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きれつ  作者: り(PN)
13/15

13

 一瞬のうちに、そこは阿鼻叫喚の地獄となった。北極の浮遊施設に、サイボーグ化された鯨が突っ込んだのだ。衝突が回避できない距離まで、レーダーには何も映らなかった。TEAR同盟の科学力は、そこまで進歩していたのだ。

 種々の理由によって知性を与えられた動物・魚類たちの集団。知性は理性を生み、さらにぐるっとまわって憎しみを育てた。ペットの集団が飼主を噛み殺し、人類をドームシティ内に追いやった。少子化が進んだ人類に対し、保護された動物たちの数は段違いに上まわる。研究用の亜種、遺伝子発掘された旧種、接合された現存種など、種類も枚挙に暇がなかった。

 おれたち兵士は必死に防戦した。

 だが、海豚が鳥が魚がさまざまな武器となり、次から次へと繰り出してくるのだ。

 やがて、最後の決断がなされることになる。

 たとえ、このドームシティが破壊されても、人類にはまだ数十のドームシティが残っている。もはやここを救えないのならば、少しでも多くの非人類、TEARたちを道連れにして死んでやるのだ。

 それは愚かな決断だった。だが誰も、次元開放爆弾への点火を止められなかった。

 制御されたマイクロブラックホールを起爆剤とし、プランク次元から、時空の泡を増幅させる画期的な殺戮兵器。爆弾が作用した付近一帯は、時間と空間が制御できずにすべて入り混じり、十のマイナス四十三秒以内に、すべての物質が死に絶えるのだ。

 おれたちのチームは六人いた。爆弾守護任務のため、それにもっとも近い位置にいた。

 目の裏までが真っ白になり、そして、感じる間もなく時空を遥かに吹き飛ばされた!


 成澤俊哉に起こされる前に目が覚めた。

 微かに右脳が共鳴したのかもしれない。

 それとも単に勘が働いただけか?

「こちらへ……」

 ジャガーが入っていったのは、建設途中の都内の病院だった。W軽機械本社から程近い。

「こんなところと関係があったのか?」

「口を噤んでいてください」

 地下の駐車場から、職員専用エレベーターで上に昇った。

「F電子産業は、医療器械も多く手懸けていたっけな」

 おれの背中にぴったりと銃をつけて歩く成澤に、おれはいった。

「けれども、実際の装置や精密部品の大半を製作しているのはW軽機械だ。……相当な金が動くんだろうな?」

「大したことはないでしょう」

「形だけでも目隠しした方がよかったんじゃないか?」

「あなたは眠ってましたからね。ここが何処だか、たぶんわからないでしょう」

「なるほど」

 特殊な経路を辿っているのか、誰ともすれ違わずに、成澤はおれを連行した。

「まるで秘密基地だな」

「実際そうですよ。……おそらくあなたは、あなた自身としてここを出られないでしょう?」

「その心は? まさかバラバラに切り刻まれるんじゃないだろうな……」

「さてと、着きましたよ」成澤がいった。

 おそらく感熱センサが感知したのだろう。おれたちが前に立つとすぐ、観音開きの扉が開きはじめた。リールの擦れる音がする。

「困った御仁をお連れしました」

 部屋に入り、扉が完全に閉まったところで、成澤がいった。部屋の奥に呼びかけるといった按配だ。

「了解した。奥の部屋まで連れてきてくれ」

 知らない男の声が聞こえた。殺風景な、窓のないその部屋の奥に、さらにまた部屋が隠されているらしかった。部屋の隅では監視カメラが動いている。おれたちの動きと連動して、わずかずつ、確実に……。

 今度は極めて普通に見える、どこにでもありそうドアが内側に開かれると、武装した集団と白衣の男が出迎えてくれた。五名の特殊部隊員たちが構えた電子照準機能付のライフル銃は、一ミリの狂いもなく、ぴったりとおれの胸を狙っている。

