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「朝からもう一件頼まれてくれないかな?」
伊達たちの正体は見当がついたが、一応櫻庭に確認してみた。
「いいよ。どうせ、あれから眠れなかったんだ」櫻庭が答えた。
人探し依頼の件も伏せずに、ただし名前は出さずに用件を伝えると、すぐに返事が返ってきた。
「八雲会だな。もともと土建屋上がりのヤクザだ。バブル後は、いろいろと手を伸ばしているみたいだが……。ええと」
携帯の向こうでマウスをクリックする音が聞こえた。
「細い男は三枝邦之かな、昔、フェンシングの全国大会に出たこともある。そのときは二位だった。その後は深く潜行。傷害事件を起こして、伊達に拾われる。二年前のことだ」
「彼らの目的は何だと思う?」
「人探しだろ、高久チャンがいってたように」
「あのなあ……」
「社員が行方不明になったっていうけど、研究所の方では、特に騒ぎは起きてないな。……ちょっと待ってね」
またクリック音。静寂。キーボードを叩く音。今度は長い。
「名前を教えてくれない?」
「できれば、いいたくない」
「もうわかってるんだ。確認のためだよ」
「廣世健児」
「出向してるな、Tソフトウィルに……。約一月前からだ。それで騒ぎにならなかったんだろう」
その情報は、おれも得ていた。さすがは櫻庭だ、と思う。
最近は仕事が立て込んで、毎月確認しているわけではなかったが、定期的に廣世の状況は把握するようにしていた。なんといっても、この世界でただひとり、おれと繋がりのある男なのだ。だが結婚後は、気後れからか、いくらか遠慮気味のところもあった。夫婦仲が円満だったから、おれの知っていた友人には、もう戻らないような気もしていた。
その矢先の失踪だ。
おれは気を取り直し、確認の意味も込めて、質問した。
「その会社は?」
「ソフトウェアの受注生産を生業としている。……ええと、でもそれは最近の話だな。元はセンサ屋で、工業用塩分計とか、亜硫酸ガス計測系とかを製造販売していた。今でも主要商品だ」櫻庭が続けた。「Tソフトウィルで最近確認されている他の事件は、えっと、停電騒ぎくらいだな。でも、これは関係ないか?」
「何でも詳しいね」
「金かかってますから……」
「で、出向理由は?」
「そこまではわからないな」
「退くねえ」
「でもたぶん、ソフトウェアの開発支援だろう。他にあるとも思えない。F電子産業の極秘開発プロジェクトは現在七つ。規模には大小あるけど……」
「早朝の件との係わり合いは?」
「さあね? それを調べるのは、高久チャンの仕事だろ……」
それは、そうだった。
「しかし、何を開発するにせよ、F電子産業は何故自分のところでやらないんだ? 技術者だって大勢いるだろうに……」
「優先順位が低いんだろう? それに時代はリストラ。さらに給料が上がらなければ、優秀なものから辞めてくよ」
「人が足りないのか? 一部上場企業なのに……」
「本当のところは、いつも謎さ。人の心でも会社でも」
行き詰まりか……
「何かわかったら、連絡してあげよう。じゃ、また」
いって、櫻庭は携帯を切った。