貴方は「3」の男
ふわっとした設定ですので、ふわっと読める方だけどうぞ。
後、下ネタ耐性が無い方にはおすすめしません。まあまあ下品。
「君を愛する事はない」
初夜の日にそんな事を無表情に宣った旦那様に、ミリア・グレース、元サンダリア子爵令嬢は腹を抱えて笑い出した。
「本当に!そんな事を!言う!人!存在した!んだ!!!」
あはははは!と笑うミリアを見て、彼女の旦那様、ジェームス・グレース公爵は形の好い眉を僅かに潜める。
「なんて下品な笑い方を……」
「えええ?じゃあ、初夜に妻に向かって、君を愛する事はない、キリッ、ってするのはとっても上品って事ですか?前公爵様とか、王族では、それが最上の礼だとか?」
「そんな事ある訳ないだろ!」
「え?じゃあ、どんなつもりで旦那様は今の言葉を仰ったんですか?とっても気になります。あ、ちょっと待ってください」
ミリアはヒョイ、とベッドがおりて机から紙とペンを持ってくる。
適当な本を台にして紙を置き、ペンを持ってさあ!どうぞ!と快活な笑みを浮かべながらジェームスを促した。
「……さあ、どうぞ、とは……?」
「え?だから、どんなつもりで、君を愛する事はない、キリッ、イエイ、決まったぜ、って決め顔を見せたのかを教えていただきたいな、と」
「お前!私に対して失礼だぞ!」
「え?そうですか?あ、じゃあ、明日私の知り合いに聞いてみますね。初夜の日にいきなり新妻に向かって、君を愛する事はない、キリッ、イエイ、決まったな、これでこの女は無様にも私に泣いて縋るんだろう、ワハハハハ、って笑う公爵様と、え?それ、どういうおつもりで……?ちょっと考えをお聞きしたいのでちょっとメモをとりますね?って戸惑う私のどちらが失礼かを」
「どんどん私の態度を酷く形容していくなあ!」
「え?そりゃあ、マイナス100スタートなんですし、それがマイナス200になろうが、300になろうが、マイナスはマイナスと言うか……」
確かに新妻に対して酷い事を言った自覚がジェームスにはあった。
だが、ミリアもミリアで酷いとジェームスは思うのだ。
「たかが子爵令嬢如きが……」
「え?今日届を出したんですから、私今公爵夫人ですよ……?」
届を出さなかったんですか?、ふうやれやれ、という表情を浮かべるミリアに、出したわ!とジェームスが怒鳴る。
「それなら、私公爵夫人であってるじゃないですか。…………あ、これ高位貴族で流行ってるんですか?じゃあ今度、元同級生の王太子妃殿下に、妃殿下も初夜に王太子殿下に、たかが伯爵令嬢が、って言われたりしてそれから燃え上がりましたか?って聞いてみよう、っと」
「お、お前、脅す気か?」
顔を顰めるジェームスに対し、ミリアはケロリとした表情を浮かべている。
「脅す?何を仰ってるんですか?貴族で流行ってる事は、まず王族が流行らせようと思ったと考えるのが常套。王族に聞くのが手っ取り早いと言うか……。ああ、王太子殿下が公爵家や侯爵家じゃなくて、伯爵家という、少し下の家格の家から嫁にとったのが流行りだと思って、旦那様も流行りに乗るぜ!って思ったけど、やっぱ格下と結婚なんて、って今更思ったんですか?だからこそのセリフ?」
「違……っ!」
「仕方ないでしょ。前王太子殿下だった第一王子や公爵家嫡男の旦那様が、隣国出身のもはや間者のような女に誑かされて、婚約破棄祭りを開催しちゃったせいで、婚約破棄されたり、婚約者のいなかった高位貴族の優秀なお嬢様方も軒並み他国とかに嫁いでしまって、年頃の女性がいないから、もう下級貴族ぐらいしか結婚相手がいないんですよ。…………まあ、どうしても公爵家とかの家格に拘るのでしたら、アーリーン公爵家の末娘様が御年8歳。旦那様とは20歳差……。あ、すみません、そっちが良かったから、故の、君を愛する事はない、キリッ、イエイ、ロリ最高!きめる……」
「違う!!!君の目には私がどんな風に映っているんだ!?」
怒鳴るジェームスを見て、ミリアがキョトリと目を丸くする。
