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第4話 騎士の悔恨

「それじゃあ、早速明日の海域調査に同行してくれるかしら」

「わかりました」


 両者の手が離れ、海聖は祖母の言葉に頷く。


 ——それにしても……。


 端正な顔立ちに、一切の汚れが無い白砂の如き白髪。

 特筆すべきは薄水色の双眸。

 全体的に色素が薄いアルバの美貌をじっと凝視していると、


「あの、何か?」

「もしかして、真潮さんはハーフですか?」


 海聖の問いに、アルバは僅かに目を見開いて「ええ、そうです」と首肯する。


「父がイタリア人で、母が日本人なんです。もともと僕がMNSRIの学者を目指すようになったのも、父が本部で働いていたからで……」

「ああ、そうだったんですね。どおりで」

「どうしてハーフだとわかったんですか?」

「いや……なんか日本人っぽくないような気がしたので。凄い色白だし」

「はは、よく言われます」

「あと、名前が珍しいなって」

「確かにそうですよね。日本人でアルバなんて名前はそうそういませんし」

「でも、私は好きよ~。アルバって名前! カッコいいじゃない!!」


 そこで玲が会話の中に入るや否や、海聖は「あ、そうだ」と何かを思い出したように玲の方へ向き直る。


「玲さん。あなたのバディから事件の調査に関して連絡が来ているはずですが」

「えっ!? 嘘!」


 玲は白衣のポケットに手を突っ込み、急いで携帯端末を取り出した。

 画面を見るなり大きく目を見開く。


「あら、ほんとだわ! 不在着信が三件も……なんで気づかなかったのかしら。あっ、消音モードになってる!」


 なんで~!? と焦りを見せている玲に、海聖は小さく溜息を吐く。


「多分、今ごろ連絡がつかなくて相当苛ついてると思うので、早く連絡してあげてください」

「そうするわ! ありがとね、海聖ちゃん!」


 そのまま聖やアルバにも挨拶を済ませ、玲は颯爽と管区長室を後にした。

 相変わらず忙しない人だと、室内に残った者全員が心中そう呟き、苦笑を浮かべた。


「じゃあ、私もそろそろこの辺で」


 海聖も退出の意を示したところで、聖は目を瞬く。


「あら。もう行くの? 急に呼び出したうえにここに来るまで大変だったでしょうから、もう少し休んでいってもいいのよ」

「いえ。さほど疲れていないので大丈夫です。それに、仕事も溜まってますので」

「……そう。でも、海域長リーダーだからってあまり根を詰め過ぎないようにね」

「はい。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 淡々と謝意を述べる孫娘に、聖は眦を下げて小さく嘆息した。

 微細な祖母の憂慮に目も暮れず、海聖は「真潮さん」とアルバに向き直る。


「改めて、明日からよろしくお願いします」

「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします」


 両者共に首を垂れたところで、海聖は再度聖たちに向かって「失礼します」と敬礼し、踵を返す。


「聖様。私は海聖さんをお見送りしてきます」

「ええ」


 聖の許可を経て、卓美は海聖の背を追う。

 二人が管区長室を後にし、ぱたんと扉が閉まる音が残響した。

 

「本当に、大丈夫かしら」

「え?」


 聖の溜息交じりの呟きに、アルバは小首を傾げる。

 つい本心を吐露してしまったことにはっと我に返りつつも、聖は苦笑しながら白亜の青年に心の内を明かす。


「あの子——海聖は、人一倍責任感が強い子でね。何より他人よりも自分に厳しい性分なの。私があの子を海域長リーダーに任命してしまったから、余計にその厳格さに拍車が掛かったのだけれど、何より一番は……」


 その先の言葉に、アルバは大きく目を見開いた。




  *****




 翌日の早朝。

 海聖は聖の指示通り、アルバと共に関東海域周辺の調査に向かった。

 海域調査は本来賢者の常務であり、週に三回ほど騎士は賢者の護衛として付き添う。

 海魔除けの月光照明弾を予め海中に投げているとはいえ、完全に海魔からの襲撃を防げるというわけではない。

 いつ如何なる時であっても、海上にいる限り危険は付き物だ。


 水質、水温、当該海域の生態系などを一通り調べ終えたアルバは、手にしていた記録用タブレットと回収した海水のサンプルを肩に下げていた鞄に入れた。


「お待たせしました」


 常備している手榴弾を点検していた海聖は、アルバの声に顔をあげる。


「もう調査は終わったんですか?」

「はい」


 海聖は「そうですか」と立ち上がって、軽く伸びをした。

 そのまま周囲を見渡しながら問う。


「では、そろそろ戻りましょうか。さっき投入した照明弾の効果も切れてくる頃ですし」

「そうですね。お付き合いいただき、ありがとうございました」

「いえ。仕事ですから」


 両者がバイクにエンジンをかけたところで、


「あの、海聖さん」

「はい」

「昨日、聖さんがあなたのことを心配されていましたよ」


 ああ……と、海聖はそのことかと言わんばかりに小さく嘆息する。


「確かに、あまり根を詰めすぎるなと言ってましたね。恐らく祖母は、真潮さんに私を気にかけておくよう頼んだのでしょう。でも、私は大丈夫です。真潮さんが気にかける必要はありません」

