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お伽世界の魔女

親なし子の決意

作者: しもり

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負(フリーワンライ)提出作品の加筆修正作品。使用お題は「豪雨カーテン」「境界線へと飛び込もう」 同シリーズ短編「恵みの家」のエイゼン幼少期のお話になりますが、単品でも読めます。

 エイゼンという少年は、大国王都の孤児院で育った。

 黒髪に、白とは言い切れない肌は王都の中でも少し珍しい。それもそのはず、彼の両親が海を越えた外国の出身なのだから、と昔から説明されてきた。

 両親という存在がどのようなものか、エイゼンは成長した今では理解している。しかし成長するまではそんなこともわかっていなかった。

 なにしろエイゼンには実の父母の記憶がないのだ。この孤児院の院長セシルの話では、まだ赤ん坊のエイゼンを残し、二人は旅先のこの王都にて流行病に罹ってしまったという。二人はそのまま帰らぬ人となり、息を引き取る前に二人はセシルへと子供を託した。孤児院に引き取られたエイゼンに父母のことを語ってくれるのは当時二人に対面したことのあるセシルばかりであった。

 そのセシルも彼らが旅人で、不運にも時期悪く王都に入ってしまったことくらいしか知らないため、エイゼンの知る両親は自分と同じ髪や肌を持つ人だったのだ、と少ない情報ばかりだ。

 それでもセシルは当時にかなりの情報を集めたらしい。彼女が持つ様々な伝手を使い、エイゼン親子がいつこの国にやって来て、いつ王都に入ったかということを調べてくれていた。実際セシルの集め情報は少なくなかったが、その情報だけで父と母を認識させるというのも無理があろう。

 それでもエイゼンはこの孤児院での暮らしの中、寂しい思いをちらとも感じたことがない。

 ここに暮らす子供たちは皆、誰もが平等に親を失っている。何歳で親元から離れたかの差ばかりで、皆が皆両親を亡くし、院長であるセシルを母と慕っているのだ。むしろエイゼンは赤ん坊の時分からここに引き取られたから、両親に対する気持ちの名残が一切なかった。

 他人はそれを哀れと思うのかもしれない。

 だがエイゼン自身にはむしろ、父母を求めて涙する子らを哀れむ余裕を持っていた。

 昼も夜もなく涙する彼らを、エイゼンはよく面倒見た。小さいながらに子供たちをまとめる能力があったのか、大人びたところがあったからなのか、両親に執着のないエイゼンは手の回らない職員たちを助けるように子供たちの心を慰めた。

 すると、いつもいつもセシルが「まあ、エイゼンはとても優しい子なのね。それに心の器が大きいわ。きっとあなたの未来は恵みに満ちているわね」と頭を撫でながら褒めてくれた。

 黒髪のエイゼンは、セシルだけが持つ、柔らかなピンクブロンドを美しいと見つめていた。他にない色は春の象徴のようにすら思われた。

 彼女のほっそりとした眼鏡にかかる、きらきらと宝石のように輝くピンクブロンドの前髪を除けたいと思いながら見上げていた。薄いガラス板の奥に潜むブラウンをよく見たいという気持ちが無意識に、いつの間にか少年の心に生まれていたのだ。そのことに関してエイゼンは成長するまでとんと気づくことがなかった。

 セシルは女性にしては背が高く、子供のエイゼンは成長期に入るまで、かなりの身長差を感じていた。十三歳になって漸く視線の高さが近くなり、十五歳で背が同じくらいになった。それでもまだエイゼンの方が彼女より小さいのだから恐れ入る。この国の女たちはそれほど背が高くないので、街中でも彼女は頭一つ分くらい飛び出している状態だ。

 だが背はまだ伸び盛りであっても、男は十五歳で成人と見なされる。働きに出て結婚することが許されるのだ。

 同時にそれは孤児院を出る日の訪れでもある。

 そのまま孤児院に残って職員として院長を手伝うという選択肢もある。実際そうしてここに残る人間もいれば、一度外に出てまた戻ってくる者もあったし、出てったきり孤児院に戻ってくることのない者もいた。彼らは折々に挨拶にやってきたり、祝い事があればセシルたちに報告しに来るが、外で得た家族をとても大切にしているようだった。

 そんな巣立った家族、戻ってきた家族、残る家族を見てきたエイゼンは、成人を迎える何年も前から決めていたことがある。

 孤児院を出る日とは即ち、その決意を実行する日なのだ。



 王都はその日、朝からこれでもかという大雨に見舞われていた。

 夏が近いせいか、気まぐれな天気が機嫌を損ねたのか、昼間だというのに薄暮時よりも暗い空が広がり、激しい雨粒は王都を縦横に走る市壁をこれでもかと攻撃する。朝からこのような雨が降っているために、今日は太陽の姿を一度も拝めていない。

 分厚く澱んだ色の雲に姿を隠された太陽はいったいどのような表情をしているのか。しかし子供たちは太陽を恋しがったが、すぐに雨でよかったと考えを切り替えた。

 孤児院の館も屋根や窓ガラスが激しく打たれ、騒々しい。平生であれば、子供たちの元気な声がそんな雨音を跳ね返す勢いで館を満たすが、今日ばかりはそうもいかないようだった。

 生憎の天気に憂い顔を見せるセシルや職員たちを前に、エイゼンは少ない荷物を片手にエントランスホールに佇んでいた。

 他にも子供たちの姿や、近々に孤児院を出て行く同年の家族もおり、彼らは一様に「なにも今日出ていかなくても」と引き止める言葉を口にしながらエイゼンを取り囲む。

 このような天気の中、外に出れば濡れ鼠になるのは明白で、幾ら外套があってもそれは免れられない。外套も粗末なものではないが、この豪雨の中ではあまり用を成さないだろうと簡単に推測されるために、彼らは口々に引き止めるのだ。

