第36話 反撃の狼煙
「ジュリア・ローレンス!」
得物である弓矢を構えもしない同級生に向かい、ディアナは叫ぶ。
「貴女のことですから、教授のお考えなどとうに分かっていて、それを教えるわけにはいかないなんて考えているのでしょう。でも、ここにいて動かないようでしたら、貴女も教授と同じ、敵とみなしますわ!」
「…………」
その声にジュリアは、少しだけムッとした表情を声の主へと向ける。
「与えられた課題をうまく乗り越えられれば、それは新たな力となる」
そこまで口にして、ジュリアの表情が急に曇る。
「でも、もうそろそろ、限界」
「!?」
少女がゆっくりと首を動かす。その視線の先にあるものに気付き、ステラは上がりかけた悲鳴を両手で押しとどめた。
武腕鳥のことを調べる間、彼女は幼馴染から目を離していた。大きな音や叫び声が聞こえなかったため油断していた、とも言えるのだが。
竜と対峙したレオの制服、特にその両手両足の部分は既にボロボロに引き裂かれていた。むき出しになった素肌からは、緩やかにではあるが今も真っ赤な血が滴り落ちている。
「レオっ!?」
泣き声にすら近い声でステラは叫び、そしてまたディアナに止められる。
「ジュリア・ローレンス!」
ステラを羽交い絞めにしたまま、ディアナはなおも動かない相手に向けて叫ぶ。
「確かに。いかに戦闘訓練とは言え、あの男の言葉にすべて従う理由はない」
あの男、とジュリアが指差したのは、彼女の父でもあるローレンス教授。
「ジュリア!?」
高みの見物を決め込んでいた教授が、娘の態度に慌てた声を上げた。
「だから、人を指差すものではありませんと!!」
「……」
背後の同級生の言葉には答えず、ジュリアは上空の教授を睨み続ける。
「ま、よかろう。お主らにも訓練相手は必要じゃろうて」
一瞬で立ち直った教授は、そうつぶやくと肘を張るように左腕を上げる。その二の腕に止まるように、一羽の青い鳥が出現した。
そしてジュリアは、ようやく弓を構え、一本の矢をつがえる。
「お待ちなさい! あなたまで安い挑発に乗ってどうするんですの!?」
ディアナにちらりと視線を送った後、父に矢を向けた娘はきっぱりと宣言する。
「挑発に乗るわけじゃない。でも、いい機会だから、言いたいことは全部言わせてもらう」
◆
血を流しつつも、レオはまだ闘志を失ってはいなかった。
双鎌竜の動きに合わせ、二本の長い牙の間に斬竜刀の刀身を差し込む。そのままへし折るつもりだったが、竜の名の由来ともなった牙の強度はレオの想像以上だった。
右手で斬竜刀の柄を押さえたまま、左手を竜の首に回し、さらにその背に跨るようにしてねじ伏せる。
なんとか竜を捕えることに成功したレオだが、またそこから攻撃に移ることができなくなった。全力で押さえ込んでいないと、逆にレオの方が振り落とされ、やられてしまいそうだ。
「くそ……っ」
苦し紛れに、逆転の手掛かりを探して辺りを見回すレオ。
そして、空を舞う雷星鳥を追っていたはずのリチャードと眼が合う。
彼もこちらのことを気にしていたのだろうか。それとも――。
その瞬間、迷うことなくレオは叫んでいた。
「リチャード! 頼む、手伝ってくれ!」
「了……」
間髪入れずに、答えは返ってきた。
「解!」
「うおっ!?」
助けを呼んだ本人のレオがたじろぐほどの速さで、リチャードは彼らのところへと突進する。
全力疾走を続けながら、体勢を崩すことなく槍使いは手にした槍を投擲した。
それはディファルクスの左肩から胸へと、深々と突き刺さる。
『グルアアァァ!』
仕留めたかに見えた獲物は、裂けそうなほどに顎を開いて咆哮する。
それは断末魔などではなく、まだ燃え盛る命の炎を宿した叫び。
鱗と筋肉、そして骨に阻まれ、槍は急所までわずかに届かなかったのだ。
「うおおっ!?」
さらに激しく暴れる竜を押さえ込もうとするが、文字通り死に物狂いの力を発揮する相手に、レオはしがみ付くのがやっとといった状況であった。
一方――竜の生存を予想していたか、もしくは最後まで油断をしなかっただけなのか。
「紫電流槍術、『雷脚槍』!!」
リチャードは速度を緩めることもなく、その速さを全て乗せた飛び蹴りを槍の石突きに叩き込む。足の裏で押し込まれた槍の穂先が心臓へと到達し、幻闘珠が生み出した幻の竜はその輪郭を失い始めた。
「!」
それでも、硬直した竜の筋肉は槍に絡み付き、最後の抵抗で自身を倒した相手の動きを封じる。
「レオ君!」
殺気を感じ取り、槍使いが叫ぶ。先ほどまで彼が戦っていたメテオルニスが、急降下の体勢に入っていた。
「リチャード、伏せろ!!」
レオの方も、直前まで彼が相手にしていたその龍のことは覚えている。
呼ばれたリチャードは、身を横たえるようにしながら地面に伏せ――。
「おおおおっ!!」
まるで居合い抜きのごとく、斬竜刀は力ずくで二本の牙の間から解き放たれた。巨大な刃は一回転しながら勢いを増し、槍使いの上を通り過ぎてゆく。
だがリチャードは一瞬のうちに、斬竜刀の描く弧が襲い来るメテオルニスの軌道と重ならないことを見抜いていた。
「失礼!」
あおむけの状態から放たれたリチャードの蹴りが刀身に打ち込まれ、その軌道を修正する。吸い込まれるように斬竜刀は、背を向けたはずのリチャードへと急降下を仕掛けたメテオルニスを撃ち落とした。
そして、本来は隣のゼムゼリア大陸を住みかとする竜と龍は、光と化して消えた。
◇
「ありがとな、リチャード。助かったぜ」
級友に向け、レオは右手を上げる。
「……いえ、こちらこそ」
一瞬戸惑いの表情を見せたリチャードであったが、すぐに右手の槍を左手に持ち替え、レオに応える。そして二人は手のひらを打ち合わせた。
「おお~い」
そこに、離れた所から女子の声が掛かる。
「男同士で友情を育むのもいいけど、許嫁のことも忘れないでおくれよ!」
闘っていた武腕鳥から距離を取ったジャンヌが、リチャードに向け手を振っていた。
「ええと……おめでとう?」
レオも許嫁と言う言葉に戸惑っていたが、リチャードも返答に窮して一瞬固まる。
「……いえ……許嫁とか婚約とか言われましても、僕にはまだまだよくわからないのですが……」
困惑しながらもリチャードは、レオに返事をする。
「……それでも、あの人は大事な友人ですから」
そういうとリチャードは、レオに背を向け彼女のもとへと向かう。
「おう……」
頑張れよ、と声を掛けようとして、レオは踏み止まる。
自分より明らかに強いリチャードに、そんな事を言える立場ではないと。
それよりも……。
そしてレオは斬竜刀を肩に担ぎ直し、幼馴染のところに向かう。
そのステラたちの頭上では、隙を窺うかのように青い鳥が舞っていた。
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