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第1話「その盗賊、レベル1につき…」

 ガチャリ。

「わぁ! 開いた開いた!」

 熊の獣人のおばさんが、家のドアの鍵が開いて喜んでいる。

 開けたのは冒険者ギルドから依頼された盗賊シーフだ。

 鍵を自分の家にインキーしてしまった獣人のおばさんは、買い物帰りにギルドによって依頼したのだ。

「じゃ、この依頼書にサインお願いします」

「はいはい」

 背の低いシーフが依頼書を差し出し、獣人のおばさんがサインをする。

「毎度あり!」

 シーフは営業スマイルして、去っていった。

 

 シーフの名はトースケ。

 冒険者ギルドに所属している盗賊シーフで、主に森に放置された罠の解除や鍵を開ける仕事をしており、時々浮気調査もする。

 ダンジョンや魔境に赴き、魔物に立ち向かう冒険者とは違い、街中で町の人達の依頼を受けるのが常だ。

 トースケはこの仕事を3年以上続けている。


「終わったよ。依頼達成」

 トースケは、冒険者ギルドのカウンターに依頼書を出しながら言った。

「相変わらず、仕事は完ぺきにこなすんだな」

 ギルド職員のおじさんが無精髭をさすりながら、依頼書を受け取った。

「トースケよ」

「なに? 年齢詐称してたのは、もう謝ったろ。それに、もう俺も立派な15歳だ」

 冒険者ギルドには15歳から入れるが、トースケは自分を身体が小さいホビットだと偽り、3年前からシーフの仕事をして、稼いでいる。

「いや、その件はもういい。それより、どうだ? ちゃんと町に部屋借りて、鍵師の仕事をする気はないか?」

「ないね。家賃なんか払ってらんないよ。それに、俺のレベル知ってるだろ?」

「『レベル1のシーフに客なんかつかない』か? いい加減、装備整えて、魔物狩りに行けよ。金はあるんだろ?」

「あの家にいる限り、金があることなんてないさ」

「ふん、そうか」

 おじさんから報酬を受け取ったトースケは、とっととギルドを出ていこうとした。


「おい、トースケ!」

 筋骨隆々にして、メタリックな装備が輝く、高レベル冒険者の剣士がトースケを止めた。

「ギースさん、なにか?」

 この街一番の冒険者が声をかけてきたので、トースケは振り返るしかなかった。

「お前さん、この前、サルバンの洞窟にいなかったか?」

 サルバンの洞窟とは周辺で一番強力な魔物が出るというダンジョンだ。

「ギースさん、知ってるでしょ? 俺はこれこの通り、レベル1の冒険者ですよ。サルバンの洞窟どころか、この町と自宅から出られませんよ」

 トースケは自分のギルドカードに書かれているレベルの欄を指した。

 そこにははっきりと「レベル1」と書かれていた。

 普通の商人ですら、襲われた魔物を倒し、レベル5という者もいる中で、冒険者なのにレベル1。

不思議に思う者もいるが、ギルドカードに記載されていることは事実なのだからしょうがない。

ちなみに、サルバンの洞窟はレベルが30以上のパーティーで攻略するような場所だ。

「そりゃそうか。いや、悪かったな。そういや、シノア婆さんは元気か? 最近、回復薬を出してないみたいだけど」

「うちのクソババアは殺したって死にませんよ。最近、暑いからやる気ないだけですよ。きっと」

「そうか、俺がダンジョンに潜るときに必要だから欲しがっていたと伝えてくれ」

「わかりました」

 トースケは足早にギルドを出て行った。

 ギルド内の冒険者達は、最強と最弱の冒険者が話したことに驚いている者も多い。

 機嫌が良さそうなギースに話しかけ、パーティーに誘おうとする美人の魔法使いを無視し、ギースはギルドの二階にある宿に直行する。

 レベル50を超えるギースは冒険者の間でも孤高の存在だったが、本人は孤独と思っている。

 常に自分より強い者を求め、強い魔物と戦うことを目的にしていた結果、周りに誰もいなくなっていたと思い、これからは弱きを助け、人のために生きようと思ったが、あまり弱き者からの人気は得ていなかった。

 寄ってくるのは中途半端に強い調子に乗った冒険者ばかりで、「いったい俺はなんなんだ」と今日も宿の自室で酒を飲むのだった。


 トースケはギルドを出て、商店街でパンと肉を買った。

 すでに夕暮れ時である。

 夜になると町の外には魔物が出るため、できるだけ急いだつもりだったが、町を出る頃にはすっかり日が落ちていた。

 街道沿いを進み、しばらく行くとその森はあった。

 通称「魔女の森」。

 魔女ことエルフの薬師・シノアが所有する森だ。

 転生者であるトースケをシノアが拾ったのも、この森だった。

 乳を与える前に喋り始めたトースケを「悪魔の子」と呼び、この森で育てた。

 