「どんな風にって……。せっかく教養もあって可愛らしい侯爵令嬢の婚約者がいたのに、間者風女にコロッと騙されて、陛下の誕生日パーティーみたいな日に、婚約破棄だ!キリッ!イエイ!決まったぜ!をかましたにも関わらず、元婚約者のご令嬢が慈悲深い方で、かなり穏便に婚約白紙にしてくださったおかげで、間者に騙された仲間が廃嫡祭りになってる中、グレース公爵家に子供が1人しかいなかった事も重なってなんとか廃嫡を免れた結果、騙され仲間に恨みに恨まれ、ぼっち街道をまっしぐら。
高位貴族は既に婚約者が決まってる人も多いし、そんなぼっち公爵令息に可愛い娘を嫁がせる親もおらず、そもそも政略結婚としても、今じゃ公爵家なのに旨味が無さすぎて、結果、下位貴族の子爵令嬢ぐらいしか妻にできなかったのが悔しかったのか、文句があるなら結婚式前に言えば良いのに、ベッドに乗っている新妻に向かって、君愛きりいえきま!を決めちゃう人、ですかねえ」
「君愛きりいえきま!って何だよ!?」
「え?君を愛する事はない、キリッ、イエイ、決まったぜ!を少し略しました」
何て察しの悪い、というような表情をミリアは浮かべているが、察せられるかあ!がジェームスの主張である。
「大体、君を愛する事はない、キリッ、イエイ、決まったぜ!をした後はどうするおつもりだったんですか?一人息子で、血縁者の中で良い人がいないから公爵家を継げただけで、旦那様が子供を作らなかったら、今の公爵家なら、例え公爵家でもお家取り潰しですよ?」
「それは……」
「……あ、愛人がいるとか?」
「それは、いないが……」
「…………まさか、あの女をこっそり囲ってるとかはないですよねえ?」
その場合、私今から窓を飛び降りて憲兵に知らせに行きますが?と真剣な顔で言うミリアに、そんな事はしておらん、とジェームスが憎々し気な表情で呟く。
あらまあ、とその表情を見て、ミリアは優しい笑みを浮かべた。
「例え五股をされてもまだ愛されているなんて」
真実の愛っていうものでしょうかねえ、とミリアは呑気に呟く。
そんなミリアの言葉に、ジェームスは顔を顰めた。
「私達の関係ははそんな陳腐な物では……」
「あら、真実の愛の実情を陳腐と仰られますか?まあ確かに、五股をかけるのもかけられるのも、真実の愛、と言うよりは、ハーレムと呼んだ方が近いでしょうしねえ」
「君は私が嫌いなのか?」
「そうですねえ。好感度は、君愛きりいえきま、で、下がりましたかねえ。それに、」
愛さないと仰られる方に愛を抱くのは、よっぽど相手に魅力がないと、とミリアはコロコロと、淑女らしく、それでいて愛らしい笑い声を出す。
そんなミリアを、ジェームスは憎々し気に睨む事以外できなかった。
「まあ、私としては助かりますけどね。一人息子に一縷の望みをかけたせいで私が迷惑被るよりは、諦めて他人のように遠い血縁者の方からでもご養子をとられた方が、よっぽど」
「……君が迷惑被る、とは……?」
ジェームスが更に顔を顰めて尋ねる。
「そりゃあ、五股する女性と関係を持った殿方なんて、どんな病気を持っているか分からないじゃないですか」
「なぁっ!?」
「しかも、男性の方が下半身のご病気に関しては自覚症状が乏しい確率が高く、女性に感染させて女性だけが苦しむ結果、という事も少なくありませんのよ?」
「…………病気は、無い」
ジェームスの言葉に、今度はミリアが顔を顰めた。
「確かに、あれから何年も経ってますから?それだけの期間、自覚症状が無い場合は病気などなかったと言えなくもないですけど、一番ヤベエ病気は、自覚症状も出なけりゃ、一生潜伏……」
「だから!その!君が言いたい性病が伝染するはずはないんだ!」
ジェームスは声を荒げるが、ミリアはわざとらしく溜息を吐くばかりだ。
「…………何故、皆『私だけは違う』病が発症しやすいんでしょうね」
「?私だけは違う病?」
「あのですね。確かに病気は伝染する人と伝染しない人がいます。でもね、自分だけは病気じゃないと言い張っても、それは症状が出ていないだけで……」
「だから!伝染するような事を私はしていないんだ!」
ジェームスが再度叫ぶ。
