第33話 龍の再来
「っ! 皆、ここに集まって円陣を組みなさい! ばらばらのままでは、各個撃破されるだけですわ!」
訓練開始を告げる教授の言葉の直後、クラスのリーダー格であるディアナが慌てて指示を飛ばした。
とはいえ、いきなり背を向けて逃げるわけにもいかない。追い付かれて背後から襲われるのがオチだろう。
レオのもとにも、二頭の賊蜥蜴が迫っていた。教授が一人一頭と言ったとおり、一頭はレオ自身の相手、そしてもう一頭はおそらく、背後に隠れたステラの分だろう。
「ステラ、先にあのお嬢様のところに行ってろ!」
「ん……レオも気を付けてね」
離れてゆくステラの足音を聞きつつ、レオは数歩分足を動かし、一頭がもう一頭の死角になる位置へと移動する。
「でえええぇい!!」
そのまま斬竜刀を横殴りに、竜の細い首を二頭まとめて薙ぎ払った。
その得物は、斬竜刀の名が示す通り、本来は中・大型の獣を相手取るためのものである。しかし、レオの手入れが雑なことも手伝って、その切れ味はあまり良くない。それでも、彼の身長と変わらぬ長さの得物は、鈍器としても十分な威力を秘めていた。
柄を握る手に、皮を引き裂き、肉を押し潰し、骨を打ち砕く感触が伝わって来る。それは、教授の言うような魔法による幻とはにわかには信じがたいもの。レオは顔をしかめながらも、さらに体重を乗せるようにして、敵を押し倒しに掛かる。
それに耐え切れず、二頭の竜はもつれ合うようにして地面に崩れ落ちた。
一方、レオのそばにいたアレックスも、もちろんただじっとしていたわけではない。 腰に付けたポーチから、二十センチほどの三日月形の金属板を三つ取り出し、ジャグリングのように投げ上げ始める。
「おいアレックス。遊んでる場合じゃねえぞ」
「遊んでねえよ! まあ見とけ、レオ」
そのアレックスにも、一頭の竜が迫る。
それに対しアレックスは、弄んでいた金属板の一つを投げ付けた。高速で回転しするそれは、竜の首すれすれをかすめ、曲線を描いて飛んで行く。
「外れじゃねえか!」
「いんや。よく見てみろ」
走りながらサウロラプトルがバランスを崩す。その足には、いつの間にかアレックスの手元から消えた二つ目の金属板が絡み付いていた。
「おおっ!」
「…………」
感嘆の声を上げたレオがアレックスの方に目をやれば、彼は三つ目の金属板を握ったままの右手を前に突き出していた。その唇が二度、三度と小さく動く。だが、そこから洩れた呟きはレオの耳には届かなかった。
さらに、最初に投げた金属板がブーメランとしての機能を発揮し、大きく円を描いて竜の方へと戻って来ていた。
だがそれは、さすがにバランスを崩しかけた竜には当たらない。そうレオが思った瞬間。
一つ目のブーメランが明らかに不自然な動きで軌道を変え、竜を追うように飛んだ。その首をしたたかに打ち据えると、わずかに勢いを失っただけで、そのままアレックスの元へと帰ってきた。
第三のブーメランで絡め取るようにして、その勢いを殺す。そして二つの得物が、アレックスの両手に戻った。
「レオ! とどめは頼む!」
「よっしゃ、任せとけ!」
転倒し足元に転がり込んできた竜を指し、アレックスがレオを呼ぶ。
レオはそこに駆け寄り、斬竜刀を振り下ろした。哀れな犠牲者の体が激しく痙攣し、そして動きを止めるのを見届けてから、レオはそれに背を向ける。
そしてアレックスと共にステラの後を追い、他の生徒たちと合流しようとして……。
その背後で、レオがまとめて倒したうちの一頭、直接斬竜刀を叩き込んでいない方が再び目を開けた事にも、彼らは気付いていなかった。
『ギャアッ!!』
幻闘珠の結界の中、光と化して消えたもう一頭の下敷きとなっていた竜は、その身を翻して素早く起き上がり、レオに牙を剥く。
