№6
木々の隙間から見える空を眺めていた。
ただぼんやりと眺めていた。する事がないと言えばない…。でも…下手に動くとさっきのコスプレの人達に見つかってしまうかも…。私…なんでこうなんだろ……。はぁ~~、思わず出てきた溜息にいけないと口を慌てて塞いだ、だって小さい頃からお婆ちゃんに『溜息ついたら幸せが逃げていく』って言われていたのを思い出しちゃったんだもん…。もう既に…逃げていったのかも…、念願の大学生活だったのに…、背が高いってだけで毎日追い掛け回されて…。今度は何? スポーツ系にはまったく見えないのになあの人達…、コスプレに背の高さとか関係ないよね…。わかんないけど…。見つかったら正義のヒーローとかの衣装を着せられるかも…、もしかして…悪役衣装だったりして……。そうだきっと、魔女とかかも…。ただの木だったりして…。緑づくめとか…。どっちにしろ嫌っ。
はぁ~~あぁ…、いつまでここに居なきゃいけないんだろ…。あっ、いけないまた溜息が…。もう手遅れかも…、きゅるきゅるとお腹がなった、そう言えば何も食べてない、お腹空いたな……。
なんとなくまた空を見上げた。
あの雲は……メロンパンみたい…。あっちはエクレアかな…。
…………。…………。私何やってんだろ………。雲見て食べものに変換なんて…。
泣きそう………。泣くかも……。
体育座りの立てた膝に顔を埋めて泣きそうになるのを必死で絶えた。
きっとお腹が空いてるせいだと思う…、人間お腹が空くと弱気になるみたい…。
別にコスプレの人達に追い掛け回されたからじゃないもんっ、どんなに走っても出口が見つからなかったからじゃないもん…。そんなんじゃないもん………。
ただ…お腹が空いていたからだもん…。
お腹が空いているせいにしないと泣いてしまいそうな彼女だった。
どのくらい彼女はそうしていただろうか。
ガサッと音がして顔を上げるとさっきのコスプレのおばさんが心配そうな顔をして立っていた。
私は咄嗟に立ち上がり逃げようとしたけど、ご丁寧に周りを囲まれて逃げ道を塞がれてしまっていた。
「ご無事でなによりです。心配しましたよ。」
そう言って近づいてくるコスプレのおばさん。
「寒かったでしょうに…、さぁこれを…。」
肩にかけられたふわふわの毛布みたいなものがとても暖かくてそれまで我慢していた何かが途切れたみたいに私は涙をぽろぽろ流して泣いてしまった。コスプレのおばさんが困ったように眉を八の字にしながらも微笑んでくれている。そっと渡されたハンカチで顔全体を覆い隠した私だった。
「歩けますか?」
「はい…、」
「それでは参りましょう。」
私はコスプレのおばさんに肩を抱かれて連れて行かれている。逃げなきゃと頭ではわかっているのに、くたくたの身体と少し弱気な心が邪魔をした。
連れて行かれた場所には、さっき私を追いかけてきていたお姉さんが笑顔で立っていた。
湯気が立ってる食事の用意されたワゴンに手をかけて、まるで私が来るのを知っていたかのように。
「こちらに座ってください。すぐにお食事にいたしましょう。」
コスプレのおばさんの言葉と同時にお姉さんがワゴンに乗っている料理をつぎわけていく。美味しそうな匂いに空腹な私のお腹がきゅるると鳴る。聞こえているはずなのに何もなかったように笑顔のお姉さんはさくさくと手際よく準備をしてくれた。心の中でそっと『ありがとうございます』と礼を言った。
「さあ、冷めないうちにどうぞ召し上がってください。」
にこにこと笑顔の女性二人に見つめられ戸惑う私……。そんなに見られたら食べにくいし……。それに私一人でこの豪勢な料理を食べていいものなのか……。正直ガツガツと食べたい心境だったけど、よそ様の家で豪華な食事に、三人居るのに食べるのは自分だけで、それを見られていると思うと…。流石にこの状況で『はい、いただきます。』とは言えない。普通の常識と神経を持ち合わせている自分が恨めしかった。しかし、こんな私の葛藤も哀しい事に、目の前の美味しそうな料理に対して、私のお腹は空気を読めずにきゅるきゅると鳴り続けていた。ぐぐっと下腹に力を入れてもお腹の音は止まらず…。真っ赤になった私は下を向くしかなかった。
「毒など入ってませんので、安心して召し上がってください。」
恐縮したようなコスプレのおばさんが恐ろしい事を口にした。私は迷わずぶんぶんと首を横に振っていた。私が食事に手をつけないのを、あろうことか『毒』を気にしていると思われてしまったっっ。どこの世界に『毒』を気にして食事に手をつけない者がいるのかと言いたかったが、そう思われてしまった自分に正直凹んだ。でも、今はそんな事気にしている暇はなく、私への疑惑の目を消す為に大きな声で『いただきます。』と言って、もぐもぐもぐもぐと身体が受け付ける限界まで食べまくった。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです。ありがとうございました。」
