第18話 七人目が動く時
カランカラン______
「おかえり……」
リオンの案内で鍛冶屋の扉を潜った途端、ミルと出くわした。
「ちょうどよかったぜ、兄ちゃん。今、依頼品……全部の魔道機械のパーツを渡したところだぜ」
ミルの対面から向けられた店主の笑顔で、思い出す。
(そうだ……修理に出していた魔導機械の部品を取りに行くって言ってたな)
「……?」
揺らめく黒い瞳。何も知らない彼女を目の当たりにし、つい言葉が詰まる。
「お! 誰かと思えば、勇者様じゃねぇか!」
ヒーロが、後ろから出てきた。
「ラット!」
「わかってる。大丈夫だよ」
躊躇している時間はない。息を吐き、顔を上げた。
「話があるんだ。ミル」
店主との話を切り上げ、ミルが頷く。
「師匠。店の奥、借りるぜ。勇者さん、こっちです」
リオンに案内され、三人は揃って奥へ進む。
*
三人を案内したリオンは店へと戻っていった。
棚と作業台がひしめき合う、昼でも薄暗い鍛冶屋の奥で。ラットは受け取ったマナベルを片手に持ち、魔力を籠める。
……反応はある。
だが、繋がらない。
音とも言えない微かなノイズが、耳の奥に残るだけ。
「……もう一度」
隣に立つヒーロに促され、もう一度。
目を閉じて視覚を遮断し、耳を澄ませて。
勇者パーティ全員の名を順に呼び、試した。
たが、結果は変わらない。
「やっぱりダメそうだね」
「うん、誰一人、反応がない」
繋がらない__。
「……どうしたの?」
作業台に一人寄りかかりながら、ミルが訊いてくる。マナベルが相変わらず使えないことはわかった。最優先事項の確認が済めば、次は彼女への説明の番だ。
「僕たちにもわからないんだけど……」
言いかけ、ハッとした。
(そうか……僕はこの状況に呑まれていた)
頭の中を埋め尽くす疑問は、思考を妨げていた。それがわかったことで、徐々にだが巡り出す。理解できないなら、まずは理解する。
国王や、仲間の一人であるロックの裏切り。
使えない転移門。
繋がらないマナベル。
状況の整理も兼ね、これまでの出来事を、ラットはミルに聞かせた。
「俺からいいかな」
ヒーロが片手を上げ、口を開く。
「マナベルなんだけどさ。実は俺の世界にも似た物があったんだ」
初耳だった。
「今回のように誰とも繋がらないこともあった。もちろん、マナベルも同じ原理とは限らない。でも、繋がらないことが必ずしも裏切ったにはならないと思うんだ」
ヒーロの言葉に、ラットは静かに考え込む。
「繋がらないから全員がヒーロを見限った。陛下の口ぶりはそんな感じだったね」
「あの場にいたのはロックだけだ。ブラフの可能性は十分ある」
そう返したあと、ラットは少し身を乗り出した。
「そのニホンの道具について、聞いてもいい?」
マナベルは最新技術だ。
この場にいる誰も、その仕組みを正確には理解していない。
だが、ニホンの道具と似ているのなら、その原理を知ることで、マナベルについても見えてくるものがあるかもしれない。
ラットの意図を察したヒーロは、小さく頷いた。
「俺の世界のスマフォ……マナベルは、声を波に変換して相手の元に届けるんだ」
ヒーロは手振りを交えながら説明する。
「この波が相手のマナベルに届くことで相互に会話ができるようになっている」
「繋がらない場合って言うのは?」
「原因として考えられるのは、主に三つだね」
ヒーロは手を持ち上げ、一本目の指を立てた。
「一つ目。相手か自分が、波の届かない場所にいる場合」
続いて二本目。
「二つ目。通信そのものへの干渉」
三本目が立ちかけ、折れる。
「三つ目は……壊れてる、なんだけど。でもこれは考えにくいかな」
ヒーロは苦笑し……。
「同時に全員ってのは不自然だしね」
首を横に振りながら答えた。
「なるほど……確かに仕組みが同じようなものなら、単純に繋がらないはありえるね」
黙って聞いていたミルが、ふと手を伸ばしてきた。
「……貸して」
渡したマナベルをミルはいじりだす。
小さな指で表面をなぞり、何かを確かめるように触れていた。
「仕組みは似てると思う……」
ミルがぽつりと呟く。
「詳しくはもっと調べないとわからない……。でも、断片的な部分だけでも、今彼が話したイメージに……合う……」
