第13話「その王家、呪われし一族につき…」
トースケが魔力に敵意や殺気を混ぜられるようになった頃、パールが迎えに来た。
「修行はどうだい? 魔力で温度調節くらいは出来るようになったかい?」
「いや、ちょっとした気持ちくらいしか伝えられないよ」
トースケが説明すると、パールはタバコの煙を吐いて苦い顔をした。
「それくらいなら目だけでも伝えられる。やっぱり魔法を使えないってのは不便だねぇ」
「でも、小さい虫や教会のシスターたちくらいなら追い返せるようにはなったかな」
「へぇ~、ならいいか。ちょっと外出しよう。手伝ってもらいたいことがあるんだ」
「わかった」
トースケはパールのあとについていった。
「シスターたちに挨拶はいいのかい?」
「うん、大丈夫。まだ気絶してると思うし」
トースケは実験として、殺気を込めて教会の敷地を覆うほどの魔力を展開してみた。
殺気を当てられた者は熱や重量を感じとるようで、シスターたちは寒いと言っていたし、神父は空気が重いと言っていた。虫の魔物は庭でじっとして動かない。
長時間に渡る実験により、シスターたちは気絶してしまうこともわかった。
「気絶? まぁ、いいか」
パールはトースケがなにを言っているのか理解できなかったが、とりあえず教会から連れ出した。
二人は町の北側へと向かう。
「病気の人はもう治療したの?」
トースケが歩きながら、パールに聞いた。
「ん? ああ、それを治すためにね。お前の力が必要なんだよ。ほら、あんまり殺気ばかり放っていると、妙な冒険者に絡まれるから、気をつけるんだよ。殺されることはないにしろ、殺してしまうとレベルが上って死ぬかもしれないんだから。まったく厄介な身体だね」
「ん~病人の着るような服でも着たら良いのかな?」
トースケは自分の革の鎧を見ながら、パールに聞いた。
「そりゃ良いね。そうしな」
パールは近くの古着屋で黒いローブに黒いスカーフを買って、トースケに着させた。
「変じゃない?」
トースケが聞くと、パールは「変だから、人が避けてくれるんだろ?」と笑った。
全身黒ずくめになったトースケを連れ、パールは墓地へと向かった。踏みしめる雪道に二人の足跡が残るも、すぐに消えてしまうだろう。空から雪が振り始めていた。
墓地の奥には王家の霊廟として使っている洞窟があり、二人は中へと入った。
「王家の墓になんて入っていいの?」
「開いてるんだからいいんだよ」
トースケの問いにパールが簡潔に答えた。
「ああ、でも開けちゃならない墓を開けたやつがいるようだねぇ」
パールが魔石灯の明かりを壁に向けると、ぽっかり穴が空いていて、なにかを引きずったような跡が床についていた。
「トースケ、早く来な!」
「ちょっと待ってよ。魔物を殺しちゃうかも知れないんだからさ」
トースケは虫を殺さぬよう、床を見ながらゆっくり忍び足で進んだ。
「なんのために魔力を使えるようにしたと思ってるんだい?」
「そうはいっても、集中して魔力を使うのと動きながら使うのとではちょっと難易度が違うんだよ」
弱音を吐きながらトースケは先を行くパールを追いかけた。
王家の霊廟の中に入り、進んでいくと蜘蛛の巣や虫が大量に壁にへばりついていた。虫も殺せないトースケにとっては非常に難関で、自分の気配を殺しながら虫の動きを読み、とっとと進んでいくパールの後を追わなければならなかった。
「しんどい……」
トースケの口から早くも弱音が出た。
「そんなんじゃ、これからやっていけないよ」
「パールはそう言うけど、けっこう大変なんだよ」
トースケは蜘蛛の巣を払いながら言った。
「嫌なら、薬の匂いの香水でも作るんだね」
「あ、そうしよ。虫除け香水の開発をしなくちゃ」
パールは「あ!」となにかに気がついて急に立ち止まった。
「トースケ、あんたお守りつけたら? 虫の魔物くらいになら効果あるんじゃないかい?」
