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第10話「その魔物、国の名につき…」


「この森には、白いヒョウの魔物がいるんだ」

 パールが薪拾いをしながら語り始めた。トースケは同じように薪を拾いながら、耳を傾けている。

 トースケがネーショニアの王子を捕まえた翌日。

 ネーショニアの王子は未だ、パールの家の倉庫で眠っている。

「今うちの倉庫にいる獣人の先祖にな、ケイリョウという男がいた。ある理由で王家から追放され、一人孤独なケイリョウは年月とともに恨みがつのり、白いヒョウの魔物になってしまったそうだ。そして、夜な夜なネーショニアの王族を一人ずつ殺すらしい」

「その魔物になったケイリョウは、今でもまだ生きているの?」

 トースケが集めた薪を木の蔓で縛り、パールを見た。

「それはわからん。ただ、この森には時々、白く美しいヒョウの魔物が出る」

「それが、ネーショニアがこの国を治められない理由?」

 ネーショニアがこの国を治めたら、王族が白いヒョウに殺されるなんて迷信だろう、とトースケは思った。

「それもある。あとはネーショニアには間伐という考えすらないからこの森を維持できないし、そもそも私一人に勝てないからだろうね」

 パールはトースケに集めた薪を渡しながら言った。トースケは、髪をかき上げ、タバコの煙を吐くエルフの姉のどこに国に勝つ力があるのかと首を傾げた。

「疑うかい?」

「ん~……」

 パールは地面にそっと手を当て、祝詞を呟くと、地面から無数の虫の死骸が湧き出てきた。しかも、それが生きているかのように動きだすのだ。おぞましいとはこのことだ。

「虫に限らず、死んでいる者の声を聞き、動かす。それが霊媒師だ。私は敵が一番戦いたくない相手を呼び出すことができるのさ。親とか先祖、恋人は元より、殺したはずの仇敵とかね」

「ネクロマンシーみたいなもの?」

「あんな三流の魔術と一緒にするんじゃないよ! あんなものはちゃんと霊と交流もせずに死体を動かしているだけじゃないか」

 パールにはネクロマンシーという言葉が禁句だったようだ。

「前に、『南へ行きたい』と言っていた男が使っているのを見たことがあったんだ」

「そりゃあ、十中八九霊媒師になりそこねた奴だろうね。霊媒師になる試験は厳しいから、スノウレオパルドから逃げ出したんだろう。そこの大樹の葉、使えそうだから拾っときな」

 パールがトースケに指示を出した。トースケが畳一畳くらいある大きな木の葉を持ち上げると、アメリアが眠っていた。

「げっ!」

「そいつは昨日訪ねてきた酔っぱらい女じゃないか。冬に森で眠って朝まで生きているとは、ずいぶん運のいい娘だね」

 大樹の葉が断熱材になったのか、はたまたアメリアの身体が異常なのかわからないが、寝息を立てて眠っている。

「おいっ! 起きろよ! アメリア!」

「ん?  ん~……ふぁ~あっ!」

 アメリアは目をこすり、伸びをしながら起きて、トースケを見た。

「トースケ! なに!? どういうこと!?」

「それはこっちが聞きたいよ。雪が降るなか寝てたのに、なんで死ななかったんだ?」

「ああ、うん、才能?」

 トースケは拳を握った。

「ちょっと殴らないでよ! 火の魔法を使う才能がある者は皆、自分の体温くらい寝てたとしても調節できるわよ!」

「そういうもんなの?」

 アメリアの説明を聞いて、トースケはパールを見た。

「私は聞いたことがないけどね。あんたどこの出身だい?」

「どこって……私はブルーグリフォンの魔法学校を卒業したエリート冒険者よ」

 アメリアが答えたが、聞いたパールは納得していない様子だ。

「知恵を重んじるブルーグリフォンの人間がこんな不用意なものかね、ふん。かといって、女一人が森で野宿なんて、いくらゴールドローズの商人でもケチすぎるしねぇ……寒い夜でも耐えられるような無茶でバカなことをしているところだとしたら、あんた、もしかして砂漠の民かい? あそこは才能で将来が決まってくるからなぁ」

 アメリアがタバコの煙をくゆらせて、アメリアに聞いた。

「ち、違うわよ!」

 当たったようだ。アメリアは額に玉の汗をかいている。

「おおかた、武人になりそこねた豪商の娘かなんかだろう」

 パールの言葉にアメリアは、目を見開いて口をわなわな震わせている。ズバリ、武人になりそこねた砂漠の豪商の娘なのだろう。

「長く生きてりゃ、それくらいわかるもんさ。特区ルーツに行くとか言って家を飛び出し、北上してきたはいいが実力もないからフラフラしてた時にトースケに会ったってところじゃないかい?」

