蒼空の炎
1.
昭和20年(1945年)8月5日11時50分
私の名は日本海軍搭乗員片桐少尉。
後席には真珠湾からの相棒、丸岡上飛曹が搭乗していた。
私達は日本近海の偵察任務の帰途についていた。
今、搭乗している機(航空機)は彗星艦上爆撃機11型である。
偵察任務の為、爆弾は積んでいない。
機は熊本から大牟田に向かっていた。
「少尉、敵さんいませんでしたなぁ まあ、見つけられん方が特攻機が出撃せずにすみますけど。」
丸岡が伝声管を通して話しかけて来た。
思い起こせば、私たち二人の闘いは昭和16年12月8日真珠湾攻撃から始まった。
12月8日の早朝、私たちは第二航空戦隊 航空母艦飛龍の第二次攻撃隊急降下爆撃隊として99式艦上爆撃機に搭乗し参加していた。その時のことは今でもはっきりと覚えている。その日、私たちは戦艦カリフォルニアに爆弾を命中させたが心に深い傷も負った。
訓練と現実とは違っていたのだ。
訓練では的に命中させる訓練を数えきれないほどやった。その為、
爆弾を命中させる技術は部隊の中でも5本指に入っていた。
しかし戦艦カリフォルニアに爆弾を命中させたとき、必死で機関銃を討ってきている水兵が目に焼き付いた。そして炎とともに消えて行った。
ピキッ 何かが音を立てて崩れて折れた。
これは戦争なんだ。日本を守るんだ。と自分に無理やり言い聞かせながら歯を食いしばった。
爆撃が終わると真珠湾海軍港での機銃掃射が次の任務であった。
7.7mm機銃は豆鉄砲とはいえ、人間を殺傷するには十分であった。
私たちは逃げ惑う水兵を狙って引き金を引くたびにピキッピキッと崩れていく音を聞いた。必死に逃げ惑う水兵が吹き飛んだとき、
私は思わず操縦桿から手を放し、我の手を広げて見つめた。
「少尉、もう十分でしょ、やめにしませんか。帰りまひょ。」丸岡の寂しそうな声が伝声管から聞こえて来た。
「そうだなぁ、帰るか。」私もそう言うと機を引き起こして航空母艦飛龍を目指した。航空母艦飛龍では大勝利で大騒ぎであった。
しかし私たち二人は殺人者のレッテルを自分に貼っていた。
そうして太平洋戦争に突入していった。
2.
機は大牟田を過ぎていた。私たちの機は順調に飛行を続けた。
ふと地上に煙が立ち上った。久留米の市街地の方である。
「少尉、グラマンや!」丸岡の叫び声が伝声管を通して聞こえて来た。
私の目にも2機のグラマンが低空で飛んでいるのがはっきりと見えた。グラマンF6Fヘルキャット。アメリカ海軍航空母艦に搭載する戦闘機である。
機関砲は12.7mm6門の重武装、今ではベテランパイロットが搭乗する零式艦上戦闘機でなければ互角には戦えない相手である。
地上では更に炎と煙が上がっていた。
この2機のグラマンは私たちの彗星に気付いていない。地上の機銃掃射に夢中になっていた。そして私たちの機は、この2機から見ると、ちょうど太陽を背に隠れるような位置になっていた。
グラマンが民間人を狙っているのはあきらかだった。
普通であれば相手は戦闘機こちらは爆撃機、気付かれぬうちに逃げるべきである。しかし私は伝声管を通して叫んでいた。「丸岡!お前の命を俺にくれ!」
丸岡の喜びに満ちた声が聞こえて来た。
「あいな-いきまひょう」
こちらは遥か上空にいた。この位置からだと爆撃のような急降下をせざるを得ない。私は操縦桿を左に倒し背面飛行からの急降下に入った。機は音を立てて急激な急降下を続けた。高度がみるみる下がる。そのダイブは気が狂った猛牛のような降下であった。
3.
