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祗園橋  作者: 後藤章倫
3/7

 一九八八年十二月

 あれからTはリハに来なくなった。Kに聞いてみた。

「電話あった?」「無い」「俺、家まで行ってみたんやけど出て来んかったわ」「ライブ、今週やんな」「まいったな」

一応、留守電にはリハの日取りを入れてはいたものの、今日もTはスタジオへ現れなかった。

「練習どうする?ライブにTが来んなら前のスタイルでやってみといた方がいいんやないの?」

Kにそう言われたけど気が進まなかった。今更アレには戻りたくなかった。あらためて、無くしたものの大きさを知った。

 ライブ当日、俺たちはぐでんぐでんになっていた。新宿駅南口で待ち合わせていたのだけど、その時から俺もKも酷く酔っぱらっていてライブハウスへ着くころには訳が分からなくなっていた。二人で示し合わせて酔っぱらった訳ではないのだけど、ライブハウスノックアウトの店長も呆れ顔だ。

「どうした?こんなんなって」

Kがヘラヘラしながら答える。

「おつかっす、おつか。俺ら今日リハ無しで、はい、ダイジョーブ博士」

俺もKに続いた。

「アレっす、二人っきりになってシマウマして、なしで、ダイジョーブ、ダイジョーV」

店長は俺たちに釘を刺した。

「ライブまで少し休んで、酒はもう飲むなよ」

俺たちは無言で店長へ最敬礼をして固まって見せたけど、三秒後には床へ崩れ落ちた。

 デカい音で目を覚ました。頭が痛かった。目をこすると段々と視界が開けてきて煙草の煙が目に映り、ヘアスプレーの匂い、革ジャンが擦れる音なんかも聞こえた。落書きだらけの楽屋の壁に時計を捜すと十九時を回ったところで、今夜最初のバンドがライブを始めたところらしい。楽屋の隅で俺たちは寝ていたみたいで、俺の顔のすぐ横にはKが履いている安全靴があった。

「あら、おはよう」

次に控えているバンドのメンバーだろうか、小柄で金髪の娘がにっこりと笑っていた。俺は兎に角のどが渇いていた。その娘の前にはテーブルがあって、その上に飲みかけのラガービールを見つけた。俺はヨロヨロと立ち上がり、テーブルに手をかけてラガービールを掴んだ。

「これ貰うよ」

楽屋で出番を控えていたバンドのメンバーが慌てて何か言った。俺はもうビールを口にしていて、咄嗟に吐き出したとこだった。そのラガービールの缶の中には煙草の吸殻が入っていた。俺が吐き出したビールはKのところにも飛んでいき、それでKも目を覚ました。俺は急いで楽屋を出て、フロアの角にあるバーカウンターまで行き生ビールを二杯買い、一杯はその場で飲み干した。もう一杯を手に楽屋へと戻りKに渡すと、Kもそれを一気に飲んで俺たちは元気になった。

 それまで鳴っていた音がスコンと聞こえなくなり、それから狭い楽屋が混雑してきた。トップのバンドがライブを終え楽屋へ引き上げてきたのだ。それと入れ替わるようにしてさっきまでそこに居た奴らがステージへ出ていった。小柄なあの娘もエピフォンのセミアコを抱えて「いってくるね」と微笑んで出ていった。その笑顔に俺とKは心を奪われた。だけど、夢見心地はここまでだった。俺たちの頭上にどす黒いものが渦巻いていた。そしてそれがゆっくりと絶望的に覆い被さってくる。俺たちの出番が次だという事を自覚せざるを得ない状況に置かれてしまった。

 楽屋の中に、あの娘のギターが響く。ファンキーなドラムにツボを得たベースライン、ヴォーカリストはハスキーで味がある。

「なにこのバンド、ロックンロールからブルースまでかっこいいな」

俺たちは演る曲すらまだ決めていないのに、Kはこの期に及んでまだそんな呑気な事を言っている。本当にあの娘が弾いているのかと思うくらいの凄まじいチョーキングが決まったギターソロが益々俺を追い込んでいく。

「なぁ、曲どうするよ?マジで出たとこ勝負にするつもりか?」

Kは考え込んでいるみたいだったけど、腕を組んで寝ているようにも見える。そうしている間にも確実に時間は過ぎていく。

 軽快なリズムからジャニスのカバーが始まった。ライブの構成からしてカバー曲というものは割と最後の方へ持ってくる傾向がある。自分たちの必殺の曲を披露する前に、カバー曲で盛り上げる為だ。

