2.開放
なにかが崩れる音がした
「わたしは…」
死んだ?のではなかったのか?
辺りを見回すとやはり白い部屋だ
横にベットがあることからベットから落ちたのだろう
眠る前までは白いベットというものは存在していなかったのだから
眠っている間に運び込まれたか、また別の場所に移動したのかどちらかだろう
それに動かなかった体も動く、あれば夢だったのだろうか?
そしてまた白い部屋、あの感覚がまた繰り返されるのか…
生というものに少しだけ喜びを感じたが絶望感だけが残った。
ただ肌の色が若干血の気がないようにみえる
白い肌に黒い長い髪の毛、まるで雪女のようだな
雪女?女…?
そうか、わたしは女という個体か。そう思った瞬間なぜかホッとした。
おそらく自分自身の存在が認識されたよろこびであろう
こういった考えはできるのに白い部屋以前の記憶が全くないのはむなしく感じる
虚空にはばたく1羽の鳥のように
周りに誰もいないその寂しさや記憶のないことにむなしさを覚えるのであろう
かすかに何か聞こえる
機械音のようだがきっとカメラだろうとその方向をみると時計があった
何もない白い部屋だと思っていたが真っ白な壁掛け時計があった
壁と同系色で気付けなかったのか…
針は2時を示していた。窓も扉もない空間で昼夜どちらの時間か判別するのは難しい
時計に近づきよく見ると時計の針が鋭利な刃物のような作りになっていた
透明なガラスのような長針…キラキラと照明を反射して輝いていた。
まるで宝石のようにキラキラと輝く長針
不思議な時計に興味を持ったわたしは針に触れてみた
やはり鋭利な刃物ような作りで触った所が切れて血が出てきた
指先からポタポタと垂れる真っ赤な血液は真っ白な手と部屋に色を付けていった
しばらく時計をいじっていると長針が外れた
十数センチの薄く鋭利な針はまるでナイフのようであった。
わたしはそれを持って部屋の隅へ移動した
それからわたしと長針とのにらめっこが始まったが数分で決着がついた
「存在から、解放しよう」
すなわち絶命…自ら命を断てる道具手に入れたのだから…
仕方のないことと区切っていたこの現状を終焉に導くたびに
わたしの右手は長針を握りしめられ、針のさきは首元に向けられていた。
死ぬことに恐れはない、痛いのは最初だけ…頸動脈を切り裂けば
一瞬のためらいはあったがわたしの右手は見事に任務を遂行していた
あふれる鮮血、紅にそまる部屋
「きれいだ・・・」
これで永遠とも思われる時間から解放される
「あぁ・・」
薄れゆく意識の中でわたしは…
・・・・
・・・・
おかしい…一度は意識が遠くなったがまた戻った
首筋に触れてみると血が止まっていた…ありえない現象だ
頭で考える中でもっともあってはならない現象だ
それどころか血が凝固して傷口さえも閉じ始めているのに気付いた
わたしは初めて恐怖した。
血の気が引くとかそういうレベルのものではなく全身で感じた
わたしは夢中で自分を刺した、何度も何度も刺した
部屋には肉を突き刺す音と鮮血が壁や床につく音が絶え間なく流れた
数百…いや数千、体中いたるところを刺した
真っ赤な血は出てくるが傷口はすぐにふさがる
刺すたびに傷の治りが早くなってゆくようにも感じられた。
こんなにも痛みがあるのに、こんなにも苦しいのに、なぜ死なせてくれないの?
白い部屋の悪夢は、わたしという存在に何をさせたいのだろう…
血で染まった白い部屋のグラデーションはあざ笑うかのように静かだった
放心状態でその場にふさぎこんでいると壁の一部が崩れた
「風…風だ」
崩れた壁の先に見える真っ暗な空間から風が流れ込んでいた
どこか懐かしさを感じられる感触がわたしを包み込んだ
「外に出られる?」
半信半疑でその黒い空間に入っていった
足元は土のような感覚が、左手には草のような感触がした
その暗い空間を数歩進んだ
真っ暗でほとんど何も見えないが星明りで森のようなところと認識できる
絶望が希望に生まれ変わったようだった…なにが絶望で何が希望かわかないが
あの白い部屋から出られたことはわたしにとっての自我の復活であり
誰かに動かされているのではなく自ら動いているということの確認でもあるから…
振り返るとそこは真っ暗な闇となっていた
まるで白い部屋など存在しなかったかのように、しんと静まり返っていた
漆黒の闇に取り残され飲み込まれてゆく感じがした
逆にどれくらいあるかわからない真っ暗な空間は私に孤独感を与える
「孤独?」
今までも一人孤独であったろうに…
閉鎖的空間がそれを考えさせなかったのだろう
これからどうするのかわからない、これも無駄な抵抗なのだろうか?
「あがいてみせる」
たとえどんな結末になろうとも《わたし》という存在証明のために