Episode 10「酔いどれ星ヴァースのほろ酔い夜と、記憶のスパイス」
旅の途中、グルモスがふらりと立ち寄ったのは――惑星ヴァース。
別名、“酔いどれ星”。
この星の空気には、微量のアルコール蒸気が含まれており、地表にいるだけで酔っ払うという奇妙な環境。
「……やべ、立ってるだけで頬が熱い……でも食材の香りはいいな」
酔いと戦いながら、彼は市場へと向かう。
【出会い:エール=ミュー】
ヴァースの地元民。ふわふわした耳と発酵香をまとう獣人少女。
小さな居酒屋「宙の泡」で店番をしている。
記憶が弱く、昨日のことはすぐ忘れてしまうが、“料理の味”だけは覚えている。
彼女の夢は、「一度だけでいいから、忘れたくない味に出会うこと」。
エール:「へぇ、あんた料理人? ねぇ、“絶対に忘れられない味”って、作れる?」
グルモス:「作れるかどうかはわからねぇ。
でも……忘れたくないって思う奴の顔、思い浮かべながら作れば――それは、きっと残る」
彼は市場で手に入れた“月光酒トマト”と“銀酵パン”を使って、ほろ酔いサンドを作る。
パンは甘く、トマトはほのかに酸っぱくて温かい。
酒の香りが喉にすっと抜けて、でも優しく寄り添う。
エール、一口。
――そして、涙。
「……ねえ。明日になったら、名前も顔も忘れちゃうと思う。
でも……この味は、たぶん、心の奥に残る気がするの。
“忘れたくない”って思ったの、初めてかも」
夜。
酔いも冷めた空の下、グルモスはふと空を見上げた。
「また一人、笑った顔、見ちまったな……」
そして、翌朝。
エールは彼の名を覚えていなかった。
でも、朝の厨房で――
同じ材料を、同じ順番で、同じサンドを焼いていた。