「だんだん終わりそうやな?もうあれで、一曲目デヴィルでいくぞ」

気合を入れるしかない。俺はそう思った。Kは暫く触ってなかったステックを握りしめた。ステージ上では大エンディング大会が行われているようだった。客席のフロアからも頻りに声があがっている。引っ張ったドラムロールがようやく止まりそうになって、ダンッと最後の曲は終わった。しゃがれた声のヴォーカリストが客席に感謝の言葉を投げている。小さな身体で汗をかきながら、ギターとエフェクターボードを抱えてあの娘が帰ってきた。他のメンバーも次々と楽屋へと戻ってくる。

「頑張ってね。え?二人だけなの?」

あの娘の言葉に、頷くことしか出来なかった。当日リハもやっていないし、二人編成でのライブなんていつぶりだろう?だいたいKはドラムを叩けるのだろうか、それは俺も同じでドラムもだけど、最近はベースを弾いていたからギターを持つのは違和感だらけだった。

 客はまあまあ入っている。聞き覚えのある鼓笛隊みたいなKのドラムが始まった。ギターをかき鳴らすも、音がペラペラだ。そのくせヴォーカルの音量はデカくて、恥ずかしいくらいにクリアに出ていた。

「この世の全ての、邪悪をぶちのめせ」

もう泣きたいくらいのクオリティだ。そしてギターソロ前のブレイクにさしかかり、フロアからヤジが飛んできた。Tだ。

「へたくそ」

Kは安堵の表情でドラムセットから立ち上がり、持っていたステックをステージの真ん前に居たTへと投げつけた。ステックはステージ上で跳ね返りTの足元へ落ちた。

「じゃ、お前がやれよ」

Kはそう言って俺に近付き、肩から下げていたギターをひったくった。俺は急いで楽屋へと戻った。前のバンドはライブを終えたばかりで、まだ休んでいた。

「すんません、ごめんなさい、あの、ベース貸してくれません?」

俺は切羽詰まって感じで頭を下げた。すると少し躊躇したような表情を見せたちょっと年配のベーシストがリッケンバッカーを手渡してくれた。俺は礼もそこそこにそれを掴んでステージへ戻った。

 Tがカウントを刻み、そこから何かが憑いたような〔デヴィル〕が始まった。曲が終わると間髪入れずに次の曲、更に次の曲へとたたみかけた。一気に十四曲を放射し続けた。バンド史上最高のパフォーマンスだったけど、客の事は全く頭に無く完全に置きざりなライブとなったと思った。しんと静まったフロアから徐々にオオオオという低い声が聞こえてきて、それは拍手を伴ってどんどん大きくなっていた。俺たち三人がそれで我に返って、それからステージを降りた。楽屋へ戻ると、今夜のトリのバンドが控えていて、口々に「次やり辛い」とこぼしていた。


 あの人は密かに何か企んでいるようだった。


 事件が起きたのは土曜日の午後だった。俺はまだルーレットのゲーム機にハマっていて、しかし、この頃になるとある法則を握っていた。ルーレットが止まる数字の傾向を書き出してみると、完全ではないものの見えてきたのが、ニの次はニで、また二、次から順にニ、四、ニ、ニ、十、ニ、ニ、ニ、六という大まかなもので三十に止まったのは見たことが無かった。そのことからも分かるように、あの神様のようなおじさんの強運ぶりが伺える。

 ルーレットの前に立つと大体はニで止まっている。どのタイミングのニかは分からないけどセオリーどおりにニへ賭ける。その出目によって次の目を決める。確実ではなかったけど大分当たる確率が上がった。それともう一つ、止まった数字を対角線へなぞると行き当たる数字が次に止まる目という少しオカルトめいたもの。だけど、この二つの攻略法を使いだしてからコインもちが良くなった。

 土曜日は少しだけお小遣いも多い。それを持って銀天街のあの店へ行く。店に入り、奥の食堂へ足を踏み入れたところで俺は固まってしまった。ルーレットゲームに興じていたのは石井ボンクラだった。なんで居るん?そんなことしか考えられなかった。俺は土曜日の午後を諦めきれなくて、食堂へは入らずに店の方からそれを眺めていた。石井ボンクラは兄弟でルーレットをゴンゴン回していて、どう見ても小学生には見えなかった。