「ああっ! レオ、後ろ!!」
ステラの叫びが聞こえた時には、時すでに遅し。鋭く尖る竜の牙が、レオの目前にまで迫っていた。
攻撃態勢を解いてしまったレオは、右手にぶら下げた斬竜刀を構え直す暇も与えられず――。
「レオ!」
叫び声と共に、アレックスが竜に体当たりを掛ける。
サウロラプトルは一歩分だけその軌道を横にずらしただけで、強靭な後ろ足で踏みとどまる。そのまま竜は右後ろ脚を蹴り上げ、バランスを崩したアレックスの腹に爪で斬り付ける。
「ぐうぅっ!!」
幻闘珠の影響だろうか。血しぶきの代わりに赤い光を吹き出しながら、アレックスは倒れ伏した。
「アレックス!?」
「アレックス君!」
レオが斬竜刀を構え直すよりも早く、竜の後方から走り込んだリチャードが白銀の槍で竜の首を刎ねた。
その槍使いの背後では、彼に斃された竜たちが光となって消えてゆく。
一瞬遅れて、レオが戦っていた竜も輝きながら無へと還った。
◇
「いわゆる『死んだふり』、専門用語で言うと『擬死』というものですわね。皆さんもお気を付けて!」
よく通るディアナの声が、生徒たちの間を駆け抜ける。
「あれ? でも、敵の前で死んだふりをしても食べられるだけなんじゃ……」
ディアナの近くまで到達していたステラは、誰に問うというわけでもなく疑問を口にした。
「そんなことはない」
「わあっ!?」
そして、すぐ背後からの予期せぬ答えに、慌てふためく。
「レオみたいに目の前で背中を見せるのはめったにないけど、獲物を咥え直そうとしたり、油断して力を抜いたりというのはよくある。で、その隙に獲物に逃げられるのも、何度も見たことがある」
ちらりと背後をうかがえば、すぐそばにジュリアの姿があった。
「あ、ありがとう……」
「ん。ひとまず後ろに下がっていた方がいい」
レオのことがまだ気になるものの、リチャードもついている。ステラはひとまず、ジュリアの言葉に従って後方に下がる事にした。
◇
一人で十頭近くを仕留めているリチャード以外にも、幾人かの生徒は何とか竜を相手に勝利を収めたようであった。
それでも、戦闘に慣れていない残りの生徒たちは敗れ、光に包まれて消えてゆく。その中には、先ほどレオに声を掛けてきた貴族の息子たちもいた。
そして、アレックスの体も、その内側から湧きあがるような光に包まれる。
「悪い。油断した……」
「おい、しっかりしろ、アレックス!」
「な、何でお前は、俺をかばって……」
「いやあ、何となくだが、お前が残った方がいいような……気がして……な……」
「アレックス!!」
光の中で、少年の姿は徐々に薄れ――。
「落ちつけよ……別に死ぬわけじゃ……」
その姿も、レオの腕の中の感触も、不意に消える。
「アレックス――――!!!」
『おい、レオ!』
「んんっ!?」
突如耳元で聞こえた声に、レオはびくりとその身を震わせる。
『落ち着けというのに。アレックスも死んだわけではないが……外からお主を見て呆れとるぞ』
「お? おお……すまねえ」
教授は上空にいるはずなのに、声だけがレオの耳元に届く。例によって教授の魔法によるものだろう。
そこでようやく我に返ったレオは、ばつが悪そうに左手で頭を掻く。
「消えた者たちは、少々痛い目にあったかも知れんが、幻闘珠の世界から退場しただけじゃ。あとはすべて終わるまで、見物でもしてもらうとしよう」
龍の背から生徒たちの様子を見回した教授は、『外』から見ている生徒たちにも向けるかのように声を発した。
五十人ほどいた訓練参加者のうち、ある者は竜の顎に噛まれ、またある者は鋭い爪に引き裂かれ……賊蜥蜴との一対一の戦いに敗れた十数人がまず脱落していた。