地上では人々が逃げ惑っていた。機関車は燃えて炎を上げていた。
陸軍の兵士が30人程真横に並んで38式歩兵銃で応戦していたがグラマンの前に手足胴体を撃ち抜かれて死体の山を築いていた。
2機のグラマンの搭乗員は若かった。戦争もアメリカの勝利は、もはやゆるぎないものであった。そう活躍の場がなかったのだ。2機の搭乗員は戦果らしい戦果をあげていなかった。ゼロ(零式艦上戦闘機)を撃墜したい。それはアメリカ戦闘機パイロットなら誰しもが思うことであった。しかしゼロは出てこない。その腹いせに途中の街を機銃掃射したのだ。もはやアメリカ戦闘機のパイロットはゲームを楽しんでいる赤鬼と化していた。
パイロットの目に飛び込んできたのは民間人の逃げる群れであった。
先頭に赤ん坊を抱えた女性が走っていた。その後ろにかばうように老人と老婆また後ろに荷物を背に抱えた商人や女、子供たちが走って逃げていた。隠れる場所など何処にも無い。
バリバリバリバリ 1機のグラマンの機関砲が狂った赤い舌を吐き出した。女・子供と商人 多くの人が紙きれのように宙に舞った。
2機のグラマンは上空を通り過ぎると旋回し再度後ろに回り込んだ。
今度は俺の番と言わんばかりに先程機銃掃射してない機が先頭に立った。その右後方に機銃掃射を終えた機が下がった。
2機は持っている弾丸をありったけぶち巻いていた。民間人を追いかけながら市街の外まで機銃掃射していたのだ。
パイロットの照準器に老婆を捕らえた。その向こうには必死で走る老人と赤ん坊を抱いた女性。パイロットはニヤリと笑った。その時、老人が老婆に被さった。老人はビクンビクンと跳ねた。その後ゆっくりとその場に座り込んだ。老婆が叫んだ!手を広げて座り込んだ。
そこに赤ん坊を抱えた女性も座り込んだ。2機のグラマンは旋回を開始した。再度機銃掃射の為の侵入角度に入ってきた。
老婆が女性と赤ん坊の前に立った。手を大きく広げ止めに入るような動作をしていた。それでも時間は流れた。
4.
艦上爆撃機彗星11型の高度計はグルグルと回転していた。加速度も物凄い、みるみる地上が近づいてくる。グラマンが大きくなってくる、ちょうどグラマンの真上から落下してくる体制であった。後方のグラマンが翼を振って旋回を始めた。
片桐は引き金を引いた ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、7.7mmの機関銃が発射された。グラマンは防弾装備を持った戦闘機である。7.7mm機関銃ではグラマンに致命傷は与えられない。しかしこの時、奇跡が起きた。
7.7mm機関銃がプロペラに命中した。エンジンにも何発か当たった。プロペラの1枚がねじ曲がり、エンジンからオイルが漏れだした。グラマンのスピードが急激に落ちた。グラマンはガクッとよろめいたかと思うとそのまま南に進路を変えた。煙は履いていない。
そのまま離脱していった。
「片桐少尉!グラマン1機逃げていきまっせ!女性も無事や!」伝声管から丸岡が叫んできた。
もう1機のグラマンが怒りをあらわにして彗星の後ろにつこうとしていた。
私は彗星を右に左に滑らせていた。
「丸岡!撃て!」私も伝声管に叫んだ!
「あいなぁ-」丸岡が後方銃座の7.7mm機関銃の引き金を引いた。
ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、7.7mmの機関銃が発射された。しかし同時にバリバリバリバリ グラマンの機関砲もその長い舌を吐き出した。彗星は大きな振動を受け煙を吐き出した。
「おい、丸岡!丸岡大丈夫か?」片桐は丸岡に声をかけた。
「ううっ 少尉」丸岡のかすれる声が聞こえる。
「丸岡!しっかりしろ丸岡!」片桐は後ろを振り返りながら声を掛けた。後方には、まだグラマンがいる。殺られる 直感である。
しかし撃ってこない、玉切れを起こしていた。グラマンのパイロットは、悔しそうにこちらを睨んだ。そして南に離脱していった。
しかし彗星はこのまま飛ぶことは困難である。
ふと目の前に飛行場が見える。海軍の飛行場では無い、陸軍の大刀洗飛行場である。しかも旋回して正規のルートで侵入着陸など不可能である。そのまま斜めから侵入し強引に機を傾けた。
ドシャぅ タイヤが鈍い音を立てる。そのままカーブしながら機は滑走路の端まで行った。
そしてそこで彗星11型は大きく横転し1回転した。グシャという骨が折れ潰れる音を聞いた。
整備員が4人駆け寄ってくる。片桐は胸や頭を強く打ち、意識が朦朧としていた。操縦席に足が挟まっている。もはや感覚も無い。
整備員が顔を横に振った。「ダメだ!」声が聞こえた。
もう一人の整備員が叫ぶ「燃えるぞ!」整備員は彗星から離れた。
片桐が叫ぶ「丸岡!逃げろ」丸岡は頭や胸 腕から血を流していた。
「片桐はん。」丸岡の頭が傾いた。もはや丸岡は動こうとしない。
片桐は胸のポケットから白黒写真を取り出した。それは女性と男の子女の子が写っていた。
「静、勝馬、千代 すまない。」片桐は天を仰いだ。炎が片桐を包む。
彗星は炎に包まれていった。
そして激しい赤い光を放って砕け散っていった。