トースケも「そうか!」と、とりあえずお守りを首にかけてみた。ただ、製作過程を知っているのでパールが適当にまじないとお香をつけただけだということは知っている。
「効くわけないか……あれ?」
トースケの予想とは裏腹に、足元にいた小さなクモの魔物は逃げ出していった。
「これが筆頭霊媒師の実力さね。ヒッヒッヒ!」
パールはそう言って笑った。
「小さい魔物やゴースト系の魔物なら、効果はあるなら、もう教会で修行しなくてもいいかな」
「バカだね。私の力だって永遠に続くわけじゃないんだ。ちゃんと修行しな」
「はい」
トースケはパールと会話しながら、シノアたちと生活していた頃を思い出した。
「ほら、ぼーっとしてないで、チャッチャカ行くよ」
パールとトースケは霊廟の奥へと進んだ。
通路の先には大きな空間があり、歴代の王たちの石棺がある。スノウレオパルドという国の歴史は300年ほど。王の墓は5つしかない。王族はかなり長命な一族のようだ。
床には魔法陣のような紋様が描かれており、石棺はその魔法陣の周囲に置かれていた。
そのうち棺の一つが開いて中の遺体が外に出て、自身の棺の前に立っていた。
「ほら、誰かが『破滅』に手を出したようだよ」
トースケたちが部屋に入ったことで、外に出ていた遺体が動き始めた。手には儀式用にしては大きな剣。よろめきながらゆっくりと正面を向いた顔には肉がなく、眼球のない目の中には赤い宝玉のようなものが埋め込まれていた。下顎は前を向いた拍子に落ち、部屋の隅に転がっていった。
「トースケ! 私を守りな! 呪文を唱えているうちは近づけさせるんじゃないよ!」
「了解!」
トースケが返事をすると、パールは「力を加減しな。間違っても倒したりするんじゃないよ。王族の呪いってのは強いからね」と注意した。
王は人々から恨みを買いやすい。他国を奪ってできた国の王ならなおさらだ。
「積もり積もった恨み辛みを一身に受けるのが王の役目。心穏やかに眠るなど、鼻っから考えちゃいない。死してなお王の役割を果たすため、この霊廟は作られた。そうだろ? レパード三世よ」
パールは動いている遺体にそう言って、呪文を唱え始めた。
王は剣を下に構え、トースケに向けて振り上げた。
トースケの2本の指が王の剣を受け止めたが、剣の風圧が黒いローブの袖を燃やした。
「パール! この剣、なにかおかしいよ!」
「エンチャントだろう。炎の魔法を付与された剣だね。魔剣の一種さ。自分で対処しな!」
パールは地面に塩で魔法陣を描きながら、説明した。
トースケは王から距離を取るも、追撃される。王の剣は振るたびに加速し、トースケは徐々に指や腕では受け止めきれなくなっていった。
避けようにもパールや他の棺に当たってしまう。
「ん~もう、買ってもらったばかりなのに」
トースケはそう言うとスカーフを外し、距離を詰めて剣を持つ王の手首に巻き付けると、無理やりねじりあげた。
剣撃は止まったものの、王と顔を見合わせる距離まで近づく。王の宝玉のような眼の中に渦が見えたと思った途端、目がくらみ掴んでいたスカーフを離してしまった。
目をつぶって回避しようとしたが、後頭部に剣撃が飛んできて体勢を低くしてしまう。王の剣撃は止まらず、トースケを滅多打ち。
黒いローブもスカーフも焼け、皮の鎧には焦げた筋が幾本も焼き付いた。
だが、防御力が数値化できないほど高いトースケへのダメージはほとんどない。このまま、耐えればいいだけ。
まるで反応がなくなったトースケに王は興味を失ったのか、パールの方に振り向き一歩踏み出そうとした。が、王の足は床を踏めなかった。
「どこに行くんだい? 王様」
トースケは王の腰を掴み、持ち上げていた。まるで、言うことを聞かない子どもをあやすように。
「トースケ、こっちに持ってきな!」
呪文を唱え終えたパールが言った。
「はいはい」
塩で作った魔法陣の上に王を持っていくと暴れていた王もおとなしくなり、パールが両手でパンと叩くと普通の遺体に戻った。窪んだ目から宝玉が落ち、パールの手の中に収まった。