ミリアはジェームスとの間に、寝室だと言うのに、ヒューっと冷たい風が通っていったような感覚に陥った。
「…………ワンモア」
「だから、私は、彼女と、体の関係は……」
「…………なるほど。この後も彼女に貞操を捧げて、魔法使いまっしぐらコースを目指すと……」
「?魔法使い?何の話だ?」
「30歳過ぎても性交渉をされた事の無い殿方は、魔法使いになれるというお伽話がありますのよ?」
ケラケラと暫く笑っていたミリアだったが、ハッとした表情に変わり、ジェームスとしっかり視線を合わせる。
「旦那様、魔法使い、というのはあくまでお伽話です」
「分かっとるわ!」
「だから、魔法使いになったら真実の愛という名の純情を捧げれば、勝手に子供ができるぜ!という事は決してありませんから、そこは重々承知していただき……」
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
怒鳴るジェームスに、ミリアは、ふうやれやれ、と肩を竦めて両掌を上に向け、ふるふると首を横に振る。
「そんなつもりは無いんですけどねえ。だいたい、シンジツアイさんが、」
「おい待て。シンジツアイさんって誰だ?」
「5股ハーレム女子の事ですよ」
「貴様、サマリーの事をそんな風に……っ!」
「事実ですよね?」
「だから……っ!」
「旦那様と第一王子と、後は、騎士団の次男坊と、宰相の甥っ子と、神殿の元祭司長の息子さん。5人と付き合ってたんですから、5股…………、いや、手を出されてないので、旦那様は股の内に入らないですよね☆失礼いたしました!5股ハーレム女子改め、4股ハーレム女子(公爵家嫡男に気持ち悪い感じの片思いをされてる)に変更ですね!」
「気持ち悪いとは何だ!」
「…………いやあ、普通の感覚から行くと、5、じゃない、4股する女に懸想する男はちょっと気持ち悪いですよ。しかも彼女、年齢を20歳もサバよんでたらしいじゃないですか」
「…………え?」
いやあ、本当そこだけは感心ですよお、と真剣な表情で感心するミリアに、どういう事だよ!?とジェームスが本日何度目かの絶叫をきめる。
「いやあ、世の中には18歳と偽れる38歳がいるんですね」
「…………20歳サバ読みって、その、上になのか……?」
「そりゃ勿論上でしょ。18歳が下にサバ読みしたら、0歳通り越して、マイナス2歳ですよ?胎児ですらないじゃないですか」
下手したら両親が出会いもしてないですねえ、とミリアは呑気な声を出す。
「サマリーが……、38歳……?」
「だから、今は48歳くらいじゃないですか?」
今のところ死んだとかは聞いてませんしねえ、と呑気に呟くミリアの横で、さまりーがさんじゅうはっさい、とジェームスが呆然としながら呟いた。
「姉が旦那様と同学年だったのですが、その方は貴族らしくない、明るい、ちょっと頭お花畑女子系の方だったんですよね?『どぅえんかぁ~?』とか、『ふぇーん、こうちゃくれいじょうしゃまがいじめるんでしゅぅ~』とか言うのを、うっわ、きっしょ、と思って見てたらしいんですが、その中身が当時38歳と知って、恐怖と感心が入り交ざり過ぎて、こんな時どういう顔をしたら良いか分からない、と本気で姉が怯えていました」
私も笑えば良いと……、いや笑えないわ!怖すぎる!と姉と2人で抱き合って震えていました、とミリアが自分の腕を摩りながら呟く。
そんな中、ジェームスが震えた声で尋ねた。
「そ、そんなのデマではないのか!?あんな愛くるしいサマリーが、その、2歳サバ読みなら……、そう!20歳で2歳のサバ読みなら……っ!」
「…………旦那様」
「な、なんだ?」
ミリアが真面目な表情を浮かべる。
その表情を見て、ジェームスはゴクリと唾を飲み込んだ。
「サマリーさんじゅうはっさい、に騙されたのは、高貴な血筋の方ばかり。そんな相手に間諜にも近いような事を行ったのです。しかも隣国の者とそこまで素性も分かられている。普通なら、確実にサマリーさんじゅうはっさいのせいで、隣国との国際問題になっているはずなんです。なのに、”何も無かった事にした”という事実を、旦那様は疑問にお思いにならなかったのですか?」