そこから、混乱が始まった。
生き残った竜たちは、生き残った人間たちに襲い掛かる。そこには当然、一対一とか正々堂々などという言葉はない。隙を見せた一人に、数頭がかりで一斉に襲い掛かる。数のバランスが崩れると、生徒たちは複数を相手にせざるを得なかった者や、疲れ始めた者から倒れてゆく。
さらには、『《《まず》》一人一頭』の言葉通りというべきか、敵の増援が教授によっていつの間にか送り込まれており、さらに犠牲者は増える。
最初のディアナの指令通り、何とか防御態勢が整ったときには、残った生徒はレオの他、リチャード、ジュリア、ステラ、ディアナ、ジャンヌ、ラルフの7名となっていた。
「さて、前座はお終い、と言ったところじゃな……さすがに小型古竜ではお主らの相手にはならんか」
そして教授は、一番の戦果を挙げたリチャードに目を止めて感想を漏らす。
「まずはリチャード、お主にはこ奴を相手にしてもらおうか」
教授の掲げる幻闘珠から、光球が一つこぼれ落ちた。
槍使いの眼前に落ちてきた拳ほどの大きさの光は、一瞬で一抱えほどにまで膨れ上がる。
『ギュアアアアーーーー!』
まるで卵から孵化するかのように、弾けた光の中で何者かが翼を広げ、産声を上げた。
「こ、この声は、まさか!」
レオの予想した通り、飛び出してきたのは、先月にも見た四枚の翼を持つ金色の猛禽。
「あ、あいつは、この間の……」
「……雷星鳥」
鳥の姿と名を持つ龍にまっすぐに視線を向けたまま、リチャードはその名を一言だけ発する。
「って、教授だってこの前は、こんな鳥なんか知らないって大騒ぎしてたじゃねえか」
「はて? 大騒ぎなどしたかのう……それに、わしだって学習ぐらいするわい。メテオルニスについては、ちゃんと文献を調べ直したぞ」
龍の背で腕を組みながら、教授は大人げなく勝ち誇る。
「さすがに真龍類は専門外の上に、確認例が少ないせいかレディアース博物誌の形態図も雑でのう。一見ではわからなかったんじゃが……」
「大丈夫か、リチャード? この前はちゃんと見てなかったけど、教授と二人掛かりで何とか倒せたって……」
そんな教授は放っておき、レオはリチャードに声を掛けた。
「助けが必要なら、いつでも呼んでくれ。ボクはいつでも、君の隣にいるよ」
ジャンヌも、さらに距離を詰めてリチャードに並び立つ。
「……いえ、ご心配なく。これも修行のうち、まずは一人で挑んでみます」
助太刀しようと近づく二人を制し、槍使いは空を舞う龍を睨み付ける。
まるで話がまとまるのを待っているかのように……実際、教授がそのように操っているのだろう……メテオルニスは彼らの頭上で旋回を続けていた。
「……それに、教授には感謝しております。再戦の機会をお与え下さったことに」
初めて邂逅した時には、投げ槍しか飛び道具のなかったリチャード一人では、かの龍を仕留める事は出来なかったであろう。それはリチャード自身も自覚している。
その時には頼もしき味方であり、その力なくしてはメテオルニスの討伐はかなわなかったであろう教授は、今は敵なのだ。
「……それでは、ご覧にいれましょう。学習したのは、教授だけではないと」
そしてリチャードは、掲げた右手を中心に槍を旋回させる。
「……紫電流槍術、風迅槍。参ります」
槍の回転に、全身の捻りを上乗せし、白銀の穂先はさらに加速する。
木々の間を吹き抜ける突風のような唸りを上げ、突き上げられた槍は天を舞う龍を指す。
頭上を旋回していたメテオルニスが何かに気付いたかのように大きく羽ばたいた瞬間、左の翼が弾け、金色と白の鱗が舞い散った。
最後までお読みいただきありがとうございます。
よろしければ感想・レビュー・ブックマークもお願いします




