第18話 疲れ知らぬ翼 - Infatiguis -
「何やら妙なことになったけど……ひとまずは消火活動といくか」
カインと呼ばれた男は、小さな笛で自らの騎龍に簡単な指示を与える。離れたところに移動ののち、待機。
そして自身は、背中の二振りの剣を両手で抜き放つ。同時にその剣身が青白い輝きを帯びた。
そのまま、低空飛行させたドラゴンから、炎の燃え広がりつつある平原へと飛び降りる。
両手の剣の輝きが渦を巻く軌跡をなし、そして弾けた。刃を包む光の奔流は大気に溶けるように消え、一陣のつむじ風へと変じて彼の体を包む。
それは、真龍類たちが操る魔法にも似た能力の一つ、龍の吐息と原理を同じくするものだ。
生きとし生けるものすべてが持つ生命の力……ドラゴンたちがもっともその扱いに長けているが故に龍気と呼ばれるそれを、炎や雷などの自然の力に変換する能力。
ドラゴンたちが生みだされた力を口から放出する代わりに、龍騎士たちは龍気から変じた力を自らの武器に纏わせて振るう。
その技術を、『龍剣』という。
風の龍剣は、風の龍であるエメラルド・ドラゴンこと悠風龍の吐息をもとに編み出された技だ。
吹き荒れる風が落下速度を緩め、カインは砂煙を撒き散らしながら着地する。
そして再び、双剣が光を帯びた。
「はっ……!」
振り下ろされた右手の剣が炎を纏う。草原に向け、火線が奔った。
それは、炎の龍であるルビー・ドラゴンこと源炎龍の吐息を模したもの。
続けて左手の剣が横薙ぎに振り抜かれる。そこから打ち放たれた風は渦を巻き、炎を煽り立てる。
龍の力に由来する火と風を浴びて、いまだ昨年までの枯れ草の残る平原から新たな炎が噴き上がった。
◇
「おい、あいつ、火ぃ点けてねえか!?」
そんなカインの姿を遠くから認めたレオは、驚きに加えて怒りも混じった声を上げる。
「あれは迎え火と言う。れっきとした草原火災の対策」
「……そうなのか……?」
ジュリアの言葉がにわかには理解できず、レオは戸惑いの声を上げた。
「燃え広がる先を燃やしておくことにより、被害を最小限に食い止める」
なおも怪訝な顔をしているレオを急かすように、ジュリアは言葉を続けた。
「それよりも、私たちにはやらなけばならない事がある」
「ええと……何を?」
それに答える代わりに、ジュリアは右手の親指と人差し指で輪を作り、その口元に寄せる。
『キイィーーァーーー、キイィーーーー!』
そこから、甲高い音が響き渡った。
「そ、それは、この前の……えっと、何だっけ」
「導竜鳥」
「そうか。それであのなんとかサウルスを呼ぶわけだな」
「……ん」
「そういやあ、あの鳥は?」
「サウロノータなら、もうとっくに逃げ出してる」
「薄情な奴らだな……」
「仕方ない。あの鳥にドラゴンに対抗するような能力はない」
これ以上話す時間はないとばかりに、ジュリアは再び指笛に集中する。
こうなると、レオには何もできることはない。さすがに同じようなことは出来ないので、周囲を警戒することにした。
そして、指笛の音にまぎれて、かすかだが確かに人ではない何者かの声と足音が聞こえた。
「おい、何か来るぞ!」
『グウゥッ! グルルウゥ!』
指笛を聞いたためだろうか。威嚇の声とともに近くの草むらが揺れ、一頭の犬に似た獣が姿を現した。
「あ、あれはこの前の……えぇっと」
「野盗獣」
「そうそう、あの臭い奴」
「…………」
いい加減な覚え方をしているレオに、ジュリアは呆れた視線を向ける。
しかしレオは、低いうなり声を上げるエレモヒエナの方を睨みつけたまま、ジュリアの視線に気づくことなく悪態をつく。
「くそっ、この大変な時に……! こいつら、火事が怖くないのか」