確かにその通りだ。
サマリーに去られ、友人達はジェームスを殺さんばかりの、いや、実際騎士団長の次男坊は斬りかかりにきたのだが、そんな彼女達の事ばかり考えていて、深く考える余裕が無かった。
親達が何かを言おうとしても、耳を塞ぎ続けたのはジェームスであってもだ。
「そ、それは、その、サマリーは……、」
「サマリーさんじゅうはっさいは?」
「38歳言うな!」
「言ってません。旦那様が頑なに18歳だったと言い張っていらっしゃいますし、後、私の母親と変わらない年齢なので、サマリーさん、と敬称をつけているのですが?」
「悪意しか無いだろうが!」
「いや、怪異には大体敬称をつけるじゃないですか。メリーさんとか、花子さんとか、八尺様とか」
「怪異扱い!!!いや、そうではなく!!!」
「サマリーさんじゅうはっさいの処分を隣国に求めました。そして、騙される方が悪いと言った向こうの国王と、こちらの陛下が一触即発しそうな時に、我が国の王妃殿下が叫んだのです。『うちの息子が私より年上に騙されたなんて、そんな恥晒しな事を原因で国際問題にしないで!』と」
「…………」
「そこで、ハッと気付いたのでしょうね。公爵夫人も、騎士団長の婦人も、宰相の妹君も。特に、元祭司長など、奥様が若くして、ご子息を産んだ後すぐに儚くなられてしまったので、余計に年上感を感じてしまったのでしょう。国際問題になって戦争にでもなったら、彼らの名前も出るし残る。だから……」
「そんな、まさか……。だ、だが、隣国の国王が間者に関与していたとかは本当に無かったのか……?」
「あ、それは向こうの王家とは関係無いみたいですよ。ただ隣国の出身と分かっただけです。サマリーさんじゅうはっさいは」
誰が雇ったのかとは、一応隣国も少しは調べてくれたらしいが何も分からなかったらしい。
まあ、貴族でもない平民の一人一人の素性など、国をあげたとしても分からないだろう。
そもそも”本当は隣国の出身じゃないかもしれないし”、とミリアは少し考える。
「……しかし、隣国の者だと分かった時点で、隣国はそれなりの対応をすべきでは……?」
「旦那様は、向こうの王妃殿下が、我が国の王妃殿下の姉君な事はご存知で?」
「あ、ああ……、勿論だ。だが、むしろ姉妹なら、それこそ国王に進言すべきでは……?」
そりゃあ、通常ならそうだろうが。
「姉妹仲、最悪らしいですよ。だって、今の国王陛下、最初は姉と婚約してたのに妹に乗り換えたし、その後も妹が王子を4人産んだのに対し、あちらは王女殿下2人のみ。まあ、夫婦仲がよろしいみたいですし、あちらは女性が統治する事もあるらしいので側妃も迎えなかったようですが、それでも、細かいマウントを取り続けてはいたようで」
うわあ、という顔をジェームスは浮かべているが、まごう事なき、我が国の女性のトップの話である。
「向こうの王妃殿下は、ザマアwwwと笑っていたとか何とか」
「いや、国同士の事で、そんな子供じみた諍いを吹っかけるなど……」
「旦那様達が引っ掛からなければ、何の問題も起きなかったんですけどね」
その言葉はジェームスの胸を抉る。
うぐ、と唸ったジェームスを気にせず、ミリアは淡々と言葉を続けた。
「ただ、向こうの王妃殿下も、ザマァwwwと笑った後に、うちは女の子だけで良かったと初めて思った……、としみじみ呟いてらっしゃったそうですよ」
「…………おい。何故そこまでお前は詳しいのだ?」
ミリアは元子爵令嬢だ。
そんな王族同士の話し合いの会話を知る由も無いはずである。
しかし、ジェームスの戸惑いは置き去りに、ミリアがケロリとした顔で種明かしをした。
「元同級生の王太子妃殿下が、王太子殿下から聞いたけど、ここだけの話ね、って、私含め、同級生女子、計30人に、この間のお茶会で教えてくれました」
「大規模お茶会!」
「10年経ったら時効よね、って」
「んな訳あるか!!!」
むしろ、その人数相手でも、ここだけの話という言葉は通用するのか。
