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潮の名を君だけが知っている ー海神ナギと神凪カノンの物語ー  作者: 宵待 桜


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第九章 声に、境界が引かれる


翌朝の神殿は、いつもより人の気配があった。


回廊を行き交う神官の足取りが早く

低い声が壁際で交わされている。


カノンはその中を通りながら無意識に外套の裾を握っていた。


呼ばれたのは、奥の小会議室だった。


石造りの円卓を囲み、神官が五名。王子は同席しているが、席は一歩引いた位置にある。


「神凪候補、カノン」


年長の神官が名を呼ぶ。


「昨夜の報告は受け取った」


“報告”という言葉に、胸がわずかに縮んだ。


「歌に、神の応答があった」


否定ではなく、確認の口調。


カノンは嘘をつかなかった。


「……ありました」


神官たちの間に、静かな波が走る。


「それは、望んだ結果ではない」


別の神官が言う。


「神と通じること自体が問題なのではない。だが、“意図せず届く歌”は、制御できない」


「制御、ですか」


王子が口を開いた。


「彼女はまだ神凪ではない。制御を求めるのは酷では?」


「だからこそ、今引くのです。境界を」


神官は淡々と続ける。


「歌う時間を制限する。夜間の独唱は禁止。神殿外での歌唱も当面は控えてもらう」


言葉は穏やかだったが、内容は重い。


カノンは思わず問い返した。


「……それは、罰ですか?」


神官は首を振る。


「保護です」


その答えに、納得はできなかった。


守るために、奪う。

その理屈を、まだ飲み込めない。


王子が、ゆっくりと息をついた。


「条件付き、ということですね。彼女の意思も尊重した上で再検討する余地は?」


「余地はあります。ただし――神が“動き始める”前でなければ」


その言葉が、鋭く残った。


会議はそれ以上進まず、結論は保留となる。


カノンは深く一礼し、部屋を出た。




中庭に出ると、風が抜けた。


海は見えないが、遠くで波の音がする。


「……歌えない、時間が増えました」


声に出すと、少しだけ現実味が増した。


『そうか』


ナギの声は、静かだった。


「怒ってますか?」


『怒る理由がない』


「でも……」


言葉が続かない。


歌うことは、自分の一部だった。


それを制限される感覚は、思っていたよりも重い。


『境界は、人が引くものだ』


ナギは続ける。


『だが、越えるかどうかを決めるのは、歌う者だ』


カノンは空を仰いだ。


神殿の壁に切り取られた、狭い空。


「……ナギは、どうして見ているんですか」


『見ないという選択が、できなくなっている』


正直な言葉だった。


カノンは胸の奥が、きゅっと締まるのを感じた。


「それって……苦しいですか?」


少し、間があった。


『神は、苦しみを避ける存在ではない』


答えになっているようで、なっていない。


「……私は、歌いたいです」


だから、とカノンは続ける。


「歌わないでいるのも、苦しい」


その言葉に、波が静かに強まった。


『ならば、急ぐな』


ナギの声は、いつもより低い。


『境界の内側で、歌え』


「……それで、あなたは大丈夫?」


『大丈夫という言葉を、信じてはいない』


それでも、と声が重なる。


『壊れるよりは、ましだ』


カノンは目を閉じた。


胸の中に、はっきりとした線が引かれる感覚。


――これが、境界。


誰かを守るために設けられた線が、同時に、誰かを遠ざける線でもあることを、彼女は理解し始めていた。


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