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第三話:生徒会室は今日も平和です(多分)

「……そろそろ、やらないといけないよな……」

イリヤ先輩は重い腰をしぶしぶ上げて印刷機の元へ向かった。手にはロレンツォ先輩がデザインしたポスターが描かれた魔導紙。色数が多く、文字の配置も妙に凝っている。魔力消費が激しいのは見ただけでわかる。

「まだ、印刷してなかったんですか?」

「一限の教室からここまで、かなり距離があったのと……印刷用の魔導紙が足りなかったから取りに行った。それで時間が消えた」

生徒会室の隅に設置された魔法印刷機が低く唸り始める。呪文と魔法陣が組み合わされた制御盤が淡く光り、魔導紙が一枚ずつ吸い込まれていく。この印刷機は、今年度から正式に導入されたものだ。昨年度、生徒会は試験運営という形で一部の活動を再開していた。僕もその頃から庶務として関わっていたけれど、掲示物の扱いには本当に悩まされた。普通の印刷では紙が破れたり、燃えたり、剥がされたりする。特に第一寮生による掲示物破壊事件は今でも思い出すだけで胃が痛くなる。掲示板に貼った翌日には紙が灰になっていたこともあった。

(あの頃は掲示物を守るために魔法障壁を張るかどうかで、本気の会議になったっけ……)

その経験を踏まえて、今年度の本格始動に合わせて魔法印刷機が導入された。 魔力を動力にした印刷機で呪文と魔法陣を組み合わせて高精度・高耐性の印刷を可能にする。便利ではあるが、使うたびに魔力が削られる。生徒会メンバー全員が印刷機の前では同じようにぼやく。

「便利だけど使いたくないな……」

イリヤ先輩はぼそっと呟きながら、魔力供給装置の調整を続けていた。その横顔はいつも通り冷静でどこか諦めの色を帯びていた。印刷機が魔導紙を一枚吐き出すたび、淡い魔力の匂いが生徒会室に広がる。呪文と魔法陣が脈打つように光り、イリヤ先輩は淡々と魔力を流し込んでいた。


僕の課題がひと段落した頃、扉が静かに開いた。生徒会室に入ってきたのは生徒会議長、ジュール・アルマン・ド・サンクレール先輩だった。

「……ここ、空いてるか?」

「どうぞ。印刷機の音がうるさいかもしれませんけど」

僕が答えるとジュール先輩は無言で頷き、ソファに腰を下ろした。制服はきちんと着こなし、胸には第四寮生の証である赤いネクタイがつけられている。背筋はまっすぐだが、その表情にはどこか疲れが滲んでいた。

「どうしたんですか?」

「……研究室、気まずくてな。逃げてきた」

七年生になると授業はほとんどなくなる。代わりに卒業研究が学園生活の中心になる。研究室に所属し、指導教員と二人三脚で論文や実験に取り組む日々。その分、空き時間は多いが精神的な圧は重い。

「卒業研究、進んでるんですか?」

「進んでるけど、進んでない。……まあ、指導教員の顔を見たくなかっただけだ」

ジュール先輩はそう言って、印刷機から吐き出されたポスターの束に目を留めた。

「掲示許可、出てるのか、それ?」

イリヤ先輩は顔を上げず、淡々と答えた。

「ロレンツォに聞いてください」

「……あいつ、こういうところに関してはちゃんとしてるし、きっと、大丈夫だろう」


2限目の終了を告げるチャイムが鳴ってから十数分後、生徒会室の扉が静かに開いた。生徒会副会長のクラウス・ヴォルフガング・オーガスト先輩がロレンツォ先輩の襟を軽くつまみながら入ってくる。その後ろには書記のルーカス・セバスチャン・ディ・アルマンサ先輩がなぜか楽しげな顔でついてきていた。