「ようこそいらっしゃいました、高久さん」白衣の男がいった。ついで成澤に鋭く視線を移し、「ご苦労だった。下がってよい」

 おれの背中から銃の感触が消え、成澤が部屋の隅まで移動した。振り返って見ると、ちょっと肩を竦めたようだった。

「気が抜けたかい?」

 もちろん成澤は答えなかった。

「さて、高久さん」白衣の男が続けた。「あなたの身柄は、当方でしばらく預かることになりました」

「軍の特殊部隊員が民間人の誘拐とは、どっかの国の手口みたいだな。……もっとも、ヤクザの幹部も兼ねているんだから当然か?」

「あなたは、わざわざ面倒に首を突っ込んでしまわれたんです」

「F電子産業は、確かに軍事用コンピューターを製作・納入している。医療用設備も、だったな」

「落札は適切ですよ」

「そりゃそうだろう、税金を使ってるんだからな。疑っちゃいないさ」

 成澤のジャガーのダッシュボードに無線機が隠されていたことには気づいていた。eatが感じたのだ。そして無線機の機種を確認したeatは、すぐにそれが防衛軍陸上部隊のものであることを確認した。話がだんだん繋がってくる。そうこれは、複雑に絡まり合ってしまった単純な事件だったのだ。

「廣世を返してもらおう」

「あなたが、廣世健児の友人だったという事実はありません」

「あんたたちが知らなかっただけだろう」

「高久さん、あなたがこのアメリカの七十番目の州、日本に現われてから約二年だ」

「生れたのは、三十年前だぜ」

「記録上はそうなっていますが、それ以前のあなたを知っているものは誰もいない」

「調査が杜撰だったんだろう。そんなことじゃ、保険調査員は勤まらんよ」

 右脳がわずかに共鳴している。もしかすると、それは?

「とにかく奥の部屋に進んでもらおう」急に威嚇的な言葉遣いになって、白衣の男がいった。「こちらへ」

 男は部屋の奥のドアを開き、おれに中に入るように促した。ライフル銃を構えた特殊部隊員たちもついてくる。半ば予想したように、その部屋の半面はガラス張りの壁になっており、その向こう、奇妙な装置が覆い被さった寝台の上に廣世がいた。

「われわれが、広瀬健児の不思議な脳細胞を発見したのは偶然だった」白衣は続けた。「高久さん、あなたもご存知のとおり、廣世健二はSQUIDを利用した脳波検波器のデータ解析ソフトをW軽機械より依頼され、作製していた。装置のプロトタイプができあがった時点で、Tソフトウィルの社員数名とともに、自分も被験者となり、ソフトの性能を評価した。最初は何の反応も現れなかった。だが、しばらくして奇妙な脳波が検出された」

「廣世は脳腫瘍だった。本人もそれを知っていたよ。それがソフトの解析機能を狂わせたんだろう」

「それでは、現象の理由が説明できない」

「現象とは?」

「廣世健児がソフトを修正しながら数回目に被験者となったとき、彼がいた研究室でそのとき稼動していたすべての電子機械が暴走した。その場に成澤がいたんだ。一部防衛軍幹部が絡んでいると疑われる受諾収賄疑惑を内密に調査していた彼は、その日、W軽機械の開発部員としてTソフトウィルを訪れていた」

「とても奇妙な体験でした」静かに成澤が口を挟む。「部屋にあった電子機器が、いっせいにみんな狂ってしまったんですからね。一瞬ですが、照明も落ちました。後で調べたところでは、Tソフトウィル全社の電子機器も、そのとき暴走してしまったらしい」

「大げさな……」

「成澤から報告を受け、われわれはその現象に興味を抱いた。上手く使えば、軍事利用できるに違いないと考えてな」

「想像力が旺盛だな。それで廣世を攫ったと?」

「いや、われわれには彼を攫う気などなかった。しかし彼が目覚めないので、治療させてもらうことにした」

「それで強制入院か? 家族にも知らせず。……よく他の社員たちにばれなかったな」

「それは、成澤が取り計らった」

「幸い、その研究室には、わたししかいなかったもので……」

「もうひとりの担当者がいただろう。装置稼動ソフトを依頼された?」

「装置は、すでに動く状態にあったんですよ。遅くはないが定時後でしたし、彼は先に帰りました」

「もしかして、あんたが来たことも、他の社員は気づいてないと?」

「誰にも会わなかっただけです」

「ものはいいよう、ということか……」おれはため息を吐いた。「それで、この病院に運び、身体検査をしたわけか?」

「電子装置の撹乱現象は、いまも続いて発生可能だ。廣世健児の脳波を増幅しさえすれば」

「だが、あんたたちには制御できない」

「映像信号に変換することは、数回できた。偶然かもしれんが……。画面はザラついていて、まるでパニック映画の一場面のような情景がモニタに映し出された」

「悪夢だよ、廣世のね」

「しかし、われわれには判断できん」

 そのとき、ズズッと横滑りするような感覚がおれを襲った。時間が横に流れるような感覚。白衣の男や防衛隊員たちの姿が、めまぐるしいスピードで移り変わり、ぐにょぐにょになり、まわりの空間もぼやけ、時間と空間が入れ替わっているように蠢いた。

