【3】ハロー ニューワールド
【3】ハロー ニューワールド
【ラフィス王国】 王都 勇者召喚陣場
各々の大臣達が、騎士達が、王が、王妃が中心の魔法陣を固唾を飲んで見守っていた。
王宮魔法師長が周りの魔法使いたちに合図を送る。
――勇者召喚陣起動。
王宮魔法師達が次々に魔力を送り、魔法陣の中心に鎮座する握り拳程の水晶玉が浮遊し輝き出す。
空中に赤色の魔法陣が次々と現れ、水晶玉を取り囲み螺旋を描いた。
高まる緊張。
遂に魔法陣が完成する。
パリンと水晶玉が弾け、七色の粒子となり召喚魔方陣に流星の如く降り注いだ。
雪の様に落ちるそれらが魔法陣に触れた瞬間、光の奔流がこの場を呑み込んだ。
そして、勇者が顕現した。
光が晴れた先には1人の青年。
学生服を着た青年。
長身で、穏やかそうな目をした優男だった。
――ここは?
彼を包むのは歓声。
此処にいる全ての者が勇者召喚の事実に震え歓喜していた。
そんな中、困惑する彼の眼に1人の女性の姿が映った。
――美しい。
彼の境遇などまるで吹き飛ばしてしまうほどの衝撃。
歓喜に噎ぶ人々の中でその女性は一際の輝きを放っていた。
純白のドレスに身を包むその女性の肌は陶器の様に白く、透き通ったブルーの瞳はまるで大空の様。
ふと、その女性が此方にゆっくりと歩いてくる。
すると、反比例する様に歓声がフェードアウトしていった。
その女性はもう目の前。
そして、その柔らかい唇がゆっくりと開かれ――
「ようこそ、勇者様。
そしてどうか私たちを御救い下さい」
「はい。もちろんです」
その女性の美しい微笑みに、彼は一発KOされてしまった。
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召喚された勇者様が此方に気付いたようだ。彼の目が此方に釘付けになるのを感じた。
うふふ、気が付きましたわね。
彼女、この国の王女であるフェミリア A ラフィスは微笑みを浮かべ勇者を見据える。
途端に彼の頬が熟れたリンゴの様に赤く染まるのがはっきりと見えた。
ふふふ。
あらあら、勇者様は随分と初々しいですこと。
ああ、
ああ、本当に――
――本当に、男って単純。
周りに悟られないように小さく、くすりと嗤う。
彼女の紅い唇が三日月のように歪んだ。
あはは、愉しくて仕方がない。
ああ、この仔なら私の夢を叶えてくれそう。
きっと、私の手の上で、愉快な道化師の様に踊ってくれるに違いないわ。
彼女は勇者を見据え、ゆっくりと歩き出した。
勇者も此方をじっと見つめている。
熱い視線ね。
蕩けちゃいそう。
彼女は勇者の前で微笑む。
そして、
「ようこそ、勇者様。
そしてどうか私たちを御救い下さい」
「はい。もちろんです」
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突然に勇者召喚陣場に地鳴りの様な音が響き渡った。
否、それはまるで冥府の亡霊が咽び泣く様な、歪な声。
王達は何事かと驚き狼狽え、騎士と王宮魔法師達は陣形を組み身構える。
勇者は王女を庇うようにして姿勢を低くし構えている。
彼ら皆の脳裏には、勇者召喚による魔王の襲撃が駆け巡った。
段々と大きくなる音。ああああ、と不気味に鳴るそれは人々の恐怖を煽っていく。
そして、陣の上の空間が爆発した。
大きな音と圧倒的な光。
それらと共に現れた漆黒の影は、
勇者の頭上を越え、
美しき王女の頭部に喰らい付いた。
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「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁヘブッ‼︎‼︎」
大神 相馬は異世界に召喚された。
しかし、彼はまだその事に気付いてはいない。
……ん? なんか引っかかった?