「失礼します。申請者を連れてきました」

クラウス先輩はいつも通り丁寧な口調だったが、声の端には明らかな苛立ちが滲んでいた。

「いやいや、僕はちゃんと仕事してたよ」

ロレンツォ先輩は軽く手を振りながら、懐から一枚の紙を取り出す。 「ほら、掲載許可証。先生のハンコもついてる。完璧でしょ?」

「……それは確かに、提出済みの証拠だな」

ジュール先輩が紙を受け取り、目を通す。

「でも、問題はそこじゃないです」 ク

ラウス先輩が静かに言った。

「一限目の授業終わりにイリヤ様へ仕事を押し付けていた件について、説明をお願いします」

「押し付けたっていうか、お願いしただけだよ。僕が次の授業に集中できるようにっていう、イリヤ君の配慮」

「 “魔法工学は休講になったし、暇でしょ”と発言していましたが」

クラウス先輩の口調は丁寧だが容赦はない。

「……それは、ちょっと言い方が悪かったかも」

「さすがに授業中に生徒会の仕事はしない方がいい」

イリヤ先輩が呆れたように言う。

「でも、僕が次の授業をちゃんと聞くためには誰かが代わりにやってくれないと。イリヤ君なら手際いいし、信頼してるし……ね?」

「その信頼を盾にして、あなたは女の子たちとランチをしようとしていたと聞いていますが」

クラウス先輩が静かに刺す。

「えっ、それは……いや、たまたま一緒になっただけで」

「 “たまたま”が今日の昼休みに起きていたことは、確認済みです」

「昼休みに誰と食べようが自由でしょ? 僕、仕事はちゃんと終わらせてるし」

「終わらせたのは、あなたではなくイリヤ様です」

「いやいや、僕も許可証は自分で書いたし、先生に提出もしたよ。 イリヤ君が印刷してくれたのは分担ってやつ。効率重視のチームワーク」

「分担とは互いに合意の上で行うものです」

「 “暇でしょ”と発言していた時点で君の意図は押しつけだよ、ロレンツォ」

ルーカス先輩は楽しそうに茶々を入れる。

「それは……ちょっと言い方が悪かったかも」

「言い方の問題ではありません。行動の問題です」

「でも、結果的に全部揃ってるし、誰も困ってないよね?」

「制度は“困っていない”かどうかではなく、 “責任を果たしたか”で判断されます」

「クラウスの言葉って、時々裁判みたいだよね」

イリヤ先輩が魔法印刷機の電源を落としながら呟いた。 その横でルーカス先輩がノートに何かを殴り書きしながら、にこにこしながら茶々を入れる。

「裁判というより説法ですね。クラウスの言葉には重みがあります」

「ルーカス、余計なことを言わないほうがいいよ。クラウスが怒ると後処理が面倒」

イリヤ先輩が印刷機の魔力供給装置を点検しながら、低く咎める。

「でも、面倒な方が面白いじゃないですか」

ルーカス先輩はまったく悪びれず、むしろ楽しげだ。

「ルーカス先輩、何を書いてるんですか?」

僕は思わず問いかける。

「ロレンツォとクラウスの言い合い、記録しておこうと思って。後で読み返すと、きっと面白いと思うよ」

「あなたの“面白い”は秩序の敵です」

クラウス先輩が深く息を吐いた。

「でも、面白いことは正義だよ」

ルーカス先輩はまるで祈るような口調でそう言った。しばらく沈黙が流れた後、クラウス先輩は再び口を開く。

「……今更ですが、どうして貴方はあなたはここにいらっしゃるんですか?」

「君とロレンツォが言い合ってるのを見た時に面白そうだなって思って」

ルーカス先輩はさも当然のように答える。

「……面白い、ですか」

クラウス先輩は思わず、素っ頓狂な声をあげる。その様子を見ていたイリヤ先輩が魔力供給装置の蓋を閉めながら吹き出した。

「僕が見て面白いって思うものはルーカスも面白いと思うに決まってるじゃん」

「陛下は私を馬鹿にしてるんですか」

クラウス先輩はギロリとイリヤ先輩を見ながら言った。

「貴方が僕を妙に仰々しい呼び方をしてる間、僕は貴方のことを馬鹿にしとく予定なの」

イリヤ先輩はさらりと返しながら、印刷機の魔力残量を確認する。

「ですが、陛下は裏の帝王と呼ばれる家の嫡男。敬称を使うのは当然です」

イリヤ先輩はわざとらしく溜息を吐く。

「今の僕は帝王じゃなくて生徒だよ。エドマンド先輩は“殿下”、ジュール先輩は“閣下”、ルーカスは“猊下”だったっけ?」

「はい。家柄に応じた敬称です。私は秩序を尊重しています」

「その秩序、ちょっと面白いね」

ルーカス先輩がにこにこしながら口を挟む。

「ルーカス、余計なことを言うな。ややこしくなる」

イリヤ先輩が低く咎める。

(……6年生の先輩って、妙に仲がいいよね)

僕はポスターの束を整えながら内心でそう感じた。


印刷機の魔力供給装置が静かに停止し、室内に一瞬だけ静寂が訪れた。そのタイミングで、生徒会室の扉が再び開く。

「失礼」

低く落ち着いた声が響く。入ってきたのは、生徒会会長――エドマンド・フォン・ヴァルデンブルク先輩。その後ろには書類の束を抱えたロビンがいた。

「ロビン、お疲れ様」

僕は思わず声を弾ませてしまう。ロビンが来ると、なんだか空気が柔らかくなる気がする。

「ふふ、ありがとうレオ。ポスター、綺麗に揃ってるわね」

ロビンは優しく微笑みながら、僕の手元に目をやる。

「……あんたには俺のことが見えないのかな、レオ?」

エドマンド先輩がわざとらしく肩をすくめて、僕の横に立つ。

「えっ、いえ、そんなことは……」

僕は慌てて頭を下げる。だけど、先輩の顔は冗談とも本気ともつかない笑みを浮かべていて、どう反応すればいいのか分からない。

(一年近く関わってるのに、エドマンド先輩の“冗談”はまだ見分けがつかない……)

「殿下は嫉妬なさっているのです」

クラウス先輩が真顔で補足する。

「嫉妬って言うなよ。俺はただ、レオがロビンにばっかり笑顔向けてるのが気になっただけだ」

エドマンド先輩は肩をすくめながら、どこか楽しげだ。

「それ、十分嫉妬って言うと思うけど」

イリヤ先輩が魔力供給装置の蓋を閉じながら、ぼそりと呟いた。エドマンド先輩はイリヤ先輩の言葉を無視してクラウス先輩に話しかけた。

「クラウスの殿下呼び、今も続けてるのか」

エドマンド先輩は肩をすくめながら、どこか楽しげに言った。

「当然です。殿下は皇族と遠縁の公爵家のご出身。敬称を省く理由がありません」

クラウス先輩は真顔で答える。

「じゃあ俺が“庶民代表”って名乗ったら、どうする?」

「それが公式に認められれば、呼称の見直しも検討します」

「冗談だよ、クラウス」

「冗談かどうかは、殿下の真意次第です」

「ほんと、君の律儀さには頭が下がるよ」

「殿下のご評価、光栄です」

(……生徒会メンバーって、個性強いよね)

僕はポスターの端を揃えながら、内心でそう思った。


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