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潮の名を君だけが知っている ー海神ナギと神凪カノンの物語ー  作者: 宵待 桜


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第十七章 人の側に立つ者


朝霧が王都を包んでいた。


港から届く鐘の音が湿った空気を震わせる。


カノンは神殿の高窓から、その様子を眺めていた。


海は見えない。


霧の向こうにあるはずなのに、今日は輪郭すら感じられなかった。


――遠い。


その感覚に、もう驚かなくなっている自分がいた。


「……慣れるって、こういうことなのかな」


独り言は、白い息と一緒に消えた。




午前、王子に呼ばれた。


場所は神殿ではなく、王城の一室。

海から少し離れた、石造りの静かな部屋だった。


「ここは……」


「神殿の者は、立ち入りません」


王子はそう言って扉を閉めた。


部屋には簡素な机と椅子だけ。


王族の私室というより話すための場所だった。


「体調は?」


「……悪くはありません」


嘘ではない。

けれど、心までは含まれていない。


王子はそれを分かった上で話を続けた。


「神官たちが、あなたの管理を強めようとしています」


「……やっぱり」


「神との距離が安定した、と判断されたからです」


安定。


その言葉が、今は少し冷たく聞こえた。


「私は……」


カノンは言葉を探し、やめた。


王子が続きを促す。


「思っていることを、そのままでいい」


カノンは息を吸う。


「……私は、神様の声が聞こえなくなるのが、怖いです」


正直な言葉だった。


「神凪として失格、ですか?」


王子は、即座に否定した。


「いいえ」


はっきりと。


「それは、人として自然な感覚です」


その言葉に、胸の奥が少し緩む。


王子は、椅子に腰を下ろした。


「神殿は、神を守るために神凪を整えようとする。けれど私は――」


一瞬、言葉を切る。


「あなたを守る立場に立ちたい」


カノンは、目を見開いた。


「王子……」


「国のためでもあります。あなたに何かあれば神も国も揺らぐ」


それは、冷静な判断だった。


けれど。


「それだけではありません」


王子は、視線を逸らさず続ける。


「あなたは、カノンという一人の人間です。それを失わせるつもりはない」


胸が、強く打たれた。




同じ頃、神殿では別の会話が交わされていた。


「王子が、神凪と接触している頻度が増えています」


「感情移入を許せば、再び神が揺れる」


「国王は、黙認しているが……」


「いずれ、線を引かねばならない」


言葉は低く、冷静だった。


だが、その奥には焦りがあった。


――神が、静かすぎる。


それは、制御できている証であり、

同時に、予測できない兆候でもあった。





夕方。


カノンは王城の回廊を歩いていた。


ここは、神殿よりも人の気配が濃い。

足音、話し声、生活の匂い。


「……少し、落ち着く」


自分でも意外だった。


そのとき。


『……カノン』


微かな声。


はっきりとは聞こえない。

けれど、確かに――呼ばれた。


「ナギ……?」


立ち止まり、周囲を確かめる。


人はいない。


『離れている』


その声は、苦しげだった。


『それでも……君を見失わない』


胸が、きゅっと締めつけられる。


「……無理、しないで」


『それが出来たなら』


短い、苦笑のような気配。


『神ではいられない』


その言葉に、カノンは何も返せなかった。





夜。


王子は国王のもとを訪れていた。


「神官たちが動き始めています」


国王は、静かに頷く。


「分かっている」


「それでも、私は――」


「人の側に立つ、か」


王子の言葉を国王は遮らず受け止めた。


「それでいい」


意外なほど、穏やかな声だった。


「神殿は秩序を守る。それを咎めることはできん。だからこそ誰かが神凪の味方となり支えてやらなければならない」


王子は、深く一礼する。


「責任は、私が負う」


国王は、息子を見つめた。


「……お前もまた、境界に立つ者だな」



その夜、カノンは眠れなかった。


波の音は、やはり遠い。


それでも。


離れても、隔てられても

まだ繋がっている。


その事実だけが

かろうじて彼女を支えていた。


だが――


境界は、確実に狭まっている。


次に揺れるのは、神か、人か。


あるいは――その両方か。


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