ミルの話が、根拠になった。ヒーロと目を合わせ、頷く。
「陛下がヒーロを捕らえようとしたときの強引さ。やっぱり、ブラフだったんだよ」
確信をもって、静かに続ける。
「妨害されている可能性が高い」
室内が一段、静かになる。
音が消えた訳ではない。ただ、誰も言葉を足さなかった。
「……ヒーロ」
「うん」
二人の中で一つの可能性が浮かび上がる。
「これは、緊急事態……かもしれない」
「ヒーロだけが狙われているとは限らない!」
ヒーロが頷いた。
「もし糸を引いている者の狙いが、分断だとしたら?」
「伝える必要があるね」
ラットは頷いた。
「だけど、ヒーロはこの国を出られない」
ヒーロだけとは限らない。
もしかしたら、他の仲間も行動を制限されてるかもしれない。
「分断が目的なら仲間の元へは向かわせないよね。必然、国を出るための交通手段。船を抑える」
転移門は使えない。
手紙も使えない。
同じ国にいるトト以外とは、そもそも手紙のやり取り自体が難しい。
選択肢は他になかった。
誰にも知られていない〝七人目〟__
「僕が行く! 直接、伝えるよ!!」
口に出してから、初めて自分の中で決まった感覚があった。
「時間はかかるけど」
ヒーロはすぐには返事をしなかった。視線が一瞬、床に落ちる。
「……危険かもしれないよ」
それだけで十分だった。
「任せて! 僕がみんなを支えるよ」
答えがわかっていたかのように、ヒーロは小さく笑った。
「頼んだよ、相棒。ラットをよろしくね、ミルさん」
コクリ__
ミルが頷いた。
「トトの方へは俺がいく。陸地なら何があろうとたどり着いてみせるよ」
窓から射し込んだ陽光が、部屋を照らしていた。
*
その頃、店先では__
(さっきの勇者様、深刻な面持ちだった。何かあったのか?)
「リオン、納品の書類は忘れてないだろうな」
「おう、いつものところに置いといたぜ」
奥では何を話しているんだ?
リオンはいつも通りにしている。
気にしすぎか?
この辺りにも聞いて回れ__
「なんだ? 外が騒がしいな」
外が騒がしくなっていることに気づいた。
「師匠、実は……」
リオンも気づいたようだ。
なにか知っているのか?
何かを伝えようとしてくる。
……が、そのときだった。
「店主、邪魔をする」
一足先に来訪者だ。
「騎士さん、じゃねえですかい。納品は先程しましたぜ」
「その件じゃない。勇者を見なかったか?」
「……勇者?」
リオンがなにやら合図を送ってくる。
どうやら何か事情がありそうだ。
「……。いや、知らねえな。何かあったのかい?」
「勇者が国家転覆を図ったんだ。国を裏切った」
「あの勇者様がかい? 信じられねえな。確かなのか?」
「ああ、間違いない。」
「……わかった。見かけたら知らせるよ」
騎士は店を後にした。
「リオン、お前知ってたのか?」
「いや〜」
リオンは気まずそうだ。
「俺だって勇者様には恩がある。そう無碍には扱わんさ。急に訊かれたら、つい本当のこと言っちまうだろ」
「悪かったよ」
リオンから大体の内容は聞いた。
だが、リオン自身、そこまで事情を把握しているわけではなさそうだ。
「どうするつもりだ? 師匠」
「お前は店番してろ。直接、訊いてくる」
店主は店の奥へと向かう。
確かに恩はある。
だが、俺にはそれ以上に優先させることがある。
場合によっては__
店主はドアの前に立った。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ヒーロだ。
仲間が、見限ったことにならなくてよかったね。
俺は、さすがに信じてたよ。
……まあ、ちょっと何か事情があるのかも、とは思ったけど。
ロックの事情は、まだ分からないからね。
でも、あのロックが何も言わずに抜けるなんて、やっぱり変だよ。
そうだね。
だからこそ、ちゃんと確かめないと。
それにしても、とうとう〝七人目〟の出番だね。
まさか、こんな形で出番が回ってくるとは思ってなかったよ。
ずっと裏で支えてくれてたからな。
今度は、みんなを助ける番だ。
頼りにしてるぞ、相棒!
……うん、任せて。
次回は、ラットが喜びます。
よろしくお願いします。