「また二や、クッソ、どがんなとっとか?そんなら」

石井ボンクラの兄はニを押すと思惑通りニで止まった。ガッコンという音と共にコインが二枚出てきた。

「よっしゃ、やけど二枚か」

「そんなら兄ちゃん、全部賭けてみん?」

「全部て、全部か?」

「全部賭ければ、どれか当たるったい。もう全部五倍やってみん?」

「全部五倍やったら、五の五やけん二百五十円か。よし」

そう言ってから全てのボタンを押した。俺はルーレットのゲーム機のベットボタン全部が点灯しているのを初めて見た。徐にスタートボタンを押したのは弟だ。なにか特別な回みたいな気がしているのは石井ボンクラとそれを遠目に見ている俺だけで、ルーレットは通常どおりに回り始めた。俺は食堂の中へ少しだけ足を踏み入れていた。段々と回るスピードが落ちてきて、いつもの感じで光は止まった。

 俺は直ぐに食堂から店の方へ移動した。こんな事が起こるのは想定外で、こんな落とし穴があったのかとルーレットのずるさを知った。石井ボンクラの噂は強烈なものばかりで、でもそれを目の当たりにしたのは無かった。

 ゼロだった。ルーレットの上を回っていた光は、しれっと0の上で止まっていた。数字ばかりを追っていた俺はルーレット上に0が存在する事を見落としていた。

 ドカッ、バキッ、という音がしてプラスチックが割れた。なおも破壊音は続く。そこには食堂の椅子を何度も何度もルーレット機へ叩きつける石井ボンクラの兄が居た。

「なんやこれぇぇぇ、ふざくんなぁぁぁ、ボケがぁぁ」

弟も一緒になって、遂にはゲーム機をなぎ倒した。食堂の厨房から若い兄ちゃんとおっちゃんが飛び出して来た。

「なんばしょっとかぁぁ」

おっちゃんが叫ぶ。若い兄ちゃんは石井ボンクラの兄を羽交い絞めにする。石井弟がおっちゃんへテーブルを蹴ると、おっちゃんの腹部にぶつかり動きが止まる。それでもおっちゃんは踏ん張って石井弟を捕まえる。石井兄が絶叫する。

「どがんなっとっとかぁぁぁ」

石井ボンクラは石井ボンクラだった。店の方に居たおばちゃんが慌てて出て行き、隣の雑貨屋へ飛び込んでいった。他の店から数人が駆けつけて、石井ボンクラはようやく取り押さえられた。それでも石井兄弟は身体を捩じらせ大声を出して抵抗を続けていた。ルーレットのゲーム機が生気を無くして食堂の床でうつ伏せに倒れ、その役目を終えていた。


 俺たちが布団へ入るのを確認すると、あの人は母ちゃんと真剣な話をしているみたいだった。


 一九八九年四月

 ライブの直後、俺たちは楽屋で無言だった。トリのバンドが変なテンションで演奏する音だけが楽屋に響いていた。ノックアウトを出ると出口の所で打ち上げに加わる何人かが俺たちを待っていた。

「今日、どこにする?」

いつもライブに来てくれる大橋が楽しそうに話しかけてきた。俺たちは、そんな感じじゃなかった。

「悪ぁりい。今日は帰るわ、近々飲みいこ」

Kが言うと大橋たちは俺らを見て、それを察した。そのままだらだらと、各々缶ビールなんかを手にして十人くらいで新宿駅へと歩いて行った。切符の券売機近くの柱の脇でKと俺とTは向かい合った。そしてそこであっさりとバンドは解散した。ちょっと離れたところから、何も知らない大橋たちの笑い声が聞こえた。

 明るくて心地良い季節がきて、俺はアパートの四畳半にポツンと居た。バンドが解散して直ぐに年末を迎え、正月が過ぎた。朝起きることもあれば、昼過ぎまで寝てることもある。朝の七時だと思って起きてみたら夕方過ぎの七時だったこともある。立ち食いそばとコンビニと古本屋と中古レコード屋をダラダラと巡り、酒を飲んで寝る。そういう毎日だった。そんな日々を送っていると、さすがに金が底をつき、建築現場での日雇い労働を始めた。

