Episode 16「誰もいない駅のベンチと、真夜中の“待ち人そば”」
惑星アリュメラの軌道駅。
かつては旅人と貨物で賑わったが、今では最終列車も来ない無人駅。
そこでグルモスは、静かに鍋を出していた。
風除けにしたベンチの背もたれ、少し傾いた街灯。
誰もいないはずの場所なのに――
「……なんか、“誰かを待ってる匂い”がするな」
彼が作るのは、
“待ち人そば”。
シンプルな昆布出汁に、銀河長ねぎと地星そばを合わせ、
香り立つ温かさにだけ心を込めた一杯。
誰かのためではない。
でも――
「来るかもしれない誰か」がいる気がして、彼は鍋を離れなかった。
やがて、音もなく一人の青年がホームに降り立つ。
ボロボロのバッグ、震える手、そしてどこか焦点の合わない目。
グルモスは声をかけない。
代わりに、そっと器を差し出す。
青年:「……誰かが来るのを、待ってたわけじゃないんだ。
俺が、ここに戻ってきたかっただけだ」
スープをすすりながら、ぽつぽつ語る。
「昔、ここで“誰かの作ったそば”を食べた気がするんだ。
それが、なんか、人生で一番……“生きてる”って思えた時間だった」
グルモスは答える。
「なら、もう一杯、作っていくか。今度はちゃんと“覚えてる”ように、な」
夜明け前。
青年は、すこしだけ背筋を伸ばして立ち上がった。
「……ありがとう、なんだっけ……?」
「俺? グルモスってんだ。筋肉で料理してる旅人よ」
「……なんか……いいな、それ」
駅には今日も列車は来なかった。
でも、鍋の底には“生きよう”という気配が、確かに残っていた。




