ。冒険者ギルドから大口の依頼があってね。予約するなら、そこのリストに自分の名前を書いといてくんな。来春には請け負うぜ!」

 木工屋でも革の工房でも、こんな対応をされた。


「いったい、なにがあるっていうんだ?」

「ちょっと待て! お主、なにをしておる!?」

 抜き身の魔剣を手に商店が立ち並ぶ広場を歩いていると衛兵に呼び止められた。

「町の中では武器をちゃんとしまえ」

 そう言われてようやくトースケも、これでは危ないと気がついた。だからといって、刀身に巻くような布もない。

「仕方のない奴だ」

 衛兵はオロオロとしているトースケに、汗拭き用の布を渡して「とりあえず、刃だけは隠しておけ」と言った。

「す、すみません」

「田舎から出てきたばかりか?」

「ええ、先日、西の大森林から出てきて……」

「大森林? 魔女がいるというあの森か?」

 衛兵はパールのことを言っているようだ。

「そうです」

「なにか、向こうであったか?」

「なにかってなんです?」

「いや、実はな、最近よくお主のようにフードをかぶった輩がうろついているのだ。まぁ、人の多い王都だから、気にしなければ気にならないんだが、なにか西の方で人の募集があったりしたのかと思ってな」

 確かに広場を見回しても、トースケが着ているようなフードをかぶった者が多い。魔法使いか、とも思ったが、身体がガッチリとしている者もいて、どうにも華奢な魔法使いの連中とは違うようだ。荷運びのために獣人の奴隷を連れているものもいる。貴族が市場調査でもしているのか。

