3.反転
暗い…真っ暗だ
木々の生い茂る深い森のようだ
星明かりがあるのに月がない、おそらく新月なのだろう
わずかな星明りをたよりに漆黒の闇をひたすら走った
まるでなにかから逃げるように…
逃げる?
わたしは何から逃げているのだ?あの虚空から開放されて
いったい何から逃げるものがあるのだろうか?
おそらくではあるがこの暗闇がいやなのであろう。
白い部屋から解放されかりそめの自由をてにいれたわたしだが
この暗闇が自分という存在を希薄にしていく感じがして、それが嫌に感じたのかもしれない
もう自分自身を捨てるなんとことはできない。
暗闇の中でだんだんと目が慣れてある程度の速度で走っていける
細かい木々や草で手足が切れている感覚はあるが再生するために問題はないだろう
この深い森に終わりはあるのか?
そう考えながらも無我夢中で走り続けた。
少し周りが開けてきた。どうやらけもの道は抜けたらしい
人工的に刈り取られた木々がちらほらでてきて深き森を抜けた
前方にはぽつぽつと光も見えてきた。
「あれは…」
わたしはヒトがいることを確信した。
すごくうれしかった。たまらなくうれしかった。
うれしさのあまり涙がこぼれそうになるがぐっとこらえた
わたしはその光の方向へ走った。ただひたすら走った。
足の裏が土の感触からアスファルトのような感覚になった。
「街?なのだろうか」
アスファルトの道路には薄暗い街灯が等間隔で光っていた
その光だけでも安心できたがもっと大きな光を求めて光の密集している方角を目指した
そう…何かに導かれるように
足の裏の感覚がアスファルトから砂利のような感覚になり足を止めた
「公園?」
見渡せば整備された木々に遊具が立ち並んでいた。近くにはマンションのような建物や民家もある。
やっとヒトに会える…そんな感覚にまたうれしさがこみ上げてきた
公園の街灯は明かりがついているが、民家やマンションはほぼついていない。
おそらく時間帯が深夜に近いのであろう。
ふらふらと公園をふらついているとベンチに座り楽しそうに会話している男女を発見した。
こんな時間にいるのだからきっと恋人同士なのだろう」
ついにわたしはヒトを見つけることができた
わたしは助けを求めるかのようにそこへ向かった
だが彼らを認識した瞬間に一つの想いがが生まれた…
「コロシタイ・・・」
自分でも疑うような考えが頭の中をよぎった
だがその感情にも似た衝動は一歩一歩彼らに近づくたびに大きくなり
その衝動はわたしの意思では止められないほどに膨れ上がっていた
止めることのできない衝動は行動となり
気付いた時には男の胸を貫いていた。
『キャァァァァーーーーーーーァァ』
隣から聞こえる女の悲鳴…
「脆い…こんなにも脆いのか」
わたしはヒトの脆さを痛感しながらその男から腕を抜いた。
心臓部分を貫いたせいか出血が激しかった。
冷たくなっている肌にかかった暖かい血液は心地よく感じられた。
視線を左にやると女と目があった
何がおこっているのかわからないのと、女はおびえて逃げた。
だがわたしにとってその女を殺すということは容易なこと
むしろ逃げるという行為そのものが滑稽でならなかった
息をきらして逃げる女、すぐに追いつき腕をつかんだ
女の顔が恐怖で顔が引きつっていたようだった
わたしは笑いながら腕を肩から引きちぎった。
女はまた悲鳴を上げた。悲鳴というよりは声にならない叫びとでも表現したほうが正しいのだろうか?
女は腕をちぎられてもそれでも逃げた
生きるということにそこまでしがみつくヒトの行動が面白いと思えた
わたしは逃げる女の首筋をつかみためらいもなくへし折った
鈍い音とともに女は崩れ落ちた。
なぜ殺したのか?理由は全く分からない
いやわからないわけではない…
ヒトという存在がわたしという存在理由を確かめるための道具にしたのかもしれない
死という概念が消えてしまったわたしにとって奪うことで存在価値を示したのかもしれない
まだそれは満たされていない気がした
わたし自身の本能が望んでいるような、そんな感じがした。
暗闇の中星明りがわたしをつつみこんでいた