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第二話:『いい案』は大抵面倒ごとの予感

明日、僕は会長に普通に怒られるかそれとも会長の無邪気で意味不明な提案を無理矢理飲み込まされるかという恐怖に怯えながら生徒会室に戻った。

(会長が説教すると普通に怖いんだよな……穏やかな人が怒ると怖いっていうやつ。かといって、前に校則違反者を取り逃した時はその人の似顔絵を描かされて、会長が先生に提出するはずだった書類を第一寮生に破かれた時は校内放送で晒されて……って感じの奇行には巻き込まれたくない……)


廊下を歩くたび、靴音は厚手の絨毯に吸い込まれ、静寂だけが耳に残る。見回りの終わりが近づくにつれ、肩の力も少しずつ抜けていく。

(とりあえず、煙草の箱は拾ったし……あとは生徒会室に戻るだけ)

そう思って角を曲がった瞬間、違和感が走った。廊下の突き当たりに見える、生徒会室の扉。その下から、ぼんやりと魔導製の明かりが漏れていた。

(……あれ?消した気がするけど……気のせいだったかな。いや、確かに消したはず……)

生徒会室にある魔導製の照明は魔力制御が必要で付けたり消したりが地味に面倒くさい。だからこそ、見回り前にちゃんと消したはずなのについているとなると妙に気になる。

(……誰か戻ってきた?それとも、僕の魔力制御が甘かった?……めんどくさい)

ため息をひとつ吐いて、扉の前に立つ。 明かりがついているだけなのに、なぜか足が重くなる。ランタンの灯を消し、そっと扉を開ける。

その瞬間、部屋の中からふわりと香るのはいつもの生徒会室の空気と、もうひとつ。何か、微かにインクと紙の匂いが混じっていた。

「うわ、びっくりした……って何だ、レオ君か」

机の下から、広報担当のロレンツォ・ジュリアーノ・ベリーニ先輩がひょっこり顔を出した。第三寮生の証である黄色のネクタイは外しており、明るい赤茶の髪が少し乱れている。手には何かを握っている。

「びっくりしたのはこっちですよ。明かりを消し忘れたかと思ったじゃないですか。ていうか、ネクタイしてないとか先生に怒られません?」

「忘れ物を取りに来ただけだから大丈夫でしょって今、必死に言い聞かせてる」

そう言って、先輩は手に握っていたフィルムをひらひらと見せてきた。

「明日、来月分の校内新聞の記事を一回、先生に提出しなきゃいけないのに、肝心な写真を撮ったフィルムを置いてきちゃってね。焦ったよ〜」

(この人、いつもチャラチャラしてるのに……こういうとこ、意外と真面目なんだよな)

ロレンツォ先輩はフィルムを机に置いたまま、ソファに深く腰を下ろした。

「で、見回りどうだった?」

「……煙草を吸ってた生徒がいて、逃げられました。証拠は拾いましたけど……」

「ふーん。まあ、頑張ったじゃん」

「ロレンツォ先輩、本当に助けてください。僕じゃ、どうにもできません」

先輩は少しだけ目を細めて、何かを考えるように天井を見上げた。そして、ふっと笑って言った。

()()()、思いついた。明日、手伝って」

「……え?」

「明日、昼休みに生徒会室集合ね。準備しとくから」

(……何をする気なんだろう。嫌な予感しかしない)


翌朝、教室の窓から差し込む朝の光が机の上に淡く広がっている。授業の開始を待つ時間、教室にはまだざわめきもなく静かだった。僕は席に座ってはいるもののノートを開いては閉じ、ペンを持っては置き、視線は教壇と時計を行ったり来たりしていた。

(……何をする気なんだ、ロレンツォ先輩。昨日の()()()って、絶対ろくでもない)

