Episode 13「“笑わない星”で出会った、声の出ない少女とキャンドルパンケーキ」
惑星リネーア。
この星では、「感情」が存在しない。
生まれた時から全員、表情は無く、笑い声も涙もない。
文化も効率最優先。食事は栄養パック一択。
「……こんな場所にも、腹は減る」
グルモスが足を踏み入れたのは、星の外縁にある廃工場跡。
そこにぽつんと置かれた、動かない調理台と古びた鉄板。
そして――ひとりの少女がいた。
【少女:ミナ=ノート】
無表情で、声も出せない。
この星に唯一「料理の記録」を遺そうとしていた祖母の孫。
祖母が残したレシピは“パンケーキ”だけ。
でも、火を灯せず、焼けたことが一度もない。
彼女の夢は「一度だけでいいから、焼きたての香りを嗅いでみたい」。
グルモスは、黙って台を拭き、道具を並べた。
「パンケーキだな。任せろ、得意だ」
火が入る。鉄板が温まる。
だが、リネーアの空気は薄く、発酵もしにくく、香りも飛びやすい。
普通の方法では**“焼き上がらない”**。
グルモスは考える。
“笑わない星”で、“焼きたて”の奇跡を届けるには――
【彼が選んだのは、“キャンドルパンケーキ”】
油分を極力減らし、表面に風香樹の蜜蝋を使って薄くコート。
鉄板の下ではなく、上から溶かすように焼く逆アプローチ。
焼き色は控えめ。香りが消えない“タイミング”だけを狙う。
鉄板の上に、ゆらゆらと灯る、小さなキャンドルの火。
「これが……“味”になるんだよ」
ふわっと香る、甘くて優しい空気。
少女の目が、かすかに揺れた。
そして――彼女の口元が、ほんのすこし、上がった。
それはこの星で、誰も見たことのない“表情”だった。
パンケーキを一口かじる。
少女は声は出せないまま、
でも、はっきりと両手を合わせて、うなずいた。
ありがとう。
その手が、そう語っていた。
グルモスはパンケーキをもう一枚焼いて、彼女に渡した。
包み紙には、ひとことだけ――
「たまには、甘くていいんだぜ」
幕間 Episode「筋肉料理怪人を探しています 〜彼は今どこに?〜」
舞台は、銀河のどこかにある**「宇宙放送局GNN」**(グルメ・ニュース・ネットワーク)。
スタジオに響くのは、パーソナリティの元気な声。
「今、宇宙を旅する料理怪人“グルモス”が、各地で話題になっています!」
「“泣けるリゾット”“笑顔になるオムライス”“ぬるん革命”――」
「ですが!本人はノーコメントで次々と星を離れている模様!」
「いったい彼は、どこへ向かっているのか!?」
【ニュース終わりの一言】
「筋肉料理怪人グルモス――
彼は、星のどこかで“誰かの笑顔”を作っているのかもしれません」
「もしあなたが、忘れられない味に出会ったなら――
その向こうに、彼がいるかもしれませんよ?」
そしてその頃…
グルモスは、キャンプ用の小鍋でスープを温めながら、
星の裏側で静かに呟いていた。
「探されるほどのもんじゃねぇよ。俺はただ、誰かに“うまかった”って言われたいだけだ」
でも――
ふと、どこか遠くで、誰かの腹の音が聞こえた気がして。
フライパンを背負い、また歩き出す。