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目指す総務室は4Fだった。
W軽機械の関連会社、Tソフトウィル。F電子産業が装置本体をW軽機械にアウトソーシングし、ソフトウェアをこの会社にアウトソーシングしている。従業員百五十名ほどの中規模会社で、ソフトウェア部門がその一部。F電子産業からほど近い、T川沿いの工場地帯に建物はあった。
廣世は、F電子産業側の助っ人として、Tソフトウィルに派遣されていた。そのときの相方は吉行準、二十六歳、独身だった。
その吉行も昨日会社を欠勤していた。
家にはいない。
廣世の失踪と関連するのか? とばっちりで誘拐でもされたのか?
すべては謎だった。
そこでおれは、とにかく関連資料はないかと、Tソフトウィルに潜入することにした。
選んだ時間は朝。この手の会社は夜の方が人が多い。安全なのは、人の頭がまだぼんやりしている朝というわけだ。
Tソフトウィルの総務部長は、この会社でもっとも早く出社する管理職のひとりだった。偉い! けれども、最近地方に異動命令が下った。左遷か? だが、そこは元総務部長の出身地だった。半期分一・〇に満たなかったボーナスへの不満からか、その地区の支店長が辞め、急遽、故郷へ戻されたという按配だった。元総務部長の役職定年まであと一年という事実も勘案されたのかもしれない。まあ、事件とは関係ないだろうが……
後のレギュラー早起き社員は経理部に二人いたが、彼らは経理室のある一階からほとんど動かないため、侵入・退出時以外に接触の可能性は少ないだろう。もちろん出会う気はさらさらなかった。
こういった情報を、おれはほぼ電車から得た。電車が喋ったのではもちろんなく、その会社の社員と思われる人物を数人チェックしておき、行きと帰り、場合によっては移動時に、電車で隣合せる位置に立って耳を澄ませたたわけだ。社内のことを社外で話すのはもちろん守秘義務違反だが、よほどの規則人間でもない限り、厳格に守る者は多くない。契約や新技術の話さえ、さして気にせず話す輩さえいる。それは極端としても、悪口・噂話なら、口も軽くなろうというものだ。悪口の中には有用な情報も多い。ただしそれらは、話される話題が複数の社員の口から出ない場合には、信憑性が乏しくなる。派閥が複数に分かれている場合には、例外事例もあるが……。
技術系の会社なので、仕事中あからさまに私語する人間は少ない。私語の多くは、非生産部門かパートの人間が発生源だ。だが、一歩会社の外に出ると状況は代わってくる。酒の席なら、なおさらだ。従業員が五十から三百人規模の中小企業ならば、酒場に情報収集にいっても、かかる額はそんなに張らない。大企業、エリート企業、所在地が都内、となると、バカにはできなくなるが……。ま、その場合、必要請求額を引き上げれば良いわけだが、世の中もだんだん渋く世知辛くなっていて、税務署が認めないような必要経費を認めてくれる依頼人は激減中だ。
世は押し並べてアウトソーシング暮らしにくくなっている。