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きれつ  作者: り(PN)
9/15

 追加調査二日目の夜、いきつけのクラブ、ギャレットを訪れた。

「クーさん、お久しぶりじゃないの?」

 出迎えたホステス、サキがいった。

「まやかは、いま別のお客さんに呼ばれてるわ」

 青く赤く暗い店内の一点を見つめて、サキがいった。

「女はいいから、とにかく一杯くれ。腹も空いた」

「はいはい。相変わらず無愛想ね」いって、手を振り、若い女を呼ぶ。「ステラちゃん、頼むわ」

「はい。じゃ、いつもの席、こっちね」

 ステラと呼ばれた若い娘に、一人客用の狭いテーブルまで案内される。

「じゃ、ほっときなさいってことだから、これでバイバイ」

 飲み物が出るまでしばらくかかった。持ってきたのは、また別の女の子だった。食事だけは、まやかが持ってきてくれたが……。

「また、突然ね」

「商売繁盛してるかい?」

「そちらは?」

「忙しいだけは忙しい」

「今日は空きそうにないわね。泊まってく?」

「どうしようかな?」

「重役さんがお気に入りだから、帰っても朝になるかもしれないわね」

「そのときは寝てるよ」

「そう」

 彼女の言葉が少しだけ気にかかったので、ソファから首をまわして、まやかのいたテーブルを盗み見た。

 見なければよかったと思った。

 F電子産業とW軽機械の部長たちがいた。傍らには、ボディーガードらしい男が二人。そのひとりは、肩幅の広い大男だった。

「重役って、どっちの方?」

「焼いてんの?」

「……確かに、ここはW軽機械の本社から近いな」

「あそこはヤバイわよ」

「うん、残念ながら知ってる」

 W軽機械はF電子産業の下請けのひとつだった。テーブルには、その経理部長、束田道真がいたのだ。F電子産業からの参加は、廣世健児の直属の上司、第三開発部長の鹿山辰夫と、第四営業部長の下嶋の二人。

「あんまり待たせられないから、行くわ」

「わかった、ありがとう」

 食事を持ってきてくれた礼を行った。

 入れ替わりにサキがテーブルにやって来た。スパゲティ・ナポリタンの皿を持っていた。

「はい、これ」

「追加のオーダーは、まだしてないよ」

「腹空かせちゃった顔してさ、奢りよ」

「ありがとう」

 どろどろのケチャップとハムの、なんともいえない安物の味が上手かった。

「料理長にチップしなきゃな」

 札入れから、一枚取り出すと、

「貰っとくわ。作ったの、あたしだもの……」

 すいとそれを手に取ると、魔法のように胸に仕舞う。ついでフォークを取り出すと、自分も一口ナポリタンを食べた。唇がオレンジ色に染まる。

「で、あの人たちはよく来るの?」

 しばらくしてから、おれが訊ねた。首だけ、まやかのテーブルにまわす。

「ときどきね。最近は多いかしら……」

「いつも同じメンバー?」

「うーん、社長さんは来ないわね」

「社長と知り合い?」

「F電子産業の方のだけど……。内緒だけど、友だちの助っ人で他の店出たことがあるのよ。そのときにね。……ヒット商品出したから伸してきてるけど、あの部長、社長一派とは仲良くないみたい」

「ふうん」内紛だろうか?

「探ってるの?」

「いえ、単なる社会勉強」

「嘘おっしゃい」

「なんか聞いてる?」

「内緒話のときは、わたしたち、下がらすからね」

「そうか」

「でも最近、大きな契約したみたいよ。よく、わからないけど。それで、ちょっとピリピリしてるかな?」

 そのとき店内が急に騒がしくなった。客のひとりが暴れだしたのだ。暗がりで見えにくいが、銃を持っているらしい。狙いは?

 店の若い者たちが、すぐさま男を取り囲んだ。が、相手の銃を見て竦んでしまう。その隙に、男はまやかのテーブルに近づいた。女たちが悲鳴を上げる。蜂の巣を突いたような喧騒となった。じりじりと、男がさらにテーブルに近づく。W軽機械経理部長の束田道真に銃口を向ける。だが、ピタリとは合わない。わずかに手が震えていた。

 肩幅の広い大男、おそらく成澤敏哉は、そのときすでに席にはいなかった。

 だから、おれは腰を上げなかった

 パン!

 両手をクラックさせた、大きな音が聞こえた。

 銃を持った男が、吃驚して音の方を向く。

 すかさす、男の背後にまわった成澤が飛びかかり、銃を持った手首を掴む、捻る、ぐるりとまわす。骨のねじ曲がる厭な音が聞こえ、床に落ちた銃がくるくると絨毯を滑った。

「おれ、退散するわ」

 興味津々といったようすで、ソファから半分顔を覗かせて成澤の活躍を見つめていたサキに、おれはいった。

「え?」

「勘定は付けといてね」

 勝手知ったる裏口を抜け、おれはそそくさと店を後にした。

 おれの常連席は裏口に近い。だから、いつもそこに席をとるようにしているのだ。


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