いや、する訳がない。
「私達は笑いものにされたのか……」
自嘲するジェームスにミリアはキョトリと目を丸くする。
「どうしてそう思われるのです?」
「いや、どう考えてもこの流れは……っ!」
「そもそも、笑えませんよ。…………悲惨すぎて」
「うぐうう…………」
「私達の同窓の中には、息子を産んだ方も大勢いらっしゃいます。今は可愛い息子が、いずれ愚行を犯して、自分と年の変わらない、いえ、下手したら自分より年上の女に騙されるかもしれないという恐怖が、旦那様には分からないでしょうね」
親の心子知らずと申しますもの、とミリアが嘲りを含めた笑みを浮かべた。
ミリアの態度にむかつきはするが、ここでジェームスが何を言っても、無駄だ。
それくらいは愚かな男にでも分かる事だった。
「まあ、男の方が上だったらそこまで言われなかったという可能性はございます。年若くても、後妻で親より年上の方に嫁ぐなど、貴族の中では普通の事ですもの」
ただ、逆はどうかというと、全体的に受け入れられない風潮があるのは事実。
そういう辺りは“前世”でも変わらなかったわね、とミリアはポツリと思った。
「それより旦那様。愛さなくても良いですから子種はください」
「な、なんと下品な!」
「下品も何も。旦那様も、お義父様の子種を受け取ったお義母様のお腹で育ったんですよ」
「だからって言いようがあるだろ!」
「そうですね。私達が今日結婚して三年以内に子供ができなかったら、完全に養子お迎えコース、または公爵家お取り潰しになるでしょうから、あんまり悠長にやってらんないんですよ」
「…………え?三年?養子?取り潰し……?」
「ちなみに、三年の白い結婚を狙ってたなら無駄ですよ。旦那様に嫁ぎたい女性はいませんし、三年経ったら旦那様は種馬にすらなれなかった男になるだけですし、三年経ったら旦那様は31歳……。……あの、魔法使いになったからと言っても、王家の決定なので……」
「だから!魔法使いになれるなんて思っとらんわ!」
「…………あ、アーリーン公爵家の末娘様は、三年後は11歳ですし、ギリ2桁の年齢ですが……」
「アーリーン公爵令嬢はどうでもいい!」
「まあ、私も既に没落の、ぼつら、までいってるような公爵家と心中するつもりはないので、犬に咬まれたと思ってただ生娘のように、「初めてなの、優しくしてね」と寝転がっていたら良いですよ。病気は無さそうなのでレッツトライ」
「お前!ちょっ!あ、あああああああああ!!!」
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ミリア・サンダリア、じゃない、私、ミリア・グレースは、横ですやすやと眠っている旦那様のジェームス・グレースをちらりと見る。
とりあえず初夜は終わった。
しっかり私が処女だという証拠も執事に見せたし、執事に旦那様の旦那様が病気じゃないっぽい事も一応見てもらった。
お綺麗なものですよ、と死んだ魚のような目で笑った執事に、美形はチ●コも綺麗という無駄な知識が私に増えた。
「……だっる……」
ああ面倒くさかった、と、処女を抱いた百戦錬磨の遊び人男のような事を思う。
いや、処女だったの私だけど。
「…………ま、厨二病を長引かせた私の自己責任よね」
厨二病なんて言葉が出る事で分かってもらえると思うが、私は前世の記憶を持っていた。
転生者と前世の記憶持ちの違いがいまいち分からないけれど。
自分がプレイした事のある乙女ゲームの世界に生れ落ちる事は、何と言うのが正しいのか。
若くして亡くなったという事もない私。
まあ、40代での死亡だったから、あの時代では早いのは早いけど、日々の不摂生がたたったのだから、自業自得だろう。
乙女ゲームが出始めたと言われる1990年代から様々なゲームをプレイした日々。
30年近く、私はありとあらゆる乙女ゲームをやった。
様々なゲーム機本体を持ち、S●GA派とS●NY派に、お前はどっち派なんだと詰め寄られた事もあった。
そんな感じなので、続編が出るような乙女ゲームにもたくさん手を出した。
