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第11話「その最高傑作、無理難題につき…」

 小春日和、薄く積もった雪は溶けて、山道はぬかるんでいた。

 トースケとアメリアの下半身は跳ねた泥で汚れていたが、パールは歩き方が違うのかほとんど靴以外は汚れていなかった。

「雪国にいるとね、嫌でもこうなるさ。足の運び方、体重移動の仕方が違うんだよ。よく見て覚えておくんだね。そんな歩き方じゃ凍った道を歩く時に転ぶよ」

 パールは歩くのを見せながら、老人とは思えぬスピードですいすいと山道を上っていった。ロックに教えてもらったしのびあしに似ていたので、トースケは意識しながらやってみたもののパールほどうまく歩けない。

「年季が違うからね」

 そう言ってパールは笑いながら進んだ。

 山の峠までくると、周辺の霊がパールに寄ってきて何事か伝えて、何処かへ去っていく。幾つもの峠を越えたが、峠の度に動物霊や人魂のようなものが集まってきていた。

「久しぶりに森から出たから、皆挨拶してくれるのさ」

 パールは瓶詰めにされた小鳥の骨を取り出すと、祝詞を唱える。瓶の口から骨が飛び出し、骨のままパールが書いたメモをくちばしに咥え、飛び立っていった。

「王都の古い友人に宿を貸してもらおうと思ってね。トースケにも会わせないと、今頃向こうじゃ霊達がざわついているはずだからね」

 日が出ているうちはひたすら歩き、夕方になれば近くの村で宿を取る生活が5日続いた。アメリアは遅れることもあったが「肉のためなら」としぶとくついてきていた。実際、パールは出来るだけ夕食には肉料理を頼んであげていた。スノウレオパルドは寒い国だからか、塩気が多い料理が多い。  パールは料理にはあまり手を付けず、自分で作った保存食を好んで食べていた。保存食はかなりグロテスクな見た目だが、トースケにとっても懐かしい味だ。

「よくそんなものを食べられるね!」

 アメリアは顔を歪ませて言っていたが、パールもトースケも気にせず食べた。


 森を出発して6日目の昼。

 スノウレオパルドの王都・ホワイトフォートに到着した。

 かつてネーショニアにとって防衛の要であった丘の上の砦を中心に、町が同心円状に広がっている。町の西側には国名にもなっているスノウレオパルドの尾のようにカーブしたテール川が流れており、運輸業が盛んだ。人口20万人の大陸でも有数の大都市だ。

 雪を落とすためか、建物は半球状の屋根や三角屋根が多い。

 商店街のメインストリートは建物と建物の間に屋根が付いている。

 トースケは前世でしか見たことがない人の数に驚いていたが、しっかりパールについていった。アメリアは金の入っていない財布をスリに盗まれ、大騒ぎした挙句、知らない間に返されていた。

 パールは商店街の一番端の店にトースケたちを連れて行った。薄茶色の壁に重厚なドアが付いたその店は一見何の店かはわからない。

「久しぶりだね」

 ドアを開けてパールが奥へ向かって声をかけた。

 店の中には色とりどりのネックレスや魔石や宝石の指輪、幾何学模様が描かれた金のブレスレットなどが並んでいた。

「おおっ、パルロイよ。待っていたぞい!」

 パールをパルロイと呼ぶその爺さんは背が低く腰も曲がっていて手の指も節くれだっているのに、生気に満ちた顔をしていた。

「おおっ、そちらが弟さんかい? これはまた、おいおいおいおい……」

 爺さんはトースケに近づき肩や腕を軽く叩きながら、上から下まで見た。

「まぁ、そんなに焦るな、レッドよ。時間はある」

 爺さんの名前はレッドというらしい。

「そうだな。荷物は奥に置いてくれ。さぁ、こっちだ」

 トースケたちは奥へ通され、一人一部屋ずつ与えられた。外からの見た目以上に建物は多きく、地下にはアクセサリーを作る作業場があった。

 荷物を部屋に置いて居間に集まり、パールがレッド爺さんにお礼を言った。

「わざわざアメリアの分まで部屋を用意してもらってありがとうね」

「いや、いいんだ。試験にはうちのも出るからな」

「そうか。レッドの孫娘もそんな大きくなったか」

「子が育つのは早いもんだ。育ちすぎるという場合もあるみたいだが」

 レッド爺さんはトースケの方を見た。

「気になるのはわかるが、先に仕事の話をしよう」

 パールがレッド爺さんに言った。

「そうだったな。霊媒師の試験の方は、ギルドで詳しく説明されるはずだ。それから病人の治療については、今夜ワシが連れていくから診てやってくれい」

「病人の名は明かせないのかい?」

 パールの質問にレッド爺さんは手を広げて「無理だ」と答えた。

「まぁ、だいたいわかるからいいけどね。それで、ネーショニアの王子はどうなった?」

「明後日、北部の砦に移送されることになるね」

「っは! そんなの黙って送り返すようなもんじゃないか!」

 パールは語気が荒くなり、呆れているようだ。

「スノウレオパルドはことを荒立てたくないんだよ。黙ってたって崩壊する国にこれ以上してやれることもないしな」

レッド爺さんは苦い顔でパールを見た。

「犠牲を伴わなければ生き残れないということも教えるべきだったねぇ」

「犠牲って?」

 トースケが口を挟んだ。

「石炭さ」

「あ、なるほど」

 トースケはパールの答えに納得した。ネーショニアはスノウレオパルドよりも北の島国だと聞いていた。スノウレオパルド以北では冬に暖房設備がなければ凍死するだろう。そのために薪や木炭、石炭などの燃料が必要だ。ネーショニアの王子が森を狙った理由も、推測できる。炭坑に事故はつきもの。