 そして、右脳がびりびりと共鳴していた。

 びりびり、びりびり、びりびり……

 光が闇となり、闇が線になった。行き所を失った光が面に変わり、三方向の時間立体が線に展開して、ぐるぐるとまわりながら時空に裂け目を作った。

 ポーン。

 歪み、砕けた、時間亀裂から、ボールがすっと現れる。

 ポーン。

 意志を持ったように、こちらに向かってくる。

 ポーン。闇の爆発!

 そして、瞬時にすべてが前の世界に定着された。

「なんだ、あれは?」白衣の男が大声で叫んだ。

 防衛軍の特殊部隊員たちも、全員それを見た。

「撃て!」

 命令とともに、一斉射撃が開始される。だがボールのエネルギーの前には、おもちゃも同然だ。

『逃げろ!』声が聞こえた。『高久、早く逃げるんだ!』

『廣世か?』

 eatの能力で、おれは声と交信した。が、ガラスの向こうを見遣っても、廣世は身動ぎさえしていない。

『時空の不安定さが、この世界を消滅させようとしているんだ』

 頭の中で廣世が叫んだ。

『とにかく逃げろ。ここから立ち去れ!』

『逃げろたって、何処へ逃げればいいんだ』おれも叫んだ。『この世がなくなっちまったら、おれには行き先なんてない』

『そうか! ならば、戦え! おれも力を貸す』

『おう、そうか! そうこなくっちゃな。おれたちは兵士だった!』

 成澤はおれを連行してきたとき、おれを武装解除しなかった。そして成澤が連行してきたということで、特殊部隊員たちからの武装解除も免除された。

 おれは胸の内ポケットからエネルギー収束銃を取り出すと、めまぐるしく揺れ動く時空の中で狙いを定め、銀色に輝くボールを撃った。

 反跳!

 ひときわ激しく、おれが弾き飛ばされる。

 銃弾は正確にボールに当たった。

 ボールが歪む。

 ゴムのようにぐにゃりと広がり、一瞬、さらに広がり、そして――

 意識が跳んだ。

 この技術が解析できれば、わたし、墨田武は、軍内部で発言力を増すことができるだろう。調査項目は、あくまで受託収賄疑惑だ。他に事実を知るものはいない。官民上がりの陸相が、合衆国統合前の癖を出し、利益を得ようとしたのが、結果的に幸いしたのだ。〈チ〉W軽機械の束田経理部長が、それ以前から懇意にしていた官民上がりから話を受け、家庭用健康センサのヒットで舞い上がっていたF電子産業第三開発部長の鹿島に狙いを定めた。〈ガ〉下嶋は、実は実力のない前社長の遠縁だ。本人も、自分がこの仕事に向かないのは自覚している。〈ウ〉営業部のほとんどの人間は、現在の社長の息がかかっていたが、鹿島の学生時代からの腰巾着だった第四営業部長の下嶋だけは、鹿島からヒット商品を任された経緯もあり、鹿島に恩義を感じていた。〈、〉そこに成澤を派遣した。耳の早い情報通の暴力団幹部が噂を聞きつけた形にして、裏金の移動を任せてくれと持ちかけたのだ。〈コ〉仮契約書が交わされた後だったので、鹿島にも断ることはできなかった。ただしそれだけでは弱いので、別途脅しもかけておいた。〈レ〉福徳通販は特殊部隊の隠れ蓑だ。もっとも雇われ社長は、本当の会長がわたしであることを知らない。〈ハ〉今回の、これまででただひとつのミスは、Tソフトウィルの吉川準に、廣世の秘密を知られてしまったことだ。〈オ〉彼は実直勤勉な人間過ぎた。放っておけば、わたしの計画は即刻、防衛軍研究所に移管されてしまうだろう。〈レ〉それだけは、なんとしても避けたかった。〈ジ〉勘のよい吉川は昨日会社を欠勤し、家にも帰らなかったが、彼の所在を見つけることなど、わたしには赤子の手を捻るように簡単だった。油断させるために、早朝の会社に彼を呼び出し、話をつけようとした。〈ャ〉いま思えば、すでにその時点で気が動転していたのだろう。彼にはTソフトウィルの秘密情報を盗み、失踪、という形を取らせるつもりだった。〈ナ〉だが結果、口論の末、わたしは彼を殺してしまった。〈イ〉わたしには吉川の死体を担いで会社を出る危険は冒せなかった。〈!〉ひとりで車に向かう途中でさえ、迷惑な、早起きの犬好きどもとすれ違う危険を冒さなければならなかったからだ。