「きっと、火事によって焼け出された、鳥や獣を狩りに来た」
「死体漁り、強奪の次は火事場泥棒かよ!?」
「野生の世界では、よくある話。人間の法は関係ない」
「そうかもしれないけど……なあ……」
再び獣の方に目をやったレオは、やがて心を決めたように短い言葉を発した。
「よし、わかった」
斬竜刀を肩に担ぎ、ジュリアをかばうように立つ。
「こいつらの相手は俺がする。ジュリアはあっちの方を頼む」
「ん。よろしく」
威嚇の声を上げる獣に対して、レオも斬竜刀を振り回して威嚇し返す。
レオの得物を警戒したか、背中を見せて離れて行くジュリアを追うように、エレモヒエナは回り込もうとする。そうはさせじと、レオも横に移動して立ち塞がった。
『ウオォーーーー!』
彼の動きを見て動きを止めた獣は、空に向かい吠える。
「あ、あの声は……」
それはレオが先日も聞いた、仲間を呼ぶための声。
そして、今回はそれを聞きつけて、二頭の新手が姿を現した。
『ガアゥッ!』
「おりゃああぁぁ!」
味方を得て勢いづいた最初の一頭を、レオは足を止めて迎え撃つ。
うなりを上げて振り回される、自身と変わらない大きさの鉄塊。さすがに獣たちも、それは警戒する。
空いた右側を抜けようとした一頭に向け、レオは足下の石を蹴り飛ばした。
『ギャン!』
脇腹に石を受けた獣は、悲鳴を上げてうずくまる。
そしてレオは、斬竜刀を正面の敵に突き付けつつ吠えた。
「何頭来ようと関係ねえ。ここは通すわけにはいかねえんだ!」
◇
『キイィーー! キイィーーーー!』
レオと野盗獣たちから離れ、ジュリアはなおも口笛でサウロノータの声を真似し続ける。
しかしそれは、本来届けるべき雷電竜の許には届いていないようだ。
これだけでは足りない。さらに近くに寄るか。
そう考え、ヴォルトサウルスの方に走り出そうとしたジュリアの耳に、かすかな声が届いた。
「あれは……」
そしてジュリアは思い出す。
この近くにも川が流れていて、その周りには湿地もある。そして、《《彼ら》》もいる。それは昨日、リチャードが言っていた通りだ。
方向転換し、ジュリアは雷電竜とは反対、巨竜を誘導すべき川へと走った。
『キイィィーー!』
もう一度、指笛を鳴らす。さらに、二度、三度。
そして、少女が期待した反応が返ってきた。
『キイィィーー!』
その声の主は、動物の声や物音を真似る能力を持つカエルの仲間、百鳴蛙だ。
『クヮックヮックヮッ』
『ガアァッ!』
他の声もきこえてくる。ここには、思いの外多くのカエルがいるようだ。
ジュリアはさらに声真似を続ける。
『キイィーー!』『キイィーー!』
『キイィーー!』『キイィーー!』
やがて、多くのカエルたちがそれを真似始め、競い合うように声を張り上げる。
遥か遠くまで自分の声を送る方法を、彼らは生まれつき知っていた。
より大きな声を響かせる道具を、彼らは成体となった日に手に入れた。
運命の相手に届けるべき自身の声を、彼らはその日から磨いてきた。
他のどのオスよりも大きく、上手く、そして遠くまで。
やがてそれは、『導竜鳥』の声の大合唱となった。
平原を吹きわたる風が、その歌声をヴォルトサウルスのもとまで届ける。
それに応え、巨竜はゆっくりと川へ向けて歩み始めた。
◇
「リチャード、退却するぞ!」
唐突に、メテオルニスと対峙していた教授が叫び、間髪いれずに背を向けて走り出す。
「……は、はい。え?」
先程から、彼らのところにも徐々に煙が流れてくるようになった。間もなく、ここも炎に包まれるかもしれない。
それでも、教授の行動はリチャードにとって予想外のものであった。
結局リチャードは、上空のメテオルニスを気にしながらも教授のあとを追う。