『満月の夜にまた会いましょう。朔月の夜にキスをしましょう』
という乙女ゲームは、剣も魔法も関係無いような、中世ヨーロッパ風のテンプレ乙女ゲームで、とにかく素晴らしい神絵と神脚本とかのおかげで、続編が4まで出たゲームだ。
そして、その主人公の女の子はずっと一緒のグラフィックと、デフォルトネームだった。
デフォルトネームは、シリーズを通してサマリー・サンダリア。
サマリーさんじゅうはっさい(現48歳)である。
特待生ではあるけれど、平民なのに貴族ばかりの通う学園に通うというスタートから始まり、しかも18歳の1年のみのプレイという不思議さ。
なお、基本的には貴族の通う我が国の学園は、12~18歳まで6年通う感じなのに、サマリーさんじゅうはっさいは最後の学年で途中入学という謎の設定だった。
3年制と6年制の違いはあれど、どこの国でも1年だけ学校に通うというのはおかしい。
あれだけは毎回「そんなの絶対おかしいよ!」と皆が言っていた。
まあ、3くらいにはそのお約束がネタに昇華されてたんだけど。
ゲームでは、今度の攻略対象者は●●国の王子様達!みたいな感じで、1,2,3,4はパラレルワールドのような扱いだけど、周辺諸国としては同時に存在する国々だった。
そしてサマリーはずっと18歳の年齢設定のままだった。
そりゃそうだ。
学園ものなんだから、10代設定で当たり前である。
けれど、現実ではプレイヤーが次回作が出る頃にはしっかり年齢を重ねているように、この世界ではサマリーもしっかり年を重ねた。
しかし、年を重ねても、主人公補正なのか、御年48歳になるはずのサマリーは、未だ18でとおるような外見の持ち主だった。
ついでに、8歳の平民でももう少し賢いだろうよ、というような脳みその持ち主でもあったけど。
特待生になれる程の学力はあるのに。
まあ、世の中には勉強のできる馬鹿という者が存在するので、彼女もその部類なのだろう。
それでも彼女は今までに、私達のいる国を含めて3つの国で、3つのハーレムエンドを迎えて、3つの崩壊を与えた。
普通なら、そんな大事件が起きたら、周辺諸国にも知れ渡るだろうに、そんな事は起きなかった。
10年経ったら沈静化するものなのか?と言えなくもないし、国内情勢の悪化として考えれば、国外には関係ない事と処理されてもおかしくはないのかもしれないが。
そもそもハーレムエンドなど現実に成し遂げられるはずがない。
いや、成し遂げられるのかもしれないが、それはかなりの低確率と言えるだろう。
少なくとも、サマリーはハーレムエンドは迎えられても、ハーレムを維持する事はできなかった。
高位貴族の嫡男の廃嫡祭りや、婚約破棄祭り。
いっそここまでくると国際指名手配になってもおかしくないようなサマリーなのに、彼女は主人公補正のせいか、捕まる事もなくのほほんと生きている。
そして、先日、『満月の夜にまた会いましょう。朔月の夜にキスをしましょう』の4の舞台である国に旅立ったばかりだ。
「今度行く国は最後の国になりそうな気がするの。次は“たった一人の愛する人”がいると良いんだけど」
と、彼女は純真無垢にしか見えない笑みを私に見せて去っていった。
何故私が彼女とそんな会話をしたかと言うと、彼女が私に会いに来たのだ。
かつて自分に手を出さなかった男が、結婚するという相手に少し興味が出ただけだろうが。
「婚約者と結婚しなかったんだ」
と、彼女は不思議そうな顔で言ったが、旦那様の元婚約者様はとっくにこの国を出て今や2児の母だ。
童貞って可愛いわよ、とウィンクをとばした彼女は、御年48歳の、とことん童貞食い散らかしていった女、という印象しか残らなかった。
ただ、『どぅえんかぁ~?』とか、『ふぇーん、こうちゃくれいじょうしゃまがいじめるんでしゅぅ~』と、常々そのテンションで話すタイプでなかった事だけは分かった。
彼女は必要に応じて、『どぅえんかぁ~?』とか、『ふぇーん、こうちゃくれいじょうしゃまがいじめるんでしゅぅ~』と言える人なだけなのだろう。
