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きれつ  作者: り(PN)
3/15

 アパートはF電子産業から歩いて五分ほどの位置にあった。

 依頼を受けたときの記憶は曖昧だが、その事実が頭にあって、それで調査を引き受ける気になったのだろう。依頼人が、実は不幸そうな美人だったという理由ではなく。

 脅しは受けていたが最寄駅までの通り道なので、F電子産業の敷地の脇を歩いた。当たり前だが塀しか見えない。この中で、いったい何が起こっているのか? 

 頬の傷を気にしながらとぼとぼ歩く。携帯が鳴った。出る。

「もしもし」

「わかったよ」

 櫻庭からだった。

「ご所望の人物は、福徳通販っていうヤクザの若手幹部で、名は成澤敏哉……だと思う」

「速いね」

「写真も手に入ったから送っとこう」

「ありがとう」

「現在はF電子産業にも出入りしているらしい。情報欄にはクエッション・マークがついてるがね。だから、直接雇われたんじゃないかもしれない」

「間接的に、おれを脅すために」

「いや、まさかね。単に非公式のボディガードとしてだろう。最近、危ない橋を渡ったんじゃないのか、F電子産業は? そっちの情報は掴んでないが……」

「ふーむ」

「いまはそれだけ。……じゃ、またいずれ」

 携帯が切れた。

 悩むことがたくさんあった。

 状況からみて、F電子産業が二重帳簿をつけているのは間違いないだろう。あるいは他の粉飾決算を計画しているのか? 人にはいえない何かを買ったか、投資したか? 株主総会の時期を考えればまだ余裕はあるが、社内のチェック機構が目を光らせているようでは、誤魔化し続けるのは難しいだろう。その意味では、会社自体は健全なのかもしれないが……。

 しかし、おれや社内調査担当者が黙るか死ぬかすれば、その状態を維持できない。話がまったく変わってくる。

 やっかいごとを拾ってしまったのかね、また?

 おれ自身の能力で?

 すうっと記憶が過去に遡る。

 偶然が重なり過ぎているのだ。この調査に関しては……。

 そもそも、おれの事務所に今回の調査依頼が舞込んだのは偶然ではない。コネを駆使して、おれが仕向けたのだ。だから他の保険事務所も同時に調査しているかもしれないが、幸いなことに、まだ克ち合ってはいない。

 この調査を引き受けることにおれが拘ったのは、簡単にいえば、友人が失踪したからだ。

 おれのことを憶えていない友人。おれのことを、いつか思いだすかもしれない友人。

 廣世健児はおれと同じ対TEAR兵士で、おそらく未来からこの過去に飛ばされた。

 あのときの情景がまざまざと目の裏に浮かぶ。

 攻撃されたのは月面だった。月面のドームシティ、軍施設、リクライニング・ルーム。寛いでいたのだ、おれたちは。敵からの攻撃は、この四日間なかった。気配もまったく探知されていない。前回の総攻撃で、それまで掴んでいた敵基地を徹頭徹尾殲滅した。もともと岩だらけの月面が、さらに岩と痘痕だらけになった。対電子用超電磁ビームで追い討ちもかけた。たとえ電子知性が残っていたとしても、百年前のCPU以下の働きしかできなかっただろう。敵の動きは完全に止まった。ここしばらくは、この方面での作戦展開はないだろうと、基地内の誰もが思っていた。

 だが――

 リクライニング・ルームには六人の仲間がいた。コンバットスーツは着用していたが、コーヒーも飲んでいた。談笑さえ聞こえて……。

 突如、ズウウンと激しい地鳴りがやってきた。警報が基地内に響き渡る。ドームシティのドームが割れ、空気がシュウシュウと月面に吸い出された。爆発音。建物が崩れる。悲鳴。ほんの一瞬の出来事だ。

 崩れたコンクリートの建物の向こうに敵の複合体が見えた。そのときは巨大なボールのようだった。複数の触手を生やした、鈍い銀の塊。

 兵士たちは、すでにヘルメットを被り、臨戦体制に入っていた。が、間に合わない。激しいエネルギービームで直撃される。目の裏が真っ白になり、吹き飛ばされた。気を失う寸前、しかし違う世界に飛ばされたのを知った。死んだのではなさそうだった。その時点では兵士は四人まで確認できた。さらにドーンと飛ばされる感覚。頭がきりきりして、気を失った。

 目覚めたときには二人だった。あとの二人は死んだのか、さらにどこか先にまで飛ばされたのか?

