第37話 虎を狩る虎
『クアァッ!』
鋭い鳴き声とともに、武腕鳥の蹴りが放たれた。
「だんだん、わかって来たよ」
風を切り裂きつつ迫る鉤爪を紙一重でかわし、ジャンヌは言葉を紡ぐ。
「要するに、足の造りが違う」
近くにやって来た、リチャードに聞こえるように。
「ほら、足の膝が逆方向に曲がってる。だから、人間の蹴りとは軌道が違うんだ」
鳥の足が引き戻される隙を突いて、ジャンヌはリチャードの方に近付いた。
再び、飛べない鳥の蹴りが飛ぶ。いったん足を持ち上げ、足先の爪を打ち出すかのように。
それはむしろ、人間の蹴りよりも槍の突きに似た軌道でジャンヌへと襲い来る。
だが、槍としてみるならば。
彼女の許嫁の槍捌きに比べ、なんと拙いことか。
「……これは以前教授からお聞きした話ですが」
そう前置きすると、リチャードはジャンヌの動きを邪魔しないよう気を配りつつ、距離をとって答える。
「……あの後ろに曲がっている膝に見える部分は、人間で言うところの踵にあたります。つまり、常につま先立ちをしているようなものですかね」
「かかと!? じゃあ、膝は!?」
「……このあたりです」
一見すると足の付け根に見える部分を、彼の槍は指し示した。
「それじゃあ、膝蹴りができないじゃないか!」
「……その方が、こちらには有利なのでは?」
「相変わらず冗談が通じないなあ、君は」
「……すみません」
「気にすることはないさ。それもまた、君だ」
拳士の少女は、許嫁の言葉に苦笑する。
「じゃあそろそろ、反撃と行こうか」
「……はい」
反撃開始の宣言一つだけすませ、ジャンヌはポレモケイルスの足元に飛び込む。
「獣神拳、『狼群拳』!」
四方八方から獲物に襲いかかる狼の群れの如く、軌道を変えた数多の拳が、鳥の足を打った。
この技は本来ならば、敵の注意を一方向に引き付けて、大きく曲線を描く拳打でとどめを刺すというものだ。しかし、人よりもはるかに体格に優れたこの鳥が相手では、普段通りにはいかない。
だから、止めはリチャードの役目だ。
踵の関節を狙ったジャンヌの連打に、鳥は大きくよろめく。
隙を窺っていたリチャードが、間髪入れることなく動いた。
「……紫電流槍術、天破槍!」
半回転した槍の石突きが捉えたのは、鳥の体ではなく地面。その反動で、槍使いの体は高く舞い上がる。
とっさに開かれた鳥の翼を、回転する槍の柄で打ち据えてジャンプの軌道を変えると、リチャードはポレモケイルスの背を蹴りつけて跳んだ。
そのまま、真下に向けた槍の穂先に全体重を乗せ、鳥の胸へと打ち込む。この上空からの一撃も含めた一連の攻撃が、天破槍と名付けられた技だ。
『グガアアアアアア‼』
至近距離で放たれた断末魔の咆哮に、いつもは感情を表に出さないリチャードもさすがに顔をわずかにしかめる。
確かにリチャードの攻撃は、ポレモケイルスの急所を貫いていた。
槍使いをその背に乗せたまま、鳥の体が大きく傾く。
ジャンヌも同時に、下敷きになるまいと距離をとる。
だが――。
「まだです! 気を抜かないで!」
心臓を貫かれたとて、その瞬間にすべてが止まるわけではない。
最期の力で眼前のジャンヌに噛み付こうと、鳥はその首を伸ばす。
迫る嘴を何とかかわすと、左足一本で大地を踏みしめたジャンヌは右足を振り上げ、右手を振り下ろした。
「獣神拳、『虎顎衝』!」
虎の異名を持つ将軍の娘であるジャンヌが好んで使う、虎の名を関する技。
上から振り下ろす肘打ちと、下から突き上げる膝蹴りの挟撃が、獲物を噛み砕く虎のあぎとのように鳥の頭を捕らえる。
そのまま、全身を一度だけ大きく震わせた武腕鳥は、光に溶けて消えた。
「……ジャンヌさ……」
先ほどのレオとのやり取りを思い出し、槍使いの少年は許嫁に向けて右手を上げ……。
「リチャァドォォオ!!」
両手を広げて猛烈な勢いで抱き付いて来るジャンヌから、リチャードは慌てて飛び退いた。
◆
「おい、大丈夫か、それ」
ステラたちを助けに行く途中、『ヘビ』に巻き付かれて地面に座り込むラルフの姿を見かね、レオは声を掛ける。
従騎士の服の上には、うっすらと氷の膜が張っていた。
「なあ、あのカインさんみたいに、火の剣で焼いちまえば……」
「無茶を言うな! もともと龍騎士は、一つの属性の龍剣しか使えん。あの人がおかし……いや、特別なのだ」
『虹龍剣士』、『規格外の龍騎士』、『多頭龍』などという数々のカインの異名は、それに由来するものなのだ。
「そうなのか……そりゃすまん」
先月出会ったカインの技を少し見た程度で、レオには龍騎士に関する知識はほとんどない。
「で、助けなくてもいいのか?」
「ああ……無礼な発言で怒らせたかと思ったが、これはこれで修行にはなる」
「…………え?」
「おい、何か妙な誤解をしているだろう」
「いやいや、そんなヘビに巻き付かれた状態で修行とか言われても、なあ……」
「こいつはヘビでは……いや、そんなことはどうでもいい! それより、そもそも龍剣というものはだな……」
「す、すまん。小難しい話なら後でゆっくり聞くぜ。幼馴染が呼んでいるからな」
立ち去るレオの背中を眺めていたラルフであったが、やがて諦めたかのように目を閉じる。
直後、彼とその身に巻き付いた氷蛇龍の体表から、湯気のようなものが吹き上がり始めた。
龍剣とは、龍気すなわち自身の生命力を他の力に変換する能力。
だが、ごく一部の龍騎士は、他者の振るった力を再び龍気へと還元する事ができる。
そのような高度な技は、自分には縁のないもの。ラルフはそう思っていたのだが。
だが、今自分が相手取っているのは、自身の龍剣と同じ属性の龍。いや、もっと言うならば修行相手として最適ともいえる存在。
これもすべては、あのローレンス教授の策略のうちではないか。
そう考えると、クリオボアの氷とはまた異なる冷たいものがその背筋に走るのを感じるラルフであった。
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