「ネーショニアに奴隷は?」

「禁止されている。それでも冬を越えるため、スノウレオパルドに密航してきて自ら奴隷落ちする者が後を絶たない」

 トースケはスノウレオパルドに獣人の奴隷が多い理由を知った。奴隷にならなければならないほど、事態は切迫しているようだ。

「随分、物分りの良い弟のようだな。パールよい」

 レッド爺さんがトースケを褒めた。

「フフフ、優秀すぎるのも困りものでね。あの指輪は用意してくれた?」

「ああ、上質な試験管も手に入った。すぐに実験するかい?」

 パールとレッド爺さんがトースケを見た。

「何をする気?」

「うん、ちょっとね。また一滴血を貰えるかい?」

「構わないよ。実験は慣れっこだからね」

 シノアの実験に散々付き合っていたトースケには採血など、いつものことだ。地下の作業場に向かうらしい。アメリアはついていけない話に居間のソファーで眠ってしまっていたので、そのままにしておくことにした。


 作業机には理科の実験で使うような試験管と指輪が置かれていた。シノアの実験室にあった試験管よりも遥かに透明度が高く、指輪も明らかに純度の高そうな魔石がついていた。

「始めよう」

 パールはトースケの手首に針を突き刺し、素早く引き抜いた。

 レッド爺さんは指輪を自分の指にはめ、正常に動いているのか確認している。何か効果のある指輪らしく、レッド爺さんの曲がった腰が突然まっすぐになり、太極拳のような動作で身体を動かしていた。

 パールはトースケの血を試験官に入れグリーンの液体と混ぜ、レッド爺さんは指輪を外し試験管にそっとはめた。

 パンッ!

 パールの家でやった水瓶の実験と同じように試験管から勢い良く液体が噴き上がり、試験管が割れた。

「なんと!! なんと!! 力を押さえてそれか!!? ふむ……」

 レッド爺さんは驚いた次の瞬間には、熟考するように腕を組んで黙ってしまった。

「予想通りと言えば、予想通りだねぇ」

 パールはトースケに近づきながら額を掻いて、トースケの目を見た。

「トースケ、お前はレベルが上がると死ぬよ。絶対に魔物も人も殺すんじゃないよ」

「わかった。……今の実験について聞いても?」

「ああ、今説明する。この指輪は、元々『救済の指輪』と言って身体の弱い子供のために作られたものでね、全能力値を底上げする効果がある。要は無理やりレベルを上げてやる指輪だ」

「なるほど、俺の血が爆発したということは無理やりレベルを上げると俺の身体は爆発する」

「そうだ。しかも一滴の血でこの爆発だ。トースケのレベルが上がったら、町ごと吹き飛ぶ可能性だってある」

「そうか……じゃ、俺は能力値が高いのに虫も殺せない身体になったというわけか」

「そういうことだね」

 トースケはこの世界に来てから15年間、魔物を殺した記憶はないし、人もぶっ飛ばしたことはあるものの殺したことはない。虫や魚も観察したことはあるが、確かにリリースしていた。食事はシノアかエリサが出してくれた物を食べていただけだし、肉を買わなければほとんどベジタリアンのような食生活を送っている。

「シノアは俺を最高傑作と言った。虫も殺せないのに?」

 トースケはパールを見た。

「そうだ。お前は何も殺さずに『最高』にならないといけない宿命を背負ったんだよ。じゃないとシノアが嘘を言ったことになる」

「ん~……『最高』ってなに? どういうこと? どういう状態? 偉くなれってこと? 金持ちになれってこと?」

「それを考えるのもお前だよ」

「なにそれ~無理難題だよ~! パール長女でしょ、教えてくれよ」

「知らないよ。私とシノアは違うんだからね」

「だったら、シノアの霊を呼び出して聞いてよ」

「シノアは呼び出しても出てこないんだ。あの偏屈で変わり者の母親は死んでも偏屈で変わり者だよ」

「魔女って勝手だよ!」

 トースケは作業場を飛び出し、階段を上がった。

 上がった先にはアメリアがソファーで大きな鼾をかいている。

 ムシャクシャしていたトースケはアメリアの鼻を摘んで顔ごと持ち上げ、「くそっ!」と八つ当たり。アメリアが「痛いっ!」と起きた時には、すでにトースケは自室へと戻っているところだった。

「トースケ! 何やったの!? ものすごく鼻が痛いんだけど!」

「俺は今『最高』にムシャクシャしてたんだ!」

「はぁ!? ちょっと待って、私の鼻高くなってない!? え!? ちょっとこれ、私美人になってない!?」

 アメリアのポジティブな声が店先まで響いた。


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