第1話
俺は親父に憧れていた。
親父は立派な警察官だった。
父として、一人の男として。
幼い俺にとってはどんな特撮ヒーローよりも親父のようになりたいと当たり前のように思った。
身近にいたからというわけではない。
昼間は仕事に行っていて家にいないし帰りも決まって遅かった。
子供の就寝時間などたかが知れている。平日に顔を合わせたことは指で数えるほどだ。
それでもなぜ尊敬しているのか。
何を見てきたのか。
周囲の人々が彼を頼っていたからだ。
困っている人がいれば手を差し伸べて。
間違っていると思うことがあれば迷わず行動する。
休日に少し外に出ればすれ違う度に感謝の言葉を投げかけられていた。
時には手土産を持って家までお礼を述べられることもあった。
また断れなかった、と親父は苦笑いを浮かべながらリビングに戻って来るのがお決まりだった。
彼は好意に甘かった。
彼は見返りなど求めていなかった。
そんな彼に誰もが慕っていた。
子供は甘やかされることに慣れている。
当時の俺は大人の社会にとってどれだけ稀有なことなのかを理解していなかった。
誰にでも優しく時には厳しい親父。
子供は親の顔を見て育つ。
当たり前の真理であるように親父のようになろうとした。
でもそれを面白く思わない層が一定数いた。
仲間であるはずの警察内。
検挙対象である違反者や犯罪者。
どんなところにも問題があるのが常だが彼の周りには敵が多かった。
もちろん弱い人間ではなかったが人間誰しも限界ってものがある。
親父の同僚が追跡中の容疑者に襲われて殉職した。その場には親父もいた。
犯人の殺意を先に察した同僚は身体を割り込ませるように凶刃を代わりに引き受けた。
逃げる犯人を背に親父は死にゆく相棒を介抱した。
助からないと分かっていたはずだ。
彼はそういう人間だった。
犯人は行方をくらました。
白昼堂々の犯行だったにも関わらず証拠が集まらず居場所どころか素顔すら特定できなかった。
報道機関はこれ見よがしに騒ぎ立て、事件は日本中を駆け巡る。
みんなが犯人探しに躍起になる中で一部の心のない人間は親父を非難する。
職務を放棄した大罪人だと切り捨てた。
人はストレスにさらされれば解消しようとする。
解消できなければ押し付ける。
押し付けられなければ?
親父は賢かったが強い人間ではなかった。
その時の親父は惨めなもので声を掛けられればまるで小動物のように怯えた。
家に帰れば酒に溺れ思考を断つ。
幸いアルコールで変わる玉ではなかったが、惨めな親父を目の当たりにするのはつらかった。
母もきつかっただろうが気丈に振る舞っていた。
俺は何も言わなかった。
事件の話題は時と共に薄まって行き。
世間の視線が別の物を探し始めたころ。
親父は22年間勤めた警察の肩書を静かに手放した。
何があったかは分からない。
俺は親父を罵倒した。
道半ばで屈した彼に失望したのだ。
一方的に汚い言葉を思いつく限り浴びせた。
その間の親父はといえば俺から視線を外さずただただ俺の言葉を聞いていた。
ただ一言だけ口にしただけ。
俺はその日を境に警察を目指すのをやめた。
事件から7年後。
親父は去年、他界した。
突然倒れてそのまま帰らなかったと家で一人テーブルに座っていた母から聞いた。
くも膜下出血だったそうだが、事件のストレスとの因果関係は判明していない。
俺はあの日を悔やんでいる。
憧れた親父のままでいてくれと一言言えばよかったのではないかと。
いまさら親父のように警察官になりたいと思わない。
懺悔ではないが犯人だけは見つけ出したかった。
心の矛盾は人を狂わせるようで、親父の幻影が囁いてくるようになった。
俺の頭が生み出した幻想であることは間違いない。
俺は未だに何をしたいのか迷っている。