食べましたよ、と言わんばかりの顔で二人に深々と礼をした。
「食後のデザートでございます。」
にこやかな笑顔で大降りのお皿に入った果物を差し出された。うぅっ、もう食べれない……、でもここで食べないと…また…『毒』……。断れない性格の自分に泣きたくなった……。
もぐもぐもぐもぐ………。ゲフッ……。もぐもぐもぐ……。もう絶対無理……。
ある意味拷問のような食事はやっと終わった。何でこんなに量が多いのかと食べさせてもらったくせに文句を言いたくなってしまった。それでも始終にこにこと笑顔の二人に対してそんな事口が裂けても言えない……。見るからに変な格好の二人だけど外人さんなのでここは許そうと思った。外人さんだからこんなに体格がいいので、この半端なく多い料理の量も外人さんだからだと思った。
「日本語お上手ですね?外国の方特有のなまりもまったくありませんね。」
食事を頂いたお礼ってわけではないけど、社交辞令のような事を言う。でも本当に流暢な日本語で日本人と何らかわらないのは本当なんだもん。
にこにこと笑顔の私に対して、二人は首を不思議そうに傾げていく。あれっと思ったけど本人達は日本語が上手だと思ってないんだろうと思った。なんて謙虚な人達なんだろう。外人さんでもこんな人達も居るもんだなと感心してしまった。私の偏見かもしれないけど外人さんは自己主張が強そうだと勝手に思い込んでいたのでとても申し訳なかった。
もうどの位時間がたったんだろう…。私はいつ帰る事を口にしようかと悩んでいた。そんな事考えずに言えばいいと言われそうだけど、なんだかものすごく言いにくいのは何故なんだろう……。
きっと豪勢な食事を食べたからなのかもしれない。正直食べ逃げだと思われたくない。どっちにしろ食べ逃げになるのは間違いないんだけど…、それでも食べてすぐと少し時間をおいたのでは微妙に違うのではないかと思ってずるずると今になってしまった。会話と言う会話もなく、ただ、にこにこと笑顔を向けられているだけというのも意外と疲れる。精神的に限界な私は勇気を振り絞って口にした。
「あの……、そろそろ帰ろうと思います…。色々とありがとうございました。」
言えたっ、やっと言えた。
ここまで自分が小心者だったとは思ってもいなかった。外人さんでしかも見た目とっても綺麗な人に対してはきっと自分だけでなく誰でも同じような事をしてしまうと思う。
立ち上がり礼をしている私におばさんが声をかけた。
「もう少ししたら王妃様がいらっしゃいますので、もうしばらくお待ちください。」
「!!!!!」
口を開けて大きく見開いた目、驚かれたのしょう…。わかりやすいです…。でも私は嘘を言う訳にはいけません。この反応は想定内でした。さて…これから王妃様がいらっしゃるまでなんとか踏ん張らないといけませんね。
王妃様っっっ!!! えええっーーーー、今確かに王妃様って言ったよねっっ?ねっねっねっ?日本の何処に王妃様がいるのよーーーっっ。この狭い日本に独立した国家なんかあるわけないし……。私が知らない間にできた? まさかっ、そんな事はないっ。それとも……、コスプレの人達の集まりで…、王妃様とか言うキャラが存在しているのかも…。この人達どうみたってもういい大人なんだけど……。何がそこまでさせるのか…何故にここまでのめり込む事ができるのか…、いたって普通の私には理解できない…。理解したくもないですけどっっ。どうしよう…このまま仲間にされてしまったら……。王妃様の友達とか言う設定かも…。それとも…下僕とか…。………。ぶぶぶるぶる、思わず身震いしてしまったじゃないのっ、このままでは王妃様とかに会う事になってしまう…。それだけは避けなくては…。
「私のような一般人が王妃様と会う事なんてできません。心より辞退申し上げます。」
ふふっ、我ながら上手いいいわけではないの、よし、決まった。
「大丈夫でございますよ、王妃様はとってもお優しいお方です。身分等分け隔てするような方ではございません。」
うっ、お主やるな…。敵ながらあっぱれっ。とか考えてる時じゃないのにーーーっっ、どうしよう…、非常にマズイ…。マズすぎる…。こんな事言ってる間に王妃様が来ちゃったらどうするのよっっ。何か考えろ私、頑張れ私…。
「早く家に帰らないと家族が心配します。すみません。王妃様には宜しくお伝えください。」
また私は深々と礼をした。もう帰るのを邪魔しないでねと言うように…。
「王妃様がお見えになりました。」
今度はコスプレした騎士のような人が出てきた。この人…居たよね…追いかけてる人の中に…。王妃様ですか…、本当に来たのですか…、来なくていいのに…。王妃様…。