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祗園橋  作者: 後藤章倫
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 遂にバイクも手に入れた。


 Kは変な雑誌を読んでいた。そこに載っていたモノも服も音楽も普通じゃなかった。でも次第に俺はその世界へと引き込まれていった。Kが色々と教えてくれた。今までは提示された世界というか、テレビやラジオ、雑誌なんかの情報をもとに選んでいた。いや選ばさせられていた。ところがそこには、そもそもを覆すような事が書いてあった。

 インディーズ、そんな文字が躍っていた。自主制作という事らしい。自分で作る、そして自分で流通して、自分で売る。何もかも自分で、何もかもが自由。こんな田舎にいる俺にも希望が持てた。それを知ってからは商業ベースに乗ったものへ嫌悪感をも抱くようになった。そこからは曲をどんどん作り、多重録音でカセットテープへ録りためていった。十曲程収録したカセットテープをダビングして量産し、ジャケットも自分で描いてコピーした。カセットケースに合わせ裁断し、テープと一緒にケースへ収めて自分のアルバムが完成。そのアルバムを同級生や下級生に無理矢理売りさばくというインディーズ活動を開始した。もう一丁前のアーティストにでもなったような気分だった。Kも同じような事を始め、一緒に活動するようになった。

 バイクは原付だった。それでもこのスポーツタイプのホンダは俺を満たしてくれた。うちの店では、その日の売り上げや客の動向なんかで一度決まった翌日の仕込みや配合が変更になる事は日常茶飯事で、最終決定が下されるのは夜の九時過ぎなんて事もある。そうなると、あの人が書いた変更内容のメモを従業員の大平さんの家まで届けなくてはいけなくて、それは俺の役目だ。つまり、あの人公認で夜に走れるって事で、俺は天気が良かろうと悪かろうと喜んで引き受けた。そして毎回フルスロットルで闇を切り裂いた。

 高校生活はKとの音楽活動とバイク、それに休みの日の労働で過ぎていった。三年生の秋に就職試験を受けた。あの人は店に関係するような職を勧め、いずれは仕事を継いで欲しいと口にしていた。うちの仕事は嫌いじゃなかったし、店番の時に売り上げが更新したりすると嬉しかったけど、それとこれとは話が別だ。俺は何としても家から、あの人から離れたかった。

 一般の人でも名前を聞いたことがある企業から合格通知を貰った。夏休み明けのテストでまさかの0点をとってしまった俺に先生は「奇跡が起きた」と喜んだ。Kの就職も決まり、俺たちは無事に同じ横浜付近で働くことになり、一九八七年三月高校を卒業して月末には上京した。


 あの人の心境は、どんなだったのだろう。


 一九九八年五月

 殿様ハラキリーズは順調に進んでいた。ライブの動員数も増えていたし、何度か関西方面にツアーもしていた。レコーディングした音源をレコード会社や音楽雑誌の編集部へ送ったり、マイナーな雑誌やミニコミ誌のインタビューを受けたこともあった。只、そこまで止まりというか、新たな展開を見出せないでいた。

「この前な、連絡してきたレコード会社の奴と会ったんだよ」

俺の言葉にKもTも興味を示した。

「ところが、自称プロデューサーみたいな奴で下っ端だったんだわ。実績を作りましょうなんて言いやがって、ある程度数字が出たら上に言えるから。とかなんとか言いやがって」

「そんな奴がいちいち連絡よこすなっつーの」

Tが不満を漏らす。殿様ハラキリーズの音楽性を一言で説明するのは難しかった。ミクスチャーと言ってしまえばそれまでだけど、一曲一曲が違うジャンルの曲だからだ。ハードコアパンクかと思えば次の曲はスモーキーなブルースをやり、ファンクでアッパーになったと思うと重いデスメタルが始まる。アコースティックな感じのアプローチがあり、歌物で聞かせることもあれば、フリージャズみたいな展開も出来る。それ故にどのカテゴリーに当て嵌めればいいのか混乱しているようだった。

「ジャンルなんて関係ないのにな、いっそのこと殿様ハラキリーズってジャンルで良いのにな」

俺たちにとってはKが言った事がそのものなんだけど、そうはいかないみたいだった。

 また蝉が鳴き始めて、東京で迎える何度目かの夏がきた。暑さのせいというわけではないのだけど、俺たちはギクシャクとしていた。事の発端は、順調だったバンドが足止めを喰らっているような今の状況にあったのだけど、その原因を自分以外のメンバーに向けるようになった事だった。俺はKやTのちょっとしたプレイや意見が気に障り、度々口を出すようになり、それは俺に対しての二人もそうだった。秋に入った頃には、はっきりとバンドは分かれていた。