「さ、遺体を棺に戻して蓋を閉めておくれ。その魔剣は入れなくていい。浄化の札まで焼けてしまうからね」
パールは幾何学的な模様が描かれた札を裏返して遺体の腹に貼り付け、トースケに指示を出した。裏返したのは、外からくる恨みを浄化するためだろう。
「これで、終わり?」
指示を済ませたトースケがパールに聞いた。
「目的を忘れるんじゃないよ。病気になっているのは現王なんだから、部屋の中を調べるよ」
「え!? あ、そうなの?」
パールは今更驚いているトースケに「なんだか変なところで抜けてるねぇ。うちの弟は」と首を振った。
「下顎が部屋のどこかに飛んでいったろ? それを探しておくれ」
トースケは部屋の隅の方で王の下顎を見つけると、パールに手渡した。
「どうするの?」
「下顎に犯人を探させるのさ。さぁ、レパード三世よ。貴殿を操ろうとした不届き者たちに災いを……」
パールの手の中にある下顎の骨が一瞬青い炎で包まれたかと思うと、手のひらの上に浮かび上がり灰に変わってしまった。パールは丁寧に灰を革袋の中に入れてトースケに渡した。
「持っておきな。王族の灰なんか滅多に手に入らないから」
何に使うのかさっぱりわからないトースケだったが、とりあえず受け取って革の鎧の中にしまった。
「さ、帰るよ」
「これで終わり? どうなったの?」
振り向いて歩きだしたパールにトースケが聞いた。
「王族の恨みは強力だからね。そう簡単には跳ね返せないさ」
トースケにもなんとなく王族の霊廟を荒らした犯人が呪われたことはわかったが、気になることがある。
「現王の病はこれで治っておしまい?」
「ああ、そうだよ。石棺のなかに遺体は収まったし、魔法陣も起動する。現王に向かっていた呪いも歴代の王たちが引き受けてくれるさ」
パールはとっとと部屋から出た。
トースケが部屋を出る時に振り返ると、魔法陣の中に白く半透明な五人の王が自分の方を凝視しているのを見た。
「トースケ、早く来な! 王家に見初められると面倒だよ。魔剣を持っておくれ。私には重い」
トースケはパールが持っていた魔剣を受け取った。
翌朝、トースケは教会のシスターから冬至のお祭りで、王が儀式をすることを聞いた。
「王様は無事だったんですね?」
「え? 王様になにかあったの?」
聞かれたシスターは「なにを言っているの?」という表情でトースケを見つめた。
「いえ、なんでもありません。フフフ」
トースケはひとり、霊媒師って面白い職業だな、と笑った。
「そういえば、甘いものを食べすぎると顎が腐り落ちると噂を耳にしたのだけれど、トースケさんはハチミツを部屋に隠していたりしませんよね?」
「していませんよ。誰か顎が腐った人がいたのですか?」
「早朝、人権派と呼ばれる貴族の方が、お忍びで教会に助けを求めてやってきたのです。顎の病気だと聞いたのですが、あの様子だとものを言うことも食べることも叶わないでしょうね」
「治せたんですか?」
「我々、教会は施しや祝福を与えることはできますが、病気は医者の領分です。お勧めの医師を紹介しておきました」
シスターたちは、まさか王家の呪いとは思わなかったようだ。
「フフフ……あ~怖い怖い」
トースケは医者でも治せない病気があることを知った。
「あら、トースケさん、おはよう。素敵なものを首に下げているのね?」
廊下であった別のシスターに声をかけられた。
「ええ、姉から貰った魔除けのお守りです」
「パルロイ様から?」
シスターたちが少しだけトースケから距離をとった。女除けにもなるのかもしれない。
トースケはそのまま教会の出口へと向かった。
「トースケさん、どちらへ? もうすぐ座学の時間ですよ」
「今日はお休みします。剣の鞘を注文したくて」
「「「鞘?」」」
首を傾げているシスターたちを置いて、トースケは王都・ホワイトフォートの町へと繰り出した。