そしてその無防備な背を、捕食者は見逃さなかった。旋回を中断し、急降下攻撃に移ろうとして――
雷星鳥は気付いていなかった。隙を見せた獲物に気を取られた瞬間、自身も被食者として隙をさらしていることに。
メテオルニスが、攻撃に転じようとした瞬間。
『キュィィィイイーーーー!!』
力を秘めた雄叫びがそれを押し止める。
龍の咆哮。
龍の吐息と同様に、真龍類たちの持つ魔法にも似た能力の一つだ。その咆哮は、他の生き物に対して恐怖を生み、萎縮させる効果がある。
急降下の体勢に入りかけたメテオルニスが空中でバランスを崩し――
立ち込める煙の壁を突き破り、四翼の龍が飛び出した。
「行くぞ、ミコト!!」
再び龍の背に跨った龍剣士カインは、騎龍に呼び掛ける。
『ミコト』とは、自らの相棒にカインが与えた個体名だ。
この龍の種としての名は、天征龍。またの名を、ラピスラズリ・ドラゴンという。
龍騎士団が騎龍としている十種足らずの中級龍種には、種ごとに宝石の名を冠する通称名が付けられている。
四翼を駆使して風の道を渡り、世界の天空を自在に征く龍に与えられたのは、空を映す群青色の宝石の異名。そして、古代語で『疲れを知らぬもの』という言霊。
空の龍であるラピスラズリ・ドラゴンの能力の一つとして、風の吐息がある。そしてそれはさらに、龍騎士の知識を上乗せされることにより、多彩な効果を生み出すことが可能となる。今回は、野火による煙を風で集めて流し、即席の煙幕を作り出したのだ。
それにより一気に間合いを詰めたドラゴンは、カインの指示に従い、雷星鳥に向けて大きくその口を開く。
風の吐息ならば、風の龍であるエメラルド・ドラゴンこと悠風龍も操ることができる。だが、ラピスラズリ・ドラゴンの吐息は、他のドラゴンのほとんどが持っていない、ある特徴を備えていた。
ドラゴンが口を開くのに合わせ、その顎の後方から首筋にかけて、幾筋もの亀裂が生じる。
漁師や学者など魚に詳しい者ならば、鮫の体側に並ぶ鰓孔の列を連想したかもしれない。
実際にそれは、遥かな昔――彼らの祖先がまだ魚だった頃には、鰓として機能していたものだ。ドラゴンの大半が進化の過程で失ってしまったそれを、彼らは呼吸器ではなく排気孔として利用している。
ドラゴンの眼前に、新たな風が巻き起こった。風は渦を巻き、メテオルニスをも巻き込んでドラゴンのあぎとへと流れ込んでゆく。
呼気ではなく、吸気としてのブレス。広い世界を自在に飛び回るラピスラズリ・ドラゴンが、空中で獲物を吸い込んで捕食するために身に付けた能力だ。
◇
ドラゴンたちは、他種の龍気やそれに由来する技に、ある程度の耐性を持っている。下位の種に対してならば、なおさらだ。
例えラピスラズリ・ドラゴンの口内で雷を放ったところで、雷星鳥は逃れることはできないだろう。
だから、敵の牙に掛かる前に、切り札を使う必要がある。自らより上位の存在に捕捉されたメテオルニスは、最後の手段を発動した。
その身を覆う鱗が全て逆立ち、その隙間から青白い火花が飛ぶ。
自身の持てる発電能力の全てを開放し、左右の翼に流された雷が推進力を生む。鱗のほとんどを脱ぎ捨てて砲筒と成す荒業。
たとえ全身が無防備な姿になったとしても、この場で命を奪われなければ、傷ついた体は癒え、鱗はまた生え変わる。
そして、メテオルニスの体は砲弾となった。
風の渦の中心には、力の弱い『目』が存在する。龍が《《塞ぐことのできなかった穴》》を抜けて、音の壁も突き破り、金色の鱗を捨てた龍はラピスラズリ・ドラゴンから距離を取り――
その先の光景を、猛禽の姿を持つ龍は確かめることができただろうか。