「帰ったよ」

 いくつかの罠を抜け、巨木の根を柱にしたボロ屋にトースケが帰った。

「おかえり。今、夕飯できるからね」

 台所で、怪しげな鍋をかき回しているのはエリサだ。

 エリサはトースケの乳母で、自殺しようとしていたのをシノアが助けた。

 領主だか大商人だかの妾で、子を産んだ途端、取り上げられ、泣きながらさまよい歩き、辿り着いたのが、「魔女の森」だったらしい。

 シノアが、まだ赤子だったトースケの乳母にちょうどいいと思い、連れてきてから、15年。

シノアとトースケと共に、このボロ屋で生活している。

 食事や洗濯、掃除の一切をエリサがやっていると言って過言ではない。

「クソババアは?」

 トースケがパンをエリサに渡しながら、聞く。

「研究室。ごはんできたって呼んできて」

 トースケは地下室へと続く階段を下り、ドアを開ける。

 

 地下室には異様な光景が広がっている。

 広さは体育館ほどであろうか。

手前には酒樽のようなモノが並び、奥には様々な植物の苗が植えられており、天井には煌々と光る宝石のようなライト。

 これを魔石という。

 魔力を込めることで、地下を照らす。

 

 地下室の最奥。

 机に向かって羊皮紙に何かを書いている老エルフがいた。

 シノアである。

齢800歳を超えたエルフは顔に少し痘痕ができているものの、白く美しい顔立ちで、足腰もしっかりとしていた。

長い白髪を後ろで結び、研究で汚れた服を着ていなければ、どこぞの賢者と見紛うほどだろう。

「おい、クソババア。飯だってよ」

「ん? もうそんな時間か。今日は毒入ってないだろうね」

「うちの飯で毒が入ってなかったことがあるかよ」


 トースケとシノアは手を洗い、食卓につく。

 3人揃っったところで

「「「いただきます」」」


 トースケが一口、スープを啜った。

「やっぱり、毒入ってるじゃないか!」

「アタシらを殺したきゃ、ボツリヌス菌でも持ってくるんだね!」

 トースケとシノアが叫ぶ。

「ちょっと辛味が足りなかったから、入れただけよ! どうせうちの人たちは皆、毒耐性があるんだからいいでしょ!」

 エリサが返す。

 事実、この家にいる者は全員、シノアの食育によって毒耐性を持ち、どんな毒にも耐えうるような身体を持っている。

 というか、毒にかぎらず、麻痺、睡眠、呪い、石化、火傷、ゾンビ化、伝染病各種などほぼ全ての耐性を持っている。

「徐々に、分量を増やしていくのさ。そうすると、気づかぬうちに耐性なんてのは出来てるもんだ」

 初めて赤子のトースケに毒を飲ませたシノアが語った言葉である。

 トースケは手足をバタつかせるくらいしか出来なかった時分から、耐性の英才教育を受けていた。

「気持ちの問題だよ! ちゃんと町でも出てくるような食べ物が食べたいんだ!」

 トースケがエリサに文句を言う。

「だったらたくさん稼いできなさい!」

「俺は、今日だって鍵開けてきてちゃんと稼いでるじゃないか!」

「アタシだって、半年前に回復薬で大儲けしたから、食費は渡したはずだよ!」

「私は……だって、お洗濯だって、ご飯作るのだって時間かかるんだから……水汲みだってあるし…」

「エリサ! また、貧乏な木こりと逢引でもしてたんじゃないだろうね!」

 シノアがエリサを疑う。

「だって……!」

「ったく。もうすぐ40だろ!」

 トースケが呆れて言う。

「だって……薪安くしてくれるし……優しいし……」

「薪なんて山ほどあるんだから、買う必要なんてないだろ!」

「イチャコラこいてもいいけど、もうちょっとガラス職人とか、うちに得があるようなのにしな!」

「もーう!! うるさい! 魔女! 悪魔の子! うわ~~ん!! もぐもぐもぐもぐ、うわ~~~ん!!」

 エリサは自分の食事をしっかり食べてから、自室へと去っていった。


「まったく、年取ってすぐ泣くようになったね」

「年取って、肉付きよくなったからね。巨乳化が進んで男が甘やかすんじゃない?」

「そういうもんか? 男は?」

「巨乳は正義だからね」

「じゃ、うちでは厳しくしなきゃな」

 食べ終わると、トースケが食器を洗い、シノアがダイニングを掃除をする。

 エリサを追い出すのは、いつも家事をやってくれる感謝の裏返しだ。

 夕飯が終った後くらい自由にさせてやりたいと、2人で話し合い、ここ10年ほど習慣になっている。


「トースケ。あとで数値な」

「え? もう一ヶ月経ったのか?」

 数値とは攻撃力や防御力などの能力値のことで、一ヶ月に一度計ることになっている。

 

