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「こんな時間にきてんじゃね〜よ。
みんな忙しいんだよ。
あんたみたいにヒマ人じゃねぇ〜んだよ。
イラつくんだよ」と思いつつ心配そうな表情を作ることも忘れない。
「おじゃましました。ありがとね」とやっとレジから離れてくれた。
おばあさんは後ろの行列にもすいませんねぇと声をかけてヨチヨチと帰っていった。
正確な時間はわからないがおばあさん1人の対応で10分以上はかかってしまった。
それからの矢波は「お待たせして申しわけありません」と謝りながら大急ぎの接客を余儀なくされた。
何人かの客から強弱はあるが嫌味のお言葉をいただいた。
俺が悪いんじゃね〜んだよと開き直りたい気持ちはあるんだけどできないでいる。
こういうところだ。
こういうことだからうだつの上がらない生き方をしなくちゃならないと自覚はしている。
この日のこんな客はレアケースだ。
多かれ少なかれちょっとしたトラブルはある。
そんな中でもかなり稀なことだ。
注意しなければならないことは高齢者よりも中年のおやじだ。
矢波個人の経験からするとなにかとイチャモンをつけてくるのが中年男だった。
明らかにハラスメントだ。
それがわかっていても言い返すこともなく曖昧な態度でいるだけの矢波だった。
そういった対応しかとれなかったのだが結果としてハラスメントおじさんは諦めたかのように店をあとにする。
矢波の反応が薄いからだ。
いつまでいても埒が明かない。
もうこれ以上クレームを言っても完全に時間の無駄だと諦めてしまう人と矢波に対して薄気味悪さを感じて退店してしまう人とに分かれる。
いつしかこののらりくらりの態度が矢波のクレーム対処法になっていった。
矢波敦はアルバイトではない。
正社員でもなく契約社員といったポジションだ。
正社員と違って仕事上ではそこまでの責任はない。
そしてそこまでのヤル気もない。
肩書きだけは店長代理となっている。
基本的にはこの店舗での勤務になるのだが他に2店の応援に借り出されることもある。
コンビニはアルバイトの力でもっている不安定な職場だ。
そのアルバイトに休まれてしまうと矢波がそのシフトの穴埋めに入らなければならない。
そうなると勤務時間が不規則になる。
その日の内に家に帰れないことだってある。
5,000円だけの手当てがついての店長代理。
働いた分の時給は支払われるが超過勤務になることもある。
店長はいる。
正社員になるので残業がない。
会社形態がフランチャイズ専門の会社で矢波もそこに雇われている。
コンビニ以外にも飲食店のフランチャイズ契約をしている。
結局のところ店長代理だけが大忙しで動き回ってることになる。
客からのクレーム、コンビニ業者とのやりとり、アルバイトへの気遣い(接し方を間違えると辞めてしまう)などで神経をすり減らすだけの毎日だ。
矢波は31歳になるが独身だ。
そして母親と暮らしているのでこんなブラックな職場でも働けているのかもしれない。
転職を試みたことがあったがうまくいかなかった。
本気で探すのならこの会社を退職してからじゃないと今の忙しさでは到底無理だ。
体もきついが心の疲弊も大きい。
それは十分にわかっているのだが踏ん切りがつかないままズルズルとすごしている。