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追加調査二日目の夜、いきつけのクラブ、ギャレットを訪れた。
「クーさん、お久しぶりじゃないの?」
出迎えたホステス、サキがいった。
「まやかは、いま別のお客さんに呼ばれてるわ」
青く赤く暗い店内の一点を見つめて、サキがいった。
「女はいいから、とにかく一杯くれ。腹も空いた」
「はいはい。相変わらず無愛想ね」いって、手を振り、若い女を呼ぶ。「ステラちゃん、頼むわ」
「はい。じゃ、いつもの席、こっちね」
ステラと呼ばれた若い娘に、一人客用の狭いテーブルまで案内される。
「じゃ、ほっときなさいってことだから、これでバイバイ」
飲み物が出るまでしばらくかかった。持ってきたのは、また別の女の子だった。食事だけは、まやかが持ってきてくれたが……。
「また、突然ね」
「商売繁盛してるかい?」
「そちらは?」
「忙しいだけは忙しい」
「今日は空きそうにないわね。泊まってく?」
「どうしようかな?」
「重役さんがお気に入りだから、帰っても朝になるかもしれないわね」
「そのときは寝てるよ」
「そう」
彼女の言葉が少しだけ気にかかったので、ソファから首をまわして、まやかのいたテーブルを盗み見た。
見なければよかったと思った。
F電子産業とW軽機械の部長たちがいた。傍らには、ボディーガードらしい男が二人。そのひとりは、肩幅の広い大男だった。
「重役って、どっちの方?」
「焼いてんの?」
「……確かに、ここはW軽機械の本社から近いな」
「あそこはヤバイわよ」
「うん、残念ながら知ってる」
W軽機械はF電子産業の下請けのひとつだった。テーブルには、その経理部長、束田道真がいたのだ。F電子産業からの参加は、廣世健児の直属の上司、第三開発部長の鹿山辰夫と、第四営業部長の下嶋の二人。
「あんまり待たせられないから、行くわ」
「わかった、ありがとう」
食事を持ってきてくれた礼を行った。
入れ替わりにサキがテーブルにやって来た。スパゲティ・ナポリタンの皿を持っていた。
「はい、これ」
「追加のオーダーは、まだしてないよ」
「腹空かせちゃった顔してさ、奢りよ」
「ありがとう」
どろどろのケチャップとハムの、なんともいえない安物の味が上手かった。
「料理長にチップしなきゃな」
札入れから、一枚取り出すと、
「貰っとくわ。作ったの、あたしだもの……」
すいとそれを手に取ると、魔法のように胸に仕舞う。ついでフォークを取り出すと、自分も一口ナポリタンを食べた。唇がオレンジ色に染まる。
「で、あの人たちはよく来るの?」
しばらくしてから、おれが訊ねた。首だけ、まやかのテーブルにまわす。
「ときどきね。最近は多いかしら……」
「いつも同じメンバー?」
「うーん、社長さんは来ないわね」
「社長と知り合い?」
「F電子産業の方のだけど……。内緒だけど、友だちの助っ人で他の店出たことがあるのよ。そのときにね。……ヒット商品出したから伸してきてるけど、あの部長、社長一派とは仲良くないみたい」
「ふうん」内紛だろうか?
「探ってるの?」
「いえ、単なる社会勉強」
「嘘おっしゃい」
「なんか聞いてる?」
「内緒話のときは、わたしたち、下がらすからね」
「そうか」
「でも最近、大きな契約したみたいよ。よく、わからないけど。それで、ちょっとピリピリしてるかな?」
そのとき店内が急に騒がしくなった。客のひとりが暴れだしたのだ。暗がりで見えにくいが、銃を持っているらしい。狙いは?
店の若い者たちが、すぐさま男を取り囲んだ。が、相手の銃を見て竦んでしまう。その隙に、男はまやかのテーブルに近づいた。女たちが悲鳴を上げる。蜂の巣を突いたような喧騒となった。じりじりと、男がさらにテーブルに近づく。W軽機械経理部長の束田道真に銃口を向ける。だが、ピタリとは合わない。わずかに手が震えていた。
肩幅の広い大男、おそらく成澤敏哉は、そのときすでに席にはいなかった。
だから、おれは腰を上げなかった
パン!
両手をクラックさせた、大きな音が聞こえた。
銃を持った男が、吃驚して音の方を向く。
すかさす、男の背後にまわった成澤が飛びかかり、銃を持った手首を掴む、捻る、ぐるりとまわす。骨のねじ曲がる厭な音が聞こえ、床に落ちた銃がくるくると絨毯を滑った。
「おれ、退散するわ」
興味津々といったようすで、ソファから半分顔を覗かせて成澤の活躍を見つめていたサキに、おれはいった。
「え?」
「勘定は付けといてね」
勝手知ったる裏口を抜け、おれはそそくさと店を後にした。
おれの常連席は裏口に近い。だから、いつもそこに席をとるようにしているのだ。