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「え〜2,100円くらい?
えっ、違うの?
あっ、お財布はどこ?」
まとめて話すと覚えきれない?
今度は財布を取り出すためにまた鞄をゴソゴソ。
買いものにきたのなら料金の支払いは必ずある。
せめて財布を取り出しておくなりして事前に準備をしておいてもらいたいと矢波は思っている。
口には出してないが。
補聴器にしてもだ。
探しものはなかなか手こずっている。
目の届くところにも手が届くところにもないようだ。
だから大型の鞄をレジの上に置いた。
中に入ってる物をひとつずつ取り出していく。
そうやってレジの上に取り出していけば目的の財布も必ず見つけることができる。
理屈はわかる。
やたらと多いポーチ類や小型のノート。
あとは飴などのお菓子類。
意外だったのは最新のアイフォン。
取り出しながら「店員さんがね、勧めてきたんだけど使い方がわかんなくって」と解説つき。
なるほど、こうポーチ類が多いとどれが財布なのかわからなくなってしまう。
似たような色と形のものがいくつも出てくる。
あった、あったわと宣言されるまでいったい何分かかったんだろ?
「おいくらでしたかね?」と再度言われてやっと支払いを終えてくれた。
千円札を3枚受け取っておつりを渡すタイミングでなにやら話しかけてこられた。
矢波は曖昧な返事をして思わず愛想笑いまでする始末。
この対応が良かったのかおばあさんの話は続いていく。
おばあさんの背後にチラッと目を向けるとけっこうな行列ができている。
全員の目がいい加減にしろと訴えている。
矢波はどうすればいいのか迷うことになった。
こんなケースはマニュアルでは読んでない。
次のお客様が待ってるのでどいてくださいと言ってもいいのか?
なんとかハラスメントななりはしないか?
並んでる人の中からしびれをきらして「早くしてくれよ」と苛立ちを含んだ声が出た。
1人が声を上げると同意する他の人たちからも声が上がる。
本来は店側の人間である矢波が効率良くお客をさばいていかなければならない。
強く言い出せないのは矢波の性格でもあり痛恨のミスだ。
ブーイングがこれ以上大きくなる前にうまく処理しなければならない。
「あっ、あの、お客様、あの〜ですね。
後ろに並んでおりますので、その···」
なんともか細く言ってしまう矢波。
丁寧に言ったつもりだ。
さすがにおばあさんも事態には気づいた。
レジから離れようと一度出したポーチやらを鞄にしまっていく。
その動作は遅い。
矢波は「早くしろよ」と胸内で毒づいているが口には出せない。
手伝うこともできない。
許可もなく客の荷物には触れることができない。
見てる間だけでも内心ではいろいろ文句は言ってる。