 地下室。

 机の上に水晶のような魔道具が置かれ、トースケが手をかざしている。

 魔道具に触れると、水晶の中に文字と数字が浮かび上がってくる。

「攻撃、防御、素早さ、賢さ、運、全てカンストだね」

「う~ん、やっぱりもうちょっと良い鑑定魔道具がいるねぇ。これじゃわからない」

「まだ上げるの? もういいんじゃない? レベルが99でカンストしてもこんな数値出ないんでしょ?」

「そういうことじゃないんだよ。トースケが言ってたサケ作りの製法で作ったドリンクの効果がこれじゃわからないのが問題なんだよ!」

 シノアは能力値を上げる種や実を育てることに人生を捧げてきた。

 集めた種や実の育成方法を700年以上の時間を掛けて、実験を繰り返してきた。

 そして、15年前にトースケが誤ってというか、食べ物がなかったため、壺の中にあった運を上げる実を全て食べてしまった。

 その時は激高したシノアだったが、トースケが実験を手伝うようになってからというもの、どんどんと実験が成功し始め、ついには全ての能力を上げる種や実の育成方法がわかったのだ。

 もちろん、公にすると戦争が起きかねないので、2人はエリサにも内緒にしている。

 エリサは、新しい回復薬を作っている程度にしか考えていない。

 今では、地下室の酒樽いっぱいに、能力値を上げる種や実がぎっしりと詰まっている。

 人工的に作った実に効果があるのか実験が必要だったため、トースケが実験体になった。

 そうして、トースケはレベル1にして、全能力カンストというチートを手に入れ、さらには全耐性を持つ超人と化してしまった。

「まったく、なんの魔法も覚えてないし、スキルだって、盗賊になった時に教えてもらった鍵開けのスキルしかないってのに、こんなに能力が上がってもしょうがないよ」

 トースケは常々、シノアの前でぼやいた。

 シノアはレベル上げが全てという冒険者の世界を恨み、研究を始めたので、トースケに魔物を殺さないように厳命してある。

 トースケも別にレベルを上げる必要を感じなかったし、最近まで目標なんかなかったので、普通に従っていた。

「ん? 目標ってなんだい?」

「別にいいだろ?」

「どうせ、巨乳のハーレムを作るとかだろ?」

「…なぜわかった!? なぜだ!? 800年も生きてると人の心が読めるようになるのか?」

「おおかた、奴隷商にでもあったんだろ?」

「…なぜそこまで見通せる! そういうスキルがあるなら、俺はいくらでも魔物を殺すぞ」

「やめろ。そんなものはない。お前は賢いくせに行動は単純だからな。読みやすいだけだ」

「ぐぬぬ…」

「まぁ、いい。それよりもこれを見よ!」

 シノアは透明な黄緑色の液体が入ったビンをトースケに見せた。

「なんだかわかるか?」

「何って、種と実のお酒だろ?」

「やはりわかるか。これはな、お前が言っていたサケの方法で作った酒よ」

「殻を剥いて、真ん中の吟醸の部分だけで作ったんだな?」

「そう! どうだ? 飲むか?」

「どうせ、今飲まなくたって、飯に混ぜたりするだろ?」

「ふふふ、クソババアの最高傑作よ!飲むがいい!」

 シノアはトースケに対して自分を「クソババア」と呼ぶことにしている。

 拾ったとはいえ、自分の息子を実験体にしているという罪悪感から、「クソババア」と呼ばれることを好む。

 トースケも罪悪感が和らぐなら、と「クソババア」と呼ぶことにしている。

「なんの実で作ったんだ? ん? これは…」

 トースケは一息に飲んで、眉をしかめた。

「クソババア! 全部混ぜたろ!」

「ふふふ、やっぱりわかったか」

「クソ不味いし、酒にはなってない。激マズジュースだな、あ!」

 ガシャン!

 トースケの力が強くなってしまって、持っていたビンが割れた。

「ほら、また強くなった。どんどん力加減が難しくなっていくんだ。また、ドアノブ壊すぞ」

「あの『悪魔の子』が本当に悪魔のような力を持って行くな。ふふふ」

 床の割れたビンを見ながらシノアが言う。

「あ、そうだ。サルバンの洞窟に行ったのが、ギースって冒険者にバレたよ」

「ん? そうか。まぁ、別にいいだろ。サルバンはなんか言ってたか?」

「いや、そろそろ力がなくなるから、地下水も汚れるって」

 サルバンとはダンジョンマスターの名前で、元は有名な高僧だったらしい。

 サルバンの洞窟の下には地下水脈が流れていて、非常に水質が良く、種や実を育てるときに重宝していた。

「サルバンはもう死んでるんだろ?」

「うん、ゾンビ化してもう3年位になるんじゃないかな。身体崩れないで、よくもってるよ。『死してなお華』とかほざいてたけど、そろそろ目玉が取れそうだってぼやいてた」

 サルバンが死んだので、いろんな魔物がやってくるかもしれないらしく、水質も汚れる可能性があるらしい。

「じゃそろそろ研究成果を書にしたため始めるかねぇ」

「即効で禁書に指定されるよ」

「秘文で書くさ。その前に、お前用に数値を計る魔道具を作らなきゃねぇ」

「付き合ってらんないから、俺は寝るよ」

「ああ、おやすみ」

 トースケはあくびをしながら、階段を上った。

 シノアはトースケを見ながら、頬にある痘痕の跡を掻いた。

 その掻いた手にも痘痕の跡があった。

「いやはや、そろそろかねぇ」

 地下室でポツリとシノアがつぶやいた。


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