「こんなんじゃやっていけねぇ」

言ったのはKだった。俺も上等だと思った。ここのところライブは極力控えていたのだけど十一月二十四日のライブは数か月前に決まっていて、しかもワンマンライブだった。

「丁度いいじゃんか、次ので終わろうぜ」

Tが止めを刺した。


 ライブ当日、高円寺のライブハウスバナナボートは満員御礼だった。キャパが少ないって事もあるけど百人以上の客が詰めかけた。バナナボートの入り口には手書きの張り紙があって〔LIVE TONIGHT SOLDOUT〕と書いてあった。

 ちょっとエロティックな感じのファンクナンバーでライブはスタートした。音数は少ないけどムーディなベースの隙間を、跳ねるようにドラムが埋めていく。その上を軽やかなカッティングギターが流れる。心地よいグルーブにフロアがゆっくりと揺れている。最後まで熱くなり過ぎずクールに曲が終わると身体を揺らしていた観客から歓声があがる。デスメタル化したギターのリフを、前後左右に体を動かしながらKが弾き始めると、さっきまでの雰囲気が一変する。次のリフの頭でベースとドラムも入る。完全にメタルのそれで、早くもフロアの真ん中にモッシュピットが現れた。数秒間ベースだけのパートがあり、食い気味でKが絶叫する。

「AAAGGGHHH!!!」

このバンドが今夜解散するなんて信じられないと、プレイしながら俺は思った。会場全体が一つの生き物みたいにのたうち回る。さらに追い打ちをかけるように曲が終わると間髪入れずにTがⅮビートを刻みだす。モンゲ時代のデヴィルだ。制御の効かない会場が狂ったように叫びだす。

ーこの世の全ての、邪悪をぶちのめせ、そこに眠っている、悪魔を呼び覚ませ!ー

ここで一旦クールダウン。魂を込めてブルースを始める。クールダウンの筈だったのだけど、俺は鮫島ゴン十郎の事を思い浮かべながら歌った。熱く、熱く、鮫島ゴン十郎へ届くように。観客の動きは止まったのだけど、内部で何かに火がついたような、そんな熱気が伝わってきた。レゲエのインスト曲に入ると、またゆっくりと会場は揺れ始める。熱を持ったまま、ゆっくりと、ゆっくりと。

 軽くKが奇声をあげると次の曲への合図だ。パンクの教科書の一頁目に載っているようなカバー曲を始めると、会場の奴らの内部の火が飛び火して爆発した。カバー曲を三曲終える頃には、もう何が何だか分からなくなっている。殿様ハラキリーズはセットリストをほぼ終えた。もうすぐライブは終わり、バンドも終わる。ラスト二曲というタイミングでKがマイクに歩み寄る。

「どうも今までありがとう。俺ら今夜で終わり」

どう反応していいのか分からない観客たちがざわつき始めると、Tは思い切りブラストビートへ入った。不満を漏らしたり、呆気に取られていた観客が我に返ったように再び暴れ始める。殿様ハラキリーズの中でも特にヘヴィなグラインドコアな曲〔ナッシング〕だ。

「なんにも無い、無い、無い、はじめから何も無い、無い、無い、ナッシング」

ドリンクバーの中で仕事をしていたバイトの娘が、ステージからダイヴしている。ステージ上もフロアも滅茶苦茶だ。ギターがハウリングを起こして転がっていて、Kはフロアで揉みくちゃになっている。まだあと一曲残っているのにTがドラムセットをなぎ倒してダイヴした。俺はステージに取り残され、そしてベースギターのネックを掴んで振りかぶった。


 ベースギターの残骸がステージ上で泣いているみたいだった。ドラムセットは何とか戻され、Kのギターも修理が必要だ。フロアの床には色々な液体が垂れている。バーカウンターのバイトの娘が店長に何か言われている。スタッフ数人が掃除を始めた。たぶん俺たちはバナナボートへ出入り禁止となるだろう。でも俺たちは今夜で終わりだ。ライブの精算は後日となった。店の機材や備品も壊れてしまったから仕方がない。帰り際に店長は「また出てよ」なんて言ってくれた。

 年が明けて、正月なんか随分と前の出来事に感じていた一月の半ばに、KがTと一緒に俺の部屋へやって来た。俺は何となくそういう事なんだと気がついた。

「二人揃ってどうしたん?待て、みなまで言うな、あれやろ?また二人でバンドを始めたとかやろが」

KとTはそれを聞いて小さく笑った。

「TWO HIPS再結成とか言うなよ」

「違うわい、でも今度は最後にマジでプロ目指すわ」

Kの目が真剣だった。Tも頷いた。俺はまたもや蚊帳の外に追いやられた感じになった。それで要らん事を口走った。

「アメリカどうしたよ?俺らの目指す先は世界やなかったっけ?」

「そらプロになって、そのあとのはなしやろ?」

「俺は行くわ。俺はアメリカでバンドやる」

「行くって一人でか?」

Kと言い合った。Tは呆れた顔で見ていた。

「ベース担いで行ってくる。ニューヨークに住んでバンドやる」

俺は意固地になっていた。

 兎に角、俺は働いた。金を貯める為に働いた。六月の中頃にKから電話を貰った。ちょっと残念な内容だったけど、それも仕方ないと思った。Tとのバンドは形にならないうちに終わってしまった事、長く付き合っていた彼女が妊娠した事、バイト先から正社員として受け入れて貰える事、そういうことをちょっと元気のない声で話してくれた。バンドはもう辞めてしまうらしい。最後に「お前は行けよ。頑張れよ」とKに励まされて電話は終わった。