「レオ」

隣の席からロビンがそっと声をかけてきた。僕はびくりと肩を跳ねさせて、彼の方を向く。

「……はい?」

「ずっとそわそわしてる。どうしたの?」

「……いや、ちょっと……今日、生徒会で何かあるかもしれなくて」

「何、やらかしたのよ」

(なんで僕がやらかした前提なの……いや、今回は本当にやらかしたんだけど)

「第一寮生が煙草を吸ってたから注意したら逃げられた」

「あら、結構な重罪ね」

ロビンはそう言いながら僕の頭をそっと撫でた。その仕草にはどこか哀れみの色が滲んでいた。

(完全に憐れまれてる……実際、そうなんだろうけどさ)

「ロレンツォ先輩は会長と違って、突飛なことはそんなにしないから大丈夫だと思うけどさ……体力使うやつの確率、高いじゃん」

ロレンツォ先輩のお願いは大抵が校内掲示板の掲示物を貼ったり剝がしたりする作業だ。この学校は無駄に広くて、すべての掲示板を回るだけで軽く数時間はかかる。

(田舎っていうより、実家のあたりは家と家の距離が結構あるから、隣の人に会うためにはそこそこの距離を歩くか、空を飛ぶかくらいしないといけない。でも、それにしたって校内全体を歩くのはつらい)

掲示板の位置も、なぜか校舎の端っことか階段の踊り場とか『誰が見るんだここ』みたいな場所ばかりで、庶務の脚力が試される。ロレンツォ先輩は「運動になるし、いいでしょ?」って笑うけど、こっちは笑えない。

「罪の償いをロレンツォ先輩に手伝ってもらうのね」

「……見回りが終わった時に、たまたまロレンツォ先輩に会ったから」

「もし、掲示板関連だったら手伝うわ。私も庶務だし」

僕は思わず彼の横顔を見つめた。

「……天使か……?」

ロビンは頭を撫でる手を止めて、少しだけ口角を上げた。

「天使じゃなくて、お姐さまね」

(……違いはよくわからんけど。とりあえず、ありがたい)


授業が終わるチャイムが鳴ると、教室の空気が少しだけ緩んだ。ロビンは少し背伸びした後、立ち上がった。

「私はこの後も授業あるから、先に行くね」

「うん、頑張って」

ロビンは軽く手を振って、教室を出ていった。その背中を見送りながら、僕は自分のノートと教科書をまとめる。

(ロレンツォ先輩の()()()が昼休み中に終わるとは限らないし……できるだけ、課題を今のうちに進めておこう)


この学園では五年生になると時間割を自分で組めるようになる。 必修科目はぐっと減り、進路や興味に合わせて選択科目を自由に選べる。その代わり、課題の質と量は跳ね上がり、空き時間は自由というより試される時間になる。僕が選んだ選択科目は『魔法陣設計演習』、『魔力測定技術』、『魔法地図読解』、『魔法翻訳技術』、『魔法装備開発演習』。すべて、実家の仕事――魔法塔の管理業務に必要な知識だ。魔法塔は地域の魔力安定を司る重要な施設で、星の運行や気象、地脈の変動を常に監視している。塔を継ぐ者には魔力の周期や空間の構造、契約文の読解、装備の整備まで、幅広い知識と技術が求められる。必修科目も『魔法契約と多言語詠唱の実践』、『魔法陣解析と空間座標論』、『魔法職制度と法的枠組み』、『魔力環境学と自然干渉の理解』、『魔法表現と創作演習』、『魔力生活技術と持続可能性』、『魔力体術Ⅳと集団戦術演習』となかなかに重たい。

(来月が提出期限の『魔法翻訳技術』のレポート、今日中に少しでも進めておきたい……でも、どの資料が必要なのかまだはっきりしない。今は一旦置いておこう)

代わりに、今出された『魔法契約と多言語詠唱の実践』の課題に取りかかることにした。契約文の構造と詠唱言語の対応関係を整理する内容で、分量はそこそこある。けれど、やること自体は単純で教科書も手元に揃っている。