「僕は姉の仕事に連れてこられただけですよ。特に王都まで来る間にそういう募集も見なかったですね」

「そうか……。いや、引き止めて悪かった。早くちゃんと鞘を用意しろよ」

 そう言って、衛兵が去りかけたので「ちょっといいですか」と呼び止めた。

「どうかしたか?」

「『冬の魔物狩り』とかあるんですかね? なにか王都で魔物が大量発生したりとか……」

「なにを言ってるんだ? 冬は魔物だって冬ごもりをする。ここは大陸でも最も冬が厳しい北部だ。魔物狩りなど春までしないぞ」

「そうですか」

 じゃあ、やはり春への準備かな。まさか、戦争に冒険者は駆り出さないだろう。

 せっかくなので、冒険者ギルドまで行ってみることに。

 王都の冒険者ギルドは木造の大きな建物だった。他の建物の二倍以上はあるし、敷地も運動会ができるくらいには大きい。

もちろん屋根は三角屋根なのだが、ちょっと様子がおかしい。屋根にはずらりと半透明の鳥が並んでいる。パールの家で見た動物霊と同じものだろう。

 トースケの目の前を黒いローブ姿の女が歩いていた。首にはトースケと同じ魔除けの首飾り。ローブから伸びる白い腕には腕輪。お香の匂いがしていた。

「あら? あなたも霊媒師?」

 フードをかぶっているが金髪碧眼の女がトースケに聞いた。

「いえ、普通の冒険者ですよ」

「そう。霊媒師の格好をしているのに、冒険者なのね?」

「これは姉が買ってくれたローブです」

 女霊媒師は「ふ~ん」と言って、トースケの身体を舐め回すように見てきた。もしかして教会のシスターたちと同類なのか。

「でも、あなたにも見えているんでしょ?」

「え?」

「屋根の上の動物霊よ」

「そりゃ、見えてますけど……」

「あれは町中の霊媒師が、冒険者ギルドに動物霊を使ってなにかを探らせているということ。つまり、大変な事態が起こっているはず。なのに、見て」

 女霊媒師に言われて冒険者ギルドの周囲を見たが、冒険者たちがいるだけで、特に緊急事態のような雰囲気はない。

「いつもと変わらない日常しか見えてこない。誰かがなにかを隠しているのよ」

「大口の依頼っていうのと関係があるんですかね?」

 トースケは見てきたばかりのことを聞いてみた。

「なに、それ?」

「鍛冶屋や革の工房で、剣の鞘を作ろうとしたんですけどね、冒険者ギルドが大口の依頼をしているから、他に行ってくれって断られたんです」

「冒険者ギルドは武器や防具を大量に依頼したってことかしら?」

「たぶん、そうだと思うんですけどね。まぁ、春に新人冒険者をスカウトするんじゃないですか?」

「どうして今年から急にそんなことを? 春は毎年あるのよ。今年だけ急に武器や防具を頼むなんておかしいわ」

 女霊媒師は眉を寄せて考え始めた。

「戦争に加担しようとしてるんですかね?」

 トースケは、ありえないことだと思いながらも、聞いてみた。

「それは国も持たないという冒険者の規約に反するわ。依頼そのものが偽物かもしれないわ」

「偽物? じゃあ、ギルド長の判子でも盗まれましたかね?」

 トースケがそう言うと、女霊媒師は「はっ!」と短く息を吸った。

「それなら、隠そうとする気持ちもわかるわね。でも、依頼が偽物だとして武器や防具を大量に作って誰が得をするの?」

「職人さんたちは儲かりますよね? でも、本人たちは困っているみたいでした」

「じゃあ、誰が?」

「純粋に武器や防具が欲しい人たちってことですよね? 戦争をしたいネーショニアの人たちですか?」

「敵国に武器を作らせて盗もうとしていると?」

「例えば獣人奴隷たちが裏で全員繋がっていて、一斉蜂起を計画しているとしたら?」

職人の周囲には獣人奴隷がいたし、王都では荷運びや雑事のために獣人の奴隷が珍しくない。

「どうやら霊媒師の試験中だっていうのに、大変な事態に気がついたみたいね」

「ちょっと待って下さい。今、霊媒師の試験中なんですか?」

「そうだけど、今はそんな場合じゃないわ! 早く皆に知らせなくちゃ!」

 女霊媒師は屋根の上に止まっている鳥の霊の群れに向かって、呪文のようなものを詠唱し始めた。詠唱が終わると、鳥の霊たちは一斉に飛び立ち、四方八方に飛んでいく。トースケは女霊媒師の一連の行動に見惚れてしまった。

「これで王都にいる霊媒師たちには事態が伝わったと思うけど……なにか、ついてる?」

 女霊媒師は自分の顔を触りながらトースケに聞いた。

「いや、霊媒師ってのは大したもんだと思って」

「そうかな? これでも半人前なんだけどね」

 女霊媒師はそう言ってはにかんだ。パールが呪文を詠唱するところを見ていたトースケだったが、今見たものとは違った。動作が丁寧で美しさすら感じる。パールの詠唱は慣れているからか、もっと適当に見えた。

「さぁ、鍛冶屋と革の工房に至急、衛兵を向かわせましょ!」

 照れていた女霊媒師は急いで、近くの衛兵を呼び止め、事情を説明していた。

「あなたも動いて! 冒険者たちにも言わないと、ギルドの信用に関わるわ!」

「は、はい!」

 トースケは言われるがまま、冒険者ギルドに入った。

中には建物の大きさに比例して冒険者の姿は多い。今まで訪れた冒険者ギルドは、ただの出張所だったんじゃないかと思うくらいだ。一気に緊張してしまう。

「あのぅ……ギルドの判子が盗まれたってことないですかね?」

 奥のカウンターで聞いてみると、対応してくれた職員は青ざめていた。

「なにかそういう噂を聞いてきたんですか?」

「いや、予想というか、推理というか、町の職人さんたちの状況を考えるとそうかなぁ、と思って……」

「判子を盗んでなにかしている輩がいるというんですか?」

「ええ。もしかしたら、ギルドの名を騙って職人さんたちに大口の依頼をしているんじゃないかって」

 職員は「うっ!」と言って目を見開き、大きく溜息を吐いた。

「スノウレオパルドには最近、来たんですか?」

「ええ」

「実はですね……」

 周囲を確認しカウンターから身を乗り出して、職員が話し始めた。

「ギルド長と副ギルド長の派閥が争っていまして、お互いの足を引っ張り合ってるんです。ミスは責め合い、手柄を立てようと大口の依頼を出し合い、ギルド内は大混乱でして」

判子を盗まれるよりも迷惑な事態が起こっているようだ。

「職人街の方からもちゃんと支払うのかと苦情は来ているんですが、今年は海賊も多いとか言ってお互い張り切っちゃってるんですよ。ギルドの会議で決めた依頼でもないのに、ポケットマネーを持ち出して、どうにか評判を上げようとしているんですが……」

 職員は心底困ったと、眉をハの字にしていた。双方の評判は上がっていないらしい。

「それ、まずくないですか? ネーショニアだって動いているわけですし、武器を手に獣人奴隷たちが一斉に蜂起でもしたら大事になりますよ」

「それはないです」

 職員はきっぱり否定した。

「冬はネーショニアよりスノウレオパルドの奴隷の方が死ぬ確率はずっと低いですから、このままのほうがいいんです。それに獣人奴隷たちは衛兵が目を光らせているし、霊媒師たちもいるんですから、一斉蜂起してもすぐに取り押さえられますよ」

 トースケは森で捕まえたネーショニアの王子を思い出した。

「なるほど、余計な心配でしたね」

「いえ、貴重な忠告というか、いかに冒険者ギルド自体の評判が落ちているのかがわかりました。すでに広まっているかもしれませんが、くれぐれも内密に。なにか依頼は受けていきますか?」