「そうなの?」

 パールとトースケに迫られ、アメリアはどんどん顔を赤くなった。

「わ、わ、私はミステリアスな女なのよ。想像におまかせするわ」

「ま、どうでもいいか。トースケ、薪拾ったら、その娘を教会に送り届けてあげな」

 パールの指示に心底嫌そうな顔をしてから、トースケはアメリアを見た。

「あ! 教会といえば、トースケは教会に行ったほうがいいわよ。シスター全員があなたを待っているから」

 アメリアは立ち上がりながら、強引に話を逸らせた。

「なんでだよ」

「よくはわからないけど、冬の間、何かと助けてほしいんだって」

「はぁ、聖職者ってのは、もう……。どうせ男の匂いが欲しいだけさ。あいつら欲深いからな。トースケ、気が向いたら相手してやんな」

 アメリアの代わりにパールが説明してくれた。

 身体は15歳、精神は40代のトースケは、今の自分の商品価値と教会のシスターたちに身体を売った場合「どのくらい金引っ張れるかな」と考え、「そんなに稼げないだろう」とすぐに結論が出た。そもそも旅の目的は竜探しで、教会乗っ取りではない。

「辺鄙な田舎の教会がどれくらいお金を溜め込んでいると思う?」

 一応、トースケはパールに聞いてみた。

「大したことないだろうね」

「じゃ、止めとく」

 そっけなく断るトースケに、パールは姉として「弟は大物になりそうだ」と頼もしく思った。


 その後、背負子に乗せられるだけ薪を拾うと、3人はパールの家まで戻った。アメリアも「折れた足が痛い」などと文句を言いながらも自分の足で付いてきた。

「もう来たか。連盟にしてはずいぶん対応が早かったね」

 パールの言葉にトースケが顔を上げると、家の前に貴族が乗るような馬車の荷台を牽いた白く大きなヒョウの魔物がいた。

「スノウレオパルド!」

 アメリアが叫んだ。

 この国の国名にもなっているそのユキヒョウの魔物は大木を見上げて、大きなあくびをした。

 昨晩、パールが霊媒師の連盟に、捕虜となったネーショニアの王子を引き取ってくれるよう連絡していたのだ。「冬の間中、捕虜に食わしてやる飯なんかないだろ?」とパールは言っていた。

「あれが、この森に出る白く大きなヒョウの魔物?」

「まぁ、種類は同じだね」

 トースケの質問にパールが答える。王族を殺すというくらいだから、もっと強そうな魔物を想像していたトースケにとっては肩透かしを食らった気分だった。

「野生という牙を抜かれた魔物はあんなものさ」

 パールはそう言うと、馬車に近づいていった。パールが近づくと馬車から、フードをかぶった黒いローブの男が2人出てきた。

「ご苦労だったね! 王子は倉庫に縛ってある。家に入って持っていっておくれ」

 2人の男はパールの指示を受けて、家の中に入っていった。

 馬車の中にはもう一人乗っていたようで、パールが2枚の手紙を受け取っていた。

「試験なんて春にやればいいことじゃないか。わざわざ冬にやるようなことかい?」

 手紙を読んだパールが馬車の中に向かって文句を言っていた。

「それから、私は医者でも薬師でもないんだ。誰かが病気になったからって知ったことではないよ」

 馬車の中からくぐもった声がして、パールは長い溜め息を吐いて首を横に振った。

「こんな冬の初めに老人に旅をさせるもんじゃないよ、まったく」

 パールの溜め息と愚痴は冬の森に響いた。

 黒いローブの2人が王子を連れて戻ってきて、手荒く馬車に乗せ、口笛をピューイと吹くと、スノウレオパルドがゆっくりと首を振りながら動き出した。よく訓練されているようで、御者台に誰も居ないのに、スノウレオパルドは車輪の跡がある道を戻っていった。

「トースケ、旅の支度をしな。王都に行くよ」

「王都?」

「ああ、名前も明かせないやんごとないお方がご病気らしい。トースケは薬師見習いとしてついてきな」

「でも俺、盗賊だよ」

「盗賊なら、なおさら誰にでも化けれるようにならなくちゃね」

 パールは強引にでもトースケを王都へ連れて行こうとした。

「お嬢ちゃんも行くかい? 肉食わしてやるよ。帰りは雪が積もっているかもしれないからね。火の魔法で雪を溶かしておくれ」

「いいの!? 肉のためなら私行くわ!」

 アメリアは即答した。

「せっかく縮んだ顔がまた広がっちまうぞ」

「女の顔なんて、昼と夜でも違うんだから気にしないわ!」

 トースケもパールからなんだかんだと理由をつけられ、結局、王都に向かうことになった。


 翌日には、3人とも旅支度をして家の前に集合。トースケの荷物はほとんどないが、パールが必要だという祈祷の道具や薬草を詰め込んだリュックを背負わされている。アメリアは急いで教会に戻り、自分の荷物を取ってきていた。


「なるべく雪が少ないうちに帰ってくるよ」

 パールが自宅でもある大木に話しかけ、一行は出発した。



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