 この世界に定着した二人のうちひとりは致命的な記憶障害を蒙っていた。

 だから、新しい人生を生きるしかなかった。

 その男の名が廣世健児。

 知能自体に問題はなかったので、新しい世界に適応させた。

 おれは過去を話さなかった。おれは友だちだと名乗らなかった。記憶が戻れば、いやでもおれに気づくと確信して……。

 だが、まったく違う過去だったような気もする。

 単に、多世界を並行移動させられただけなのかもしれない。

 記憶が掻き乱され、映画の一部のようにも感じられた。

 すべてが曖昧になってゆく。

 別の過去、おれの記憶上の過去では、敵は異星人だった。彼らは交易を目的にやってきた。丸いボールのような宇宙船に乗っていた。 姿を見たものはいない。声を聞いたものもない。

 彼らが欲しがったのは過去の記憶だった。もしかしたら未来の記憶だったのかもしれない。

 文書で人身売買を要求してきた。

 歯向かおうとした人類の一部は武装解除され、それでも異星人は友好的に取引を進めた。

 志願者が納得ずくで売られるまでに国がひとつ滅びた。それでも志願者は後を絶たなかった。結局、千五百人の老若男女が商取引され、人類はエネルギー代謝装置を手に入れた。今後千五百年は、クリーンな安全エネルギーを得ることができる。作動原理は不明だった。絶望した科学者の自殺がしばらく続いた。しかし地球上の混乱には関心を持たず、異星人は去った。『また、来ます』という友好のメッセージを残して……。

 あのときの記憶もありありと思い出すことができる。

 エネルギー代謝装置は全部で十台あり、すでに滅びた大国亡き後の後の人類の勢力分布により、各地区に按配されていた。有効利用できれば平和な世の中が訪れたのかもしれない。

 だが、歴史はなるように動いた。

 おれの仲間は六人いた。電子的に強化された武装兵士のチームだった。貧富の差があればテロは起こる。ゲリラは生れる。どちらの側につくかは、環境の差だけかもしれない。

 異星人によりTEARと名づけられたエネルギー代謝装置への攻撃は、予想を反して地下から行われた。

 異星人は先の取引に際して保護フィールドSPITの商談も進めていた。が、如何せん、通貨となる志願者の数が少なかった。TEARの数を減らして保護フィールドを購入しようという案も出されたが、国連会議により公式に却下された。それで敵にも付け入る隙があったのだ。

 ズウウンという音がおれたちのいた兵士待機室の真下から聞こえた。と、思うまもなく、コンクリートの地面を割って、地底戦車が出現した。TEARのエネルギー供給により、ある国で開発され、先日盗まれた試作機のうちの一台だった。その国とこの国の間には国交がない。情報だけはリアルタイムで流れていたが……。上層部は油断していた。高を括って、危機管理を怠ったのだ。

 もう一台の地底戦車はTAERの設置されたフロアに出現した。

 それを破壊するために……。

 待機室に置かれた監視モニタがその映像を映していた。

 おれたちは二班に分かれ、おれのチームはTEARに向かった。

 地底戦車は、もともと武器を積んでいない。だが、現われた地底戦車は武装していた。つるんとした姿形に似合わない、ゴテゴテした急拵えの銃器群。まるで塚に絡まった茨のように不恰好だった。それが火を噴く。

 おれたちはeatを駆使して、敵の電子装置にアタックした。思いの外簡単に浸入は成功し、地底戦車の動きは止まった。だが、銃は手動だ。戦車の脇腹にぽっかりと孔が空き、敵兵士がばらばらと出てきて、散開・配置。休みない攻撃を続ける。敵の目的がTEARの制圧ならば手はあったかもしれない。だが、目的が破壊では防ぎきれない。

 仲間のひとりが敵のキャノンで吹っ飛んだ。手足がちぎれて飛んでいく。おれたちも敵を倒した。スピードは速く。

 だが、キャノンの方向は変えられなかった。

 人類製の防御フィールドを破り、TEARに弾が当たった。

 瞬間、全員が凍りつく。

 小さな火花が散って、そのあと、ピカッ!

 目の裏まで真っ白になった。


 その記憶でも残ったのは二人。おれと廣世だった。


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