「いや、今日は遠慮しておきます」

 トースケは冒険者ギルドからそそくさと退散。トースケとあの女霊媒師の予想は外れていたようだ。


扉を開けるとパールが冒険者ギルドに向かってきていた。

「おや、トースケ。教会の授業サボって散歩かい?」

「ほら王家の剣の鞘を作ろうと思ったんだけどいろいろ巻き込まれちゃって。衛兵に職務質問されたり、霊媒師の試験中だって女の子に声をかけられたり」

「レッドの孫娘に会ったのかい? もうあの娘しか残っていないはずだからね」

 レッドとはパールの古くからの友人で、部屋を借りている。トースケは教会に預けられてしまっているのであまりいない。

「ああ、あの娘がレッドさんの孫だったのかぁ」

 トースケは手をぽんと叩いて納得した。

「それで? どうして冒険者ギルドから出てきたんだい?」

「ああ、そのレッドさんの孫と町の現状を見て推理した結果、ギルドの判子が盗まれてるんじゃないかって思って確認してたんだ。ギルド長と副ギルド長の権力闘争だったみたいだけど」

「ん~、情報に踊らされているね。霊媒師っていうのは人の心や霊の気持ちを察するために多くの情報を身に着けていないといけない。ただね、そのせいで真実と虚実の境を見失うことがあるんだよ」

「うん。獣人奴隷たちが一斉蜂起するんじゃないかって疑ってしまった」

「武器や防具を大量に作っているから、無理ないけどね。獣人奴隷たちの武装蜂起も考えて、衛兵たちは警戒してるさ。私はそのギルド長たちに説教するために来たんだけど……」

 パールはタバコに火をつけながら「どうもネーショニアの計画通りに動いている気がしてねぇ」と言った。

「パールが操られてるってこと?」

 トースケは「そんな馬鹿な」と思いながらも聞いてみた。

「奴らの想定内ってことさ。王都に呼び出されたのも、私が森から離されたのもなにか意味があるように思えてねぇ」

「田舎にはあって、王都にはないもの、か……。時間? 人との関わりの少なさ? 限られた可能性?」

「情報が多すぎて、大事なことから視線をそらされている気がするんだよ」

 パールは煙を吐き出しながら言った。言われてみると、確かにそうかもしれない。王都は情報が多すぎる。

「もっと事は単純な気がするんだよ。例えば、このままなにもしなかったら、どうなると思う?」

「武器と防具が大量に作られて冒険者ギルドが持つってこと?」

「そうなるね。ただ、武器や防具は腐らないからと言って、使わないと劣化するからね」

「海賊用じゃないの?」

「武器だけ揃えただけの冒険者の警護が強いと思うかい?」

「いや、実力と武器はあんまり関係ないからなぁ」

「そういや、アメリアは船に乗って北部に行ったってよ。たぶん、冒険者の依頼を受けたんだと思うけど……」

「アメリアが警護ってことはザルだな。海賊に武器と防具を奪われるんじゃない? ああ! ネーショニアが狙うとすれば、それかぁ」

 トースケは手を叩いてパールを見た。

「トースケもそう思うかい?」

「うん。わざわざ警備が厳重な王都で武装蜂起しても続かないしね。海の上なら、チャンスがありそう」

 パールは「私もそう思う」と頷いて続けた。

「トースケがとっ捕まえたネーショニアの王子が北部の砦に送られたって話はしたかい?」

「うん、なんとなく覚えてるよ」

「北部の砦の牢屋にはほとんど衛兵が配置されていない。奪い返そうと思えば、新人の山賊にだって奪い返せるんだよ。なのに、ネーショニア側から動きがない」

 スノウレオパルドとしては、奴隷貿易のためにネーショニアには生かさず殺さず、が原則だ。奴隷の産出先がなくなるとスノウレオパルドとしても困る。

「ネーショニア側はスノウレオパルドが王子を殺さないことを知ってるんだよ。王子は牢屋の中でこちらの動向を探りながら、武装した部下を待っているだけでいい。北部の衛兵たちはずっとヤキモキしてるらしいよ」

「王子自体がスパイであり、注目を集めるための囮ってこと?」

「そういうことだね。事実、この国のどこに行っても獣人奴隷はいるだろ? 実際、獣人奴隷たちが集会を開くことがあるようだしねぇ」

 パールは屋根に止まった鳥の霊を見ながら言った。この国で霊媒師に隠し事は通用しないようだ。

「元々この王都は砦だったから、外側から攻撃される分には問題ない。でも、王子が先頭に立って武器を持った故郷の獣人たちと一緒に攻めてきたとなれば、獣人奴隷たちだって立ち上がるかもしれない。王都の衛兵は外側と内側、両方の攻撃に対処せざるを得なくなる」

「なるほど、最悪のシナリオだね」

 姉と弟はお互いを見合わせて頷いた。



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