(量は多いけどやれば終わるタイプの課題だ。今のうちに進めておくのが正解)

この時間の図書室は一年生が『言語基礎学』の授業で使っていて、静かに勉強なんてできたもんじゃない。今学期が始まって数週間、そういう“騒がしさの傾向”はもう経験則で把握している。

(生徒会室なら今の時間帯は誰もいないはず。もし、先輩がいてもレポートの相談もできるし)

僕は資料とノートを抱えて、静かに教室を後にした。



生徒会室の扉をそっと開けると、柔らかな魔導照明の光の中に、見慣れない姿があった。漆黒の髪にルージュ色の瞳。胸元には第二寮生の証である緑のネクタイがきちんと結ばれている。生徒会の会計、イリヤ・アレクセーエヴィッチ・チェノフ先輩が机に向かって書き物をしていた。

「……えっ、イリヤ先輩?」

思わず声が漏れる。数週間の経験上、この時間帯の生徒会室には誰もいないはずだった。静かに課題を進めるつもりだった僕は思わぬ先客に一瞬固まる。

イリヤ先輩は顔を上げず、淡々と答えた。

「ん? ロレンツィオに仕事を押し付けられたから」

「この前、この時間は授業って言ってましたよね?」

「先生が風邪をこじらせたらしくて休講になったよ。そのことをさっきの授業の終わりに言われて、こっちもびっくりした」

イリヤ先輩はそう言いながら、肩をすくめた。横には教科書が積み重なっていて魔導紙の上には整理されたメモが並んでいる。

「それ、何の教科ですか?」

「『魔法契約と法制度演習』と『応用魔法解析学』。どっちも課題が細かくてね」

「……お疲れ様です」

「ありがとう。でも、今やってるのはロレンツォの仕事」

そう言って、イリヤ先輩は机の端に置かれた一枚の紙を指で押し出してきた。そこには見覚えのあるデザインが印刷されていた。

(……え、これ……)

思いっきり、昨日僕が拾った煙草の箱が描かれていた。しかも、背景の色使いやフォントの配置がどこかで見たことのある“煙草の宣伝ポスター”のオマージュになっている。

「ロレンツォが“忘れ物が見つかったからポスター作る”って言い出してね。“デザインは考えといたから、作っといて”って。僕は印刷係じゃないんだけど」

「……これ、昨日拾ったやつです」

「へぇ、そうなんだ。 “煙草の箱が落ちてたってだけじゃ誰も取りに来ないと思うけど広告風にしたら学校で煙草が買えるって勘違いした馬鹿が来そうじゃん?”って。まあ、目立つのは確かだけど……」

イリヤ先輩はポスターの端を見ながら、ぼそっと呟いた。

「著作権的に大丈夫かな……」

「それ、僕が貼るんですよね……?」

「多分。よろしく」

「……ですよね」

僕はそっと目を伏せた。昼休みにいい案の正体を知る前にすでに災害の予兆が始まっていた。イリヤ先輩は魔導紙に魔力を通しながらふとこちらを見た。

「手伝いたいけど、三限目に授業があるから手伝えない。ごめんね」

「いえ、気にしないでください。僕が貼りますから」

(……この人、一部の人が熱狂的な信者になってるけど、こういうところなのかな。それとも、家業の影響?)


イリヤ・アレクセーエヴィッチ・チェノフ。

帝国裏社会を牛耳る“マフィア貴族”の一族の出身。表向きは慈善事業や文化事業で名を馳せているが、裏では“皇帝の猟犬”とか“裏の帝王”と呼ばれている。皇族からの信頼も厚く、貴族たちは表向きに悪口を言えない。


(でも、こうして普通に謝ってくるあたり、信者が生まれるのもわかる気がする。 怖いより信頼できるが先に来るタイプだ)

僕は深く息を吐いて、課題用のノートを開いた。昼休みまでに少しでも進めておかないと。


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