 ちがう、これはおれじゃない!

『そうだ、それはお前じゃない!』

 廣世の声が右脳にびんびんと鳴り響いた。

 とたんに、現実がおれの前に帰ってきた。

 ボールは、すでに元の形に戻っている。

 ポーンと大きく爆ぜると、白衣の男、隅田武に憑依パゼストした。

 墨田の身体が内側から大きく膨らむ。服が裂け、剥き出した皮膚に亀裂が走り、噴出した血が瞬間的に固まって、真っ赤な装甲に変化した。

 形相も、悪鬼のように凄まじい。

 近くにいた特殊部隊員の首を掴むと、根元からすっぽりそれを引き抜き、おれに向かってぶち投げた。おれは避ける。事態の把握もならず、仰天した他の特殊部隊員たちが、電子照準機能付ライフルを、めちゃくちゃに墨田に向けて連射した。弾のほとんどは当たったが、すべて装甲に跳ね返された。反跳弾が、部屋の壁にめり込んだ。廣世のいる部屋に通じる大きなガラス壁にも、数発当たった。耐え切れず、ガラス壁がバリンと割れる。いまや怪物と化した墨田は、特殊部隊員たちを薙ぎ倒し、おれに迫ってきた。

 おれは冷静に狙いを定めて、銃を撃った。

 命中!

 墨田の身体が内側から爆発する。破片が壁を砕く。ガラス壁を割る。

 中から、ポーンとボールが飛び出してきた。

 瞬時、考え、成澤に憑りつこうとする。

「逃げろ!」おれは叫んだ。

 銃を構えて、撃つ!

 わずかに外れたが、ボールは勢いを殺がれて、壁に激突した。

「なんだ、あれは?」成澤が叫んだ。「高久さん、あんた何者だ!」

「生きてたら、後で説明するよ」

 ボールは壁の中でぶるぶると震えた。ついで、ポーンと空中に舞い上がる。

 これまでの経験から、おれはボールが長くこの世界に留まれないことを知っていた。

 まだふらついているボールを、おれは連続射撃する。

 当たる、逸れる、当たる……

 ボールは、ふらふらしながら廣世の部屋に逃げ込んだ。おれは後を追い、ボールの軌跡を辿って、割れたガラス面から部屋に飛び込み、狙いを定め、撃った。

 身動ぎしない廣世の真上で、苦しそうにボールが歪む。ぐにょり、広がり、発光!

 一瞬後、光とともに空間に現れた亀裂の中に逃げ帰った。たちまち、傷口を塞ぐように亀裂が消える。

「ふうっ」おれはため息を吐いた。「とりあえず、危機は去ったようだ」

 おれに続いて、ガラス壁から部屋に飛び込んできた成澤が、まるで詐欺にでもあったような表情で、ついさっきまで亀裂のあった空間を見つめていた。

 シュボン、ボオオオ……。

 都合三つの部屋に置かれた計器類が火を噴いていた。成澤が、床に転がっていた消火器を拾い、火を消し止めた。部屋の空気が、窒息しそうなほど、二酸化炭素で充満した。

「みんな死んでいる」

 倒れている特殊部隊員や隅田の残骸を確認して、成澤はいった。隅田の肉片は、いまだ微かにピクピクと蠢いていた。

「とにかく、外に出よう」

 ベッドから、動かない廣世を担ぎ上げると、おれは成澤にいった。成澤は黙って肯き、部屋の計器パネルのスイッチを操作した。

「窓くらい、作っとけばいいのに……」

 一度、部屋を振り返ると、おれは呟いた。


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