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レディアース博物誌 -異世界博物館準備室-  作者: 広瀬凉太
第二章 学び舎の友

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第26話 レディアース博物誌

「今よりおよそ七千年前。今はもう存在しないある王国の時代……この世界、大地の女神の星(レディアース)の生きとし生けるものたちのすべてを記したといわれる書物が作られた。その名を、『レディアース博物誌』という」

 教授は立ち上がり、部屋の隅にある本棚から、一冊の本を抜き出した。


 七千年前とかもう存在しない国とか、いくつか気になる言葉が聞こえた気がしたが、それよりもレオにとってはステラの様子の方が心配だった。

 当の彼女は、さすがに泣き出したり、気を失ったりといった激しい反応はなかった。しかし、先ほどからほとんど何も言わず、どこかうつろな目付きで教授の動きを追っている。


「さて、くだん白面竜アルボテスタについてじゃが……うむ、これじゃ」

 そう言いつつ教授は、パラパラとその本をめくり、すぐに目的のページを探し当てる。

 ステラの前に差し出された本を、レオも横から覗き込んだ。

 そこには、先ほど見たものによく似た、白い仮面……のような模様を頭に持つ、一頭の獣の図が描かれている。一見して犬に似た四足の獣だが、顔面を除くほぼ全身が黒く描かれている。その体表は、鱗で覆われているようだ。


「へえ……こんな恰好してたのか」

「いや、実はこれは想像図にすぎん。実際に捕えられたり、死骸が確認されたことはおろか、目撃例すらもほとんどなく、実際の姿は不明じゃ。それゆえ、幻獣などと呼ばれておる」

 再びレオたちの対面に腰を下ろし、教授は話を続ける。


「幻獣……ですか?」

 開かれたページをじっと見つめたまま、ステラがぽつりと疑問を口にした。

「『幻獣』という言葉は、生物学的な専門用語ではなく、もっと一般的なものじゃ。幻、とは、この場合確認例が極めて少ないことを指す。まあようするに、非常に珍しい生き物、ということになるな」

 珍しい、というのもあいまいな言葉じゃがな、と教授はため息をつく。


「幻獣と呼ばれる動物は分類に関係なく何十種もいるが……なかでも四像獣テトラグリフス奇幻獣アノマロテリウム、そして、白面竜アルボテスタ。この三種はソール大陸における三大幻獣といわれておる。かのレディアース博物誌に幻の獣として記載されたのち、ほとんど記録のなかった獣たちじゃ」

「じゃあ、このアル何とかも……」 

「このアルボテスタについては、もう絶滅したものと考えられておった。全長五メートルの大型の獣などという代物が、誰にも見つからずひっそりと生き残っているとは考えにくいからのう」

「じゃあ、こいつのせいで……」

 レオの言葉を、教授は片手を上げて制する。


「すまぬが、例の事件のその後の話を聞かせて貰えんか? じゃが、思い出したくなければ話さずともよいぞ」

「いえ……」

 顔を近づけて本に見入っていたステラは、その言葉に姿勢を正す。


「実は……今見たところから先は、記憶がないんです。その後は、気が付いたら朝になってて……私は、近くの町の兵士の皆さんに助けてもらったみたいで……」

 それならば、と教授はステラの言葉を遮るように言う。

「例の事件は、単なる事故であった可能性が高い、ということになるのう」

 ステラが生き残った、という事実からの推測であることは口にせず、教授はただ結論だけを簡潔に述べる。


「…………ありがとう、ございました」

 ステラもそれを察したのか、立ち上がって言葉少なに頭を下げた。


「さて……それじゃ、そろそろ行くか。ウサギ狩りは、また明日にすればいいか」

 椅子に座り続けて疲れたのか、腕をまわしながらレオがつぶやく。


「そうじゃ。忘れておった!」

「何だよ急に!? びっくりするじゃねえか」

「ちょっとレオ! 先生に対して持って礼儀ってものを……」

「いや、わしなら構わんが……それはさておきじゃな。最近、町の北側の街道付近で、厄介な奴の目撃情報があってな」

 教授は部屋の奥の机から、紙を一枚手に取り、戻ってきた。


「これを覚えておるか?」

「この前のアンケートとかいう奴じゃねえか」

「そのうちの……これじゃ」

 教授が示したのは、そこに描かれていた五体の獣のうちの一体、全身を長いトゲで覆った動物だった。


「この動物の名は、毒針鼠ウィレキヌス。大きさは最大で40センチほど……だいたい小型の犬ぐらいじゃな。目撃されたのは、この前ウサギ狩りに行った農地からさらに北の街道沿いじゃが、こちらまで来ないとも限らん」

「もし見かけたら、それも狩ればいいんだな」

「いや。悪いことは言わん。そいつには手を出さんほうがいい。下手に攻撃すれば毒を撒き散らすし、倒せたとしても後始末が面倒なんじゃ」

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「こちらから攻撃でもしない限り、害は小さい。速やかにそこを離れて、わしか、もしくは学院の学生課にでも報告してくれ」

「ああ、わかった」

「今確認されておるものは、今週末にリチャードが狩りに行くと言っておったな。町の近くでウサギ狩りをしているならば、おそらく会うことはないと思うが」

「ウサギ狩り……わたしもまたついて行きたいけど、やっぱりやめた方がいいよね」

 寂しげな表情で視線を落とすステラ。


「そういえば、ステラお嬢さんは、武器は使えるのかのう?」

「いえ、戦闘訓練なんかは、特にしてこなかったので……」

「ふむ……」

 それを聞いた教授は、腕を組み考え込む。


「足手まといとは言わねえが、他の仕事の方が向いてるんじゃねえか? 依頼を見たけど、薬草採りの仕事なんかもあったぞ。そっちの方が安全だろう」

「いや待てレオ。薬草採りが安全ということはないぞ」

 ステラを説得しようとするレオを、教授が慌てて止める。


「えっ? 薬草採りって、別に薬草と戦ったりするわけじゃねえだろ?」

「そんな物騒な薬草があるか。薬草の多くは栽培されたものを収穫するか、安全なものは八百屋や薬屋の人間が採りに行っておる。依頼として出されているのは、主に森の奥や山中など、町からかなり離れたところに生えておるものの採取じゃ」

「やっぱり、町から離れると危険も多いんですか?」

「このあたりでも、町から少し離れれば、くまおおかみ、中型の肉食竜なんかもおるぞ。それならばまだ、農耕地帯でウサギを狩る方が安全じゃ」

「そうですか……」

 落胆した様子で、ステラは目を伏せた。


「仕事ならば、学院の学生課で募集しておるぞ。店番や給仕ならいくつかあったろう」

「でも、ウサギ狩りの方が、やっぱり稼げるんだろ?」

「ウサギがうまく狩れればな」

「う……」

 唸り声を上げながら考え込むレオ。それをステラが心配そうに見ている。


「さすがに、安全で稼げる仕事ってのは、ねえよなあ」

「そんなの当たり前でしょ!?」

 レオが思わず漏らした言葉に、ステラは呆れた声を上げる。

「まあ、まったくないとも言えんが……」

「「ええっ!?」」

 だが、続く教授の声に、レオとステラは揃って驚きの声を上げる。

 そして教授は、自分に向けられた二人の仰天の表情を見比べながら問い掛けた。

「お主ら、釣り士の資格でも取ってみるか?」

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