 しかしながらエイゼンは一歩も譲らない。セシルが「このような天気の日でなくとも……」と引き止めていても頑固なまでに応じなかった。

「だいじょうぶです。行く先は決まってますから。今日行くと決めていたから行かせてください」と逆に説得しようと試みる。

 エイゼンの揺らぎそうにない目を暫く見つめ、セシルはふぅと息を吐き、微苦笑を白い頬に浮かべた。それでも、眼鏡の奥の瞳は柔らかな眼差しのまま。

 しょうがない子ね、とまだ小さな子供を見るような目だった。成人して出て行こうという青年に向けるものではないが、そう不満を訴えたところで、セシルにとって孤児院の子供は等しく彼女の子であるという認識が変わるわけもない。

 エイゼンを囲む家族を見回し、ゆるりと穏やかな声を響かせるセシル。

「みんな、エイゼンを見送ってあげましょう」

「エイゼンにーちゃん、いっちゃうの?」

「先生がそう言っちゃ、もうしょうがないか……」

 まだ粘りたい子供たちと、院長が認めてしまったならしょうがないと気持ちを切り替える大人たち。そんな明瞭な違いにエイゼンは少しだけおかしさを覚えた。

 やがて職員たちが子供たちの説得に回って、どうにか飲み込ませると漸く、エイゼンを見送る場が整った。

 その間も外の雨は激しく降り続け、雨脚が弱まる気配は一向に訪れない。

「きっとこの雨は明日まで続くわ。だからエイゼン、濡れたらきちんと身体を拭いて温かくして眠るのよ」

 セシルの注意に「はい、勿論です。ちゃんと言われたとおりにします」と応じて、別れを惜しむ子供たちの頭をぐりぐりと撫でていく。すっかり年長者となった彼は子供たちから兄貴分として大層慕われており、懐く子供たちは彼が出ていくのを何日も前から嫌がり渋り、大泣きする子もいた程。今もホールの中には職員にしがみついて泣くのを堪えている子供がいた。

 大人も子供も関係なく一頻り挨拶をし、同じようなことを繰り返してから最後にセシルから「気をつけて。きっとあなたなら立派に勤められるわ」と見送りの言葉をもらい、鋭い弾を撃ち続ける雨天の中へとエイゼンは踏み出した。

 館から門まで続く石畳の道。小さなくぼみの中には雨水が溜まり、エイゼンが歩くたびに水溜まりか、落ち続ける水がエイゼンの足を濡らした。

 孤児院を出ることに多少の寂しさはあった。なにせ出てしまえばセシルの顔を見ることができなくなってしまうから。しかしエイゼンの未来はこの天気のように暗いものではなかった。少なくとも彼は自身の未来が暗いものだと考えていない。

 とうとう子供という世界から飛び出し、大人の世界へと入ったのだ、エイゼンは己の行動が必ず未来に繋がると信じて孤児院の門を潜った。

 足を止め、一度振り返ると館の窓から光が漏れていることに気づく。

 エイゼンにとって家族がいる家。それがこの孤児院だった。特別不幸な子供が集まっている施設なんかではない。他の孤児院がどうか、エイゼンは知らないが、自分はとても恵まれているという強い自信があった。

「何年かしたら絶対戻ってくるから……!」

 それが何年先になるかはわからないが、少しでも早く戻ってきたいものだと思いながら、今度こそ孤児院に背を向けて歩き出した。

 その足は少し早く進み、やがて小走りに整備された石畳の上を駆ける。

 区画ごとに設けられた門をいくつも通り抜けて、王都の中でもっとも防備の厚い市壁を潜る必要がある。

 その先にあるのは……。

 最初の市壁に辿り着き、迫り出した屋根に守られた門の前に入る。この雨の中でも壁の向こう側へと行く人は僅かながらにいるようで、二人の門番が通行許可証を確認しながら送り出していた。エイゼンも通行許可証を取り出し、見知りの門番へと見せる。

 そこには許可理由も記載されており、エイゼンは誇らしい気持ちで許可証を差し出していた。

 門番は一人で真新しい許可証を差し出すエイゼンに目を丸くして驚く。彼のような孤児院の子供が市壁を越えて隣の区画に行くのは珍しいことではないが、驚くべき点は出された許可証が新しいということころだ。すぐに許可証に目を通した門番は驚きつつも喜色を浮かべて笑う。

「ほぉ。お前、軍に入ることにしたのか! 規律の厳しさはギルド以上だぞ」

「そんなの構わないって! 俺が戻ってきたらアッと驚かせてやるからな」

 門番との軽口に「でも先生たちには内緒な! 街のみんなにも!」と釘を刺すのは忘れない。家族も数年後には驚かしたいからだ。

「わかったわかった。城でたっぷりと扱かれてこい」

「おーよ。じゃ、行ってくる」

 ばしゃばしゃと雨をはね除けるようにして駆け出すエイゼンを、門番は日焼けした顎を撫でながら「孤児院のやつらは感心だなあ」と呟きながら見送った。

 そしてエイゼンはその日の夕刻にもっとも分厚い壁を潜り、王城の国軍棟にベッドを得ていた。晴れて彼は大人として国軍兵士の一人となるが、孤児院の家族はそんなこと、知りもせず、家族が減った食卓にいつもの賑やかさだけが欠けていた。

 この後エイゼンは八年間という短くはない年月の間、家へ戻ることはなく、家を出て九年目の年に彼はふらりと家族の元に帰ってきた。

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