「いえ、そうではなくて……」


 海聖が小首を傾げると、アルバは一瞬言い淀みながらも意を決したように問うた。


「あなたが休む暇無く海域長リーダーとしての職務に邁進しているのは、ご両親のことがあったからなんでしょう?」


 昨日の聖の言葉。

 彼女の口から発せられた、海聖が常に張りつめている理由。


『あの子——海聖は人一倍責任感が強い子で、何より他人よりも自分に厳しい性分をしている。私があの子を海域長リーダーに任命してしまったから、余計にその厳格さに拍車が掛かったのだけれど、何より一番は……』



 海聖の両親が亡くなったからなのよ。



 ——なんで、父さんと母さんのことを……!


 海聖が大きく瞠目する一方で、アルバは滔々と聖から聞いた海聖の過去を語る。


「幼少期、あなたは陸部で御両親と共に住んでいたと聞きました。しかし、幼いながら海上への憧れを抱いていたあなたは、御両親の言いつけを破って一人海に出てしまった」


 その際海魔に襲われ、窮地に駆け付けた御両親があなたを守ってお亡くなりになられたのだと。


 海聖の脳裏に、思い出したくもない凄惨な情景が思い浮かんだ。

 必死に記憶を押し戻そうとするが、一度思い浮かべた情景はそう易々と取り払われるものではない。

 自然と黒曜の双眸が伏せられ、声音にも影が落ちた。


「……祖母がすべて話したんですね」

「すみません。気分を害されるようなことを……」

「いえ。もう慣れてますから」


 弱みを見せたくないからと咄嗟に放った虚勢の言葉に、海聖は内心溜息を吐いた。


 本当は慣れてなどいない。

 あの時の記憶が思い起こされる度に、今も尚吐き気や激しい自責、己に対する嫌悪の念に駆られてしまう。


 隠しきれない苦悶の表情をアルバは見逃さなかった。

 彼が何か言いかける前に、海聖はそれを制止するかのように口火を切る。


「両親は騎士海軍の中でも一、二を争う程の実力者で、それはもう圧倒的な存在感を放っていました。父と母が結婚した時なんて、まるで芸能人同士のそれと同じくらい騎士たちの中で激震が走ったそうです」


 海聖は虚空を眺めては、亡き両親の笑顔を回顧する。


 両親の馴れ初め。

 騎士としての偉業。


 それらは全て祖母から聞き及んだ。

 当の本人たちは気恥ずかしさが勝り、自分が尋ねてもはぐらかされるばかりだった。


「最強の剣士であった父と、最強の銃士であった母にはそれぞれ心酔者が沢山いました。中には最強夫婦となった彼らを崇敬し、一生見守っていこうと決意してファンクラブを作りだす騎士もいたほどで」

「そ、それは凄いですね」


 アルバの苦笑に、海聖もふっと笑みを零す。

 だが、すぐにその微笑を影が覆い尽くした。


「そんな両親が浅はかな娘を守って死んだという事実に、騎士たちは様々な反応を示しました」


 彼らは最後まで立派な騎士だったと、悲嘆に暮れながらも殉職を英雄視する者。

 愛娘を命を賭して守る——まさに、親の鏡だと涙ながらに称賛する者。

 なぜ彼らが命を落として娘だけ助かったのかと、崇敬するがあまり全ての責任を自分に押し付けようとする者。

 自分が彼らを殺したことに相違ないと、怨恨を突きつける者。

 

 当時まだ八歳だった自分に付き纏う怨嗟や自責の念は心身共に疲弊させた。

 部屋に籠り、両膝を抱えて小さな頭を埋め、他者の顔を見ることが出来なくなった。


 今思えば、あの時の自分が一番追い詰められていたと語る海聖に、アルバは言葉を失っていた。


「蹲っていた私に手を差し伸べてくれたのは祖母でした。あの人は、単に私に非があるのではないと慰めるのではなく、寧ろ私の犯した愚行を清算するために、両親の意志を継ぐべきだと叱咤してくれたんです」