木に引っかかったのだろうか。ソーマの股の間で何かが蠢き、むず痒かった。
ソーマが恐る恐る目を開くとそこには、
金髪の女性が股間に埋まっていた。
ああぁぁぁぁぁぁぁ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、なんか動いてるぅぅぅぅうう。
その女性はフガフガとソーマの股間で必死に暴れていたが、急にビクンと大きく痙攣したかと思うと死んだ様に動かなくなってしまった。
あっ、やべ。
ソーマは慌てては立ち退き、その女性を抱き起こす。
「これは失敬。
大丈夫ですかな? おじょうさ……」
ちょ、これあかんやつですやん。
その美しい女性は、完全に別のワールドへとフライアウェイしていた。
ヘブン状態のようで、彼女の表情は見るも無惨なものになっている。
とにかく悲惨。その一言に限った。
これ以上は彼女の名誉の為に伏せておく事にする。
こ、こいつぁ、ひでぇ……。
あまりにも見てられなかった為、ソーマは周囲に視線を巡らした。
学生に、外国人に、コスプレ……?
ソーマの周りには円を作るようにして様々な格好をした人々がいた。
騎士姿の者に魔導士姿の者、貴族っぽい者に、はたまた王冠を被った王様の様な者まで存在している。
え? 劇? 劇団員?
というか、ここ何処? 城?
もう訳が分からなかったが、偶然にも近くに日本人っぽい学生がいたので事情を尋ねようとした。
が、その時。
先ほどまで凍った様に固まっていたソーマを取り囲む面々がエンジンが掛かった様にわなわなと震え始めた。
王様、魔導士、騎士が順番に何か呟く。
「な、」
「ぞ、」
「ひ、」
「え? なぞひ?」
まるで意味が分からん。
どういうことだ?
そして、
「なんじゃぁぁぁ、貴様はぁぁぁぁ‼︎」
「賊だぁぁぁぁ‼︎ 皆の者‼︎ 賊がおるぞぉぉぉぉおおお‼︎」
「姫様が討たれたぞぉぉぉおおお‼︎」
「は⁉︎ え⁉︎ ちょッ⁉︎」
彼らが唐突に叫び出し、凄まじい怒りの形相で迫ってきた。
ソーマは突然の事に動揺したが、彼らの狂気じみた表情に思わず逃げてしまった。
やべぇ‼︎ かなりやべぇ‼︎
キチガイしかいねぇ‼︎
迫り来るキチガイ。
ソーマは必死に逃げ回る。
てゆーか、マジで誰なんだよおめぇら‼︎
それと、姫は死んでないぞ‼︎
ちょっと別の世界に逝ってるだけだ‼︎
そのうち戻って来る‼︎
……多分な。
心の中で悪態をつくがそれどころではない。
遂にソーマは大きな窓を背後に追い詰められてしまった。
「ぐへへへへ。賊め‼︎ 貴様にもう逃げ場なないわ‼︎」
「よくも、姫様をぉぉぉぉおおお‼︎」
「なんじゃぁぁぁ、貴様はぁぁぁぁ‼︎」
「くっ、」
先頭の騎士達がいやらしい手をワキワキと動かし、後方の魔導士達が鬼の形相で何処から出したのか、巨大なメイスを振り上げている。
王様に至っては同じ台詞しか喋っていない。
カオスな空間。
一体どうすれば……?
ふと、ソーマが妙案を思い付いた。
そうだ‼︎
このキチガイと知り合いぽかったあの日本人学生に助けを求めれば……‼︎
そうと決まれば話は早い。
ソーマはこのカオスにおける解決の一手、キーパーソンを求め、必死に視界を巡らした。
というか、目の前にいた。
日本人学生は魔導士の群れの先陣に聳えていた。
誰よりも大きく、そして至る所から大量の棘が生え出した如何にも凶悪なメイスを頭上に構えている。
何故か彼の目元辺りには影が掛かり、両眼は妖しく真っ赤に輝いている。某ロボットアニメの一つ目のロボットの様だ。
更に、彼の背後からはおどろおどろしいオーラが立ち昇り、何かをブツブツと呟いている。
あいつもキチガイじゃねぇか‼︎
むしろあの学生が一番ヤバそうだッ。
彼に最早、逃げ道は無い。
こうなれば――、
ソーマは背後に全力で駆け出した。
先には大きな窓。
そして、
「俺はぁぁぁぁ、鳥になるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
窓から飛んだ。