とりあえず勉強ができる馬鹿という部類ではないと訂正しておこう。
そして、この世界の事を知ってはいるけれど、私のような転生者or前世記憶持ち、という感じではなかった。
だって、多少の知識があったなら、もっと若くして結婚でもしているだろう。
少なくとも、『満月の夜にまた会いましょう。朔月の夜にキスをしましょう』の1で失敗をしても、2で攻略対象の誰かとくっつくという選択をするはずだ。
10歳差ならギリいけたはずだろうし。
でも彼女はそうしなかった。
3の舞台でも誰ともくっつかなかった。
だから、『満月の夜にまた会いましょう。朔月の夜にキスをしましょう』の4を、ヒロインとして迎える。
だって、人妻は学園ゲームのヒロインにはなれない。
だから結婚しなかったのか。
これがゲームの強制力なのか?と考えると薄ら寒い物を感じた。
そして。
所詮ゲームの中の世界だし、と斜に構え、私は結婚に縛られないわ!という厨二病を発症させてしまった結果、行き遅れのレッテルを貼られ、不良債権と結婚という流れになった私。
ああ、何故もっと早くに、例えゲームの世界でも、今現実を生きるしかないと悟れなかったのか。
『満月の夜にまた会いましょう。朔月の夜にキスをしましょう』の2で好きだった美少年キャラが、路地裏で男娼として客引きをしているのを見たのが、もうちょっと早ければ!
そして、旦那様に嫁げる貴族が本当に私くらいしかいない状態だったらしい。
まあ、うちもそこまで貧乏ではないし、今のグレース公爵家なら突っ撥ねようと思ったら突っ撥ねられたんだけど、この世界では女性は結婚してなんぼ。
むしろ結婚しない女性など、奴隷以下の扱いになる未来しかない。
だから、3年後に没落するかも?という若干ぼんやりとした不安と、奴隷以下の待遇を天秤にかけて、前者を選んだというところだ。
某擬人化競馬のゲームにはまってから、趣味:競馬が加わった私は、ギャンブルに乗るしかねえな、と鼻の下を指で擦りながら悟るしかなかったのだ。
そしてこのギャンブルが勝つか負けるかは、私に子供ができるかどうかにかかっている。
子供が生まれなかったら、私と旦那様は一緒に平民コース。
いや、平民になるだけなら良いけど、下手したら借金からの鉱山労働コースという可能性もある。
男が1人でも生まれたら私は大勝利。
女子でもその子が優秀ならワンチャン。
ただ、どちらにしろ子供は生まれた時から十字架を背負ってるようなものなので、恨むなら父親だけを恨んでほしい。
私は絶対に愛し守ると誓うから。
私は、窓の外を眺めながらポツリと呟く。
「サマリーさん、せめて選ぶ男が平民金持ち枠だと良いんだけど」
下手に4の舞台の皇太子や令息を選んでも、48歳じゃ妊娠できないだろうし。
前世の世界ならワンチャンあるかもだが、この世界の医療水準じゃ確実に無理だ。
その点、金持ち平民なら、子供が生まれなくてもまだ貴族よりはあたりが緩いと思われる。
別に私がサマリーさんの事を心配する事はないんだろうけど。
「私も嫌いじゃなかったしなあ」
私は、サマリー・サンダリアというキャラを通して、『満月の夜にまた会いましょう。朔月の夜にキスをしましょう』の1~4のゲームを楽しむに楽しんだのだ。
ゲームの1が出てから、4が出るまでの30年。
普通なら人気のある№タイトルはもっと短いスパンで出るだろうに、『満月の夜にまた会いましょう。朔月の夜にキスをしましょう』は10年に1度しか出なかった。
だから1をプレイした時10代だった私も、4をプレイした時はもう40代だった。
ツッコミどころは多かったけど、40代でも楽しめた事に違いはない。
やっぱり神絵と神脚本は偉大だ。
一番初めにプレイしたのが10代だったものだから、その時に好きになったものは、大体一生好き、みたいなインプリンティングもあったんだろうけど、私はサマリーというキャラが好きだったのは確かだ。
「ま、旦那様も初恋の相手が幸せな方が良かろうて」
ふああ、と欠伸を一つして、私は眠りの世界へと誘われるのであった。