 パスポートを取得し、格安航空券を手に入れ、殿様ハラキリーズのライブにも来てくれたゲームオタクの大橋が絶対持って行ったほうがいいからと、アメリカでも人気の日本のゲーム{マーケットモンスター〕のグッズ、自分のデモテープや下着類、現金三十万円をドルに両替したやつにベースギターを持って偶然にも殿様ハラキリーズの最後のライブから丁度一年後に成田からアメリカへ向けて出発した。


 「馬鹿タレが」あの人の声が聞こえた。


 一九九九年十二月

 帰国した俺は途方に暮れた。ベースギターとマケモンのグッズは、何番街だったかのベンチに置いてきた。俺は結局ひと月も経たないうちに帰国した。Kにでさえ連絡を入れることは出来なかった。行く当てもなく成田から真っ直ぐに吉祥寺に来てしまった。持ち金も少ないのに何故か俺はパチンコ台の前に座っていた。なんでそんな事をするのか全く分からなかったけど、ごく稀にそれが良い方向にいくことがある。その台は千円で確変を引き当ててから閉店するまでそのアタリは続いた。俺は当面の生活費を得た。暫くは吉祥寺を根城とした。吉祥寺にある井の頭公園には毎日行くのが日課となった。

ベンチに腰掛け池を眺めていると、やっぱり似ていると思った。

「スケールの小さいセントラルパークやな」

独り言が声になって出た事を少しだけ驚いた。池に浮いている水鳥が俺を見ている。

「結局、何も出来んかったんか?」

あの人の声で水鳥が言った。続けて隣の鳥も話し出す。

「口ばっかやお前は、いっつもそうや」

Kの声だった。Tは涼しい顔してこっちを見ているけど何も言わない。

 久しぶりに代々木公園へと足が向いた。あの時期、ひとりであがいていたあの場所だ。歩道橋の橋脚のところでひたすらアコースティックギターを弾き、ひたすら歌った。あそこへ行ってみたくなった。

 サックスの音がしてホームレスが一人、一つ目の橋脚の下で横になっている。ラケットを持って壁打ちをする奴がいる。その歩道橋の向こう側には野外ステージがあって何かの催し物をやっている。のぼり旗が複数立っていて、佐渡島と書いてあった。ステージの上では聞いたことの無いリズムで和太鼓のようなものを叩いていた。和太鼓というと力強い印象を思い浮かべるけど、そんな事はなくて、そしてお世辞にも上手いとは言えない。ただ独特のグルーブがあるというか不思議なリズムだ。その太鼓に合わせて鬼が舞っている。はっきり言ってコンセプトが全くわからない。提灯を持っている人が居て、鬼太鼓と書いてある。鬼太鼓なんだったら鬼が太鼓を叩けばいいのにと思ってしまう。観客がチラホラと居て近くにはテーブルが数脚並べられている。近付いてみるとそのテーブルには、佐渡産わかめ、あごだし、赤玉石、地酒、佐渡産コシヒカリ、あんぽ柿なんかが並べてあって、やる気のない若い女の売り子が気怠そうに携帯電話を弄っていた。

 さっきまでステージの上で舞っていた鬼がステージの下へ降りてきて、少ない観客に構い始めた。そういうの苦手だなと思っていると、俺を見つけた鬼が小走りに寄ってきた。そんな気分じゃないんだよ。俺の気分なんか知ったことじゃない鬼は、俺の前で小さなバチを前後左右に揺らし小さな動きをしながら腰を曲げたり腿上げみたいな動きをしたりしてアピールしていた。暫くそんなことをやっていたけど鬼はステージへと帰っていった。

「ちょっといいですか?」

そんなタイミングで声をかけてきたのは、佐渡島、鬼太鼓、朱鷺、なんて文字が入った法被を着た男だった。三十代だろうか、小太りで眼鏡をかけている。

「今ですね佐渡島ではアイターン、ユウターンのキャンペーンをやってまして、移住を前提に仕事を探しに来られるのであれば旅費がでますよ。どうですか?」

アイターン、ユウターンって何のことだと思ったけど、なんでこいつは俺が無色で路頭に迷っていると分かったのだろうか?

「え?マジっすか?」

俺は軽い感じでそれに応えていた。そして漠然と島に住むのも良いなと思い始めていた。


     つづく

 

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