「清算?」


 アルバの鸚鵡返しに、海聖は首肯しながら両親の遺品に手を添える。

 白銀の十字剣と漆黒の狙撃銃——。

 かつて両親を最強たらしめた、最愛の相棒たち。


「両親が死んだのは私のせいじゃないとどれだけ言い聞かせたとしても、それは逆効果。反対に自分が両親を死なせてしまったのだと、更に自責の念を抱かせてしまう。私の性格上、祖母はそう思ったんでしょうね。だからこそ、私が両親に代わってより多くの人を救うよう、敢えて騎士の道を進むよう鼓舞した。案の定、当時の私にとって祖母の厳しい言葉と激励は効果覿面でした」


 それからというもの、祖母を師として騎士としての心得やありとあらゆる武術を学んだ。

 自分の代わりに命を落としてしまった両親への贖罪、また彼らを喰い殺した海魔に対する怨恨。

 そして、もう誰も死なせたくないという騎士としての揺るぎない意志。


 三つの強い激情こそが、今の海聖を形作っていた。


「私自身が万全でなければ、当然誰も救うことなんか出来ません。それくらい分かっています。だから、心配は無用だと、もし真潮さんがまた祖母に会う機会があればそう伝えておいてください。長話に付き合わせてしまってすみません」


 さ、そろそろ戻りましょう。


 海聖が基地がある方角へバイクを向けると、


「海聖さんは——」


 アルバが名を呼んだので、海聖は振り返る。


「やはり、海魔を恨んでいるのですね」

「え?」

「ご両親だけでなく、すべての人々に牙を剥く彼らを」


 何故、そんな聞くまでも無いことをわざわざ問いかけてくるのだろう。

 アルバの真意を図りかねつつも、「それは勿論」と海聖は頷く。


「というより、私に限らず他の騎士や一般人も同じ気持ちだと思いますが」


 人々を守るという正義感から騎士になった者もいれば、大切な人を海魔に殺されて、その復讐心から騎士を志した者もいる。

 海魔に対して好印象を持つ人間なんていないはずだ。それだけは断言出来る。


「どうして、そんなことを?」

「僕は……」


 アルバが躊躇いを見せながら何かを言いかけた途端、突如彼の背後の海面が大きく盛り上がるのが見えた。


「伏せて!!」


 海聖の叫びにアルバは驚きつつも、言われた通りすぐに腰を低くする。

 恐る恐る振り返ると、少し離れたところに巨大な黒龍が頭を覗かせていた。


「クロカイリュウ!?」


 アルバが愕然とした面持ちで学名を言い放つと、その刹那するどい発砲音が鼓膜をつんざく。

 自身の護衛騎士に視線を戻すと、いつの間にか彼女は狙撃銃ライフルを構えてクロカイリュウの右目を的確に狙撃していた。

 発砲音に続いて、苦悶の鳴声が天空に向かって放たれる。


「なんでクロカイリュウがこんなところに……!」


 クロカイリュウは、まだMNSRIの調査が及んでいない領域の深海に潜むと言われている大型海魔で、とりわけ残虐性が強い個体だった。

 目撃例も数えるほどしかないが、かの海魔による被害の大きさや犠牲者の数は他の海魔事件とは比べ物にならない。

 海聖でさえ、その巨躯と迫力に一瞬息を呑んだほどだ。


「流石に他の海魔まで来られたら分が悪い」


 もう片方の目を狙撃して完全にクロカイリュウの視界を奪った後、海聖は懐から月光照明弾を取り出す。

 クロカイリュウが激しく身悶えしている間に、慣れた手つきでピンを外し、勢いよく海に放り投げる。

 すると、くぐもった爆撃音と強烈な閃光が弾け、あたり一帯の海中が煌々と輝いた。


「これでしばらく他の海魔は出てこないはずです。私が奴の相手している間に、真潮さんは今すぐここから離脱してください!」

「そんな、海聖さんをおいて僕だけここを離れるわけにはいきません! それにっ……」

「護衛対象である賢者あなたに何かあったら、それこそ騎士の名折れです。問答を繰り広げてる暇はありません。それでは」

「待って!」


 アルバの制止を振り切って、海聖は剣を片手にクロカイリュウがいる方へ直行した。

 勢いよく飛び跳ねた水しぶきが僅かに降り注ぎ、アルバの白衣に小さな染みが出来る。

 だが、そんなことを気にしている余裕は無かった。


「そんな……このままじゃ、()()()()()()()()……!」


 白い軌道を描きながら、少女は自身の数十倍もの丈を誇る巨大な魔物へと突き進んでいく。

 だが、アルバは何故か海聖ではなく、クロカイリュウに憂慮の眼差しを向けていた。


 海聖は強い。

 海域長という肩書を超えて、騎士海軍全体の中でも最強の騎士と謳われるほどに。

 たとえクロカイリュウが相手であっても、すぐに目潰しをしてクロカイリュウの動きを封じた彼女であれば、恐らく討伐は造作もない。


 ——助けられなくて、ごめん……。


 両の拳を握りしめて、アルバは心の底から海聖の手によって屠られるクロカイリュウに謝罪した。

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