 前日に起こった事故が思ったよりも深刻みたいで現場に立入検査が入るらしく、急に休みとなった。バンドが解散となったあの日以来、楽器には触れていないし、もちろん曲なんて浮かんでこない。ここんとこは現場で日銭を稼いでるだけだった。Kから久々に連絡を貰ったのは、そんなタイミングだった。

「よう、今日仕事休みなん?」

「なあな」

「こがん平日にか?」

Kがそんな探るような事を言っても声が聞けるのが嬉しかった。Kの奴もそんな感じだ。

「なんかあったと?」

俺は他に色々と話がしたかったけど、急には何も浮かんでこなかったから素っ気なくそう言った。

「いや、あのな、俺、Tとバンドばやることになった」

俺はビックリしたんだか、安心したんだか、嫉妬したんだか、そんな変な感情が湧いた。

「そう、そうなんな、そっかよかったな。ライブとか決まったら教えてな」

「お前はどうしとんの?バンドは?」

「まあ、ぼちぼち曲も出来よるし、そのうちな」

俺の口からは噓ばかりが出てきて厭になった。その電話のあとの日々も、部屋と現場の往復、立ち食いそばと古本屋、中古レコード屋があるだけで、毎晩酒に溺れていた。

 Kから次の電話があったのは、蝉の鳴き声が勢いを増してきた暑い日だった。


 あの人の計画が進行していることを、俺はまだ知らなかった。


 サドルの前から伸びるフレームの上、五段階に切り替えが出来るシフトレバーが付いている。前面には少しばかり派手なライトも付いていて、その全体的に黒い車体はスーパーカーを手に入れたような気持ちにさせてくれた。それまで乗っていた自転車は、テレビのヒーローものに出てくるバイクを模したやつで、ハンドルの根元に付いているボタンを押しすと前方のパトランプが主題歌の音楽と共に回転する仕組みになっていて、そんな幼稚なものに乗っている同級生は最早居なかった。今更ボタンを押したところでパトランプはうんともすんとも鳴らなくなっていた。

 銀天街のあの店では、当たり前だけどルーレットのゲーム機が撤去されていた。あんなことがあって、俺の楽しみがひとつ無くなってしまった。そんな時に、あの人は自転車を新調してくれた。この時から自転車ばかり乗るようになって、ひとりで銀天街のあの店に通っていたことが遠い昔のようだった。

 オンキャ、カーキ、山下デコボコ、この三人が俺の数少ない友達だ。俺たちは自転車にまたがり色んな所へ行った。学校内の図書室には殆ど行くことは無いのに、港近くの図書館へはよく通った。本を借りるというその行為が何となく大人っぽいような、そんな感じが心地良かった。毎回決まって三冊借りていたのだけど、本当の目的は図書館までの道のりだった。わざと変な道を通った。遠回りをした。寄り道もした。途中にある公園には毎回立ち寄った。ブランコに乗り、誰が一番遠くまで靴を飛ばせるかやってみた。オンキャやカーキは座って漕いでいるのに、俺は張り切って立ち漕ぎスタイルだ。オンキャの靴は前方の柵まで飛んだ。優勝はオンキャで決まったと思った。カーキは力み過ぎて、その足から放たれた靴はブランコの後方へ飛んで、俺たちは大笑いした。更に笑いをとったのは俺だった。立ち漕ぎからジャストのタイミングで振りぬいた足から靴は飛んで行った。前の柵を軽々と越えて、その向こうを流れる町山口川の中へ落ちた。祗園橋付近ではゆるく流れているくせに、海に近いこの辺りでは流れもあるし水深もある。俺の靴は直ぐに流れに飲まれて見えなくなった。どうしよう?という俺の思いとは裏腹に、オンキャ、カーキ、それに靴飛ばしには参加しなかった山下デコボコまでもが大爆笑となった。

 図書館だけではなく、十万山へも行ったし、キリシタン館や千人塚でも遊んだ。毎日が楽しくて充実していた。オンキャもカーキも山下デコボコも最高だった。いや、必ずしも毎日ではなかった。たまに、あの人が仕事から早く帰ってくることがあって、そういう時は高確率で諏訪神社を抜けたところ、つまり十五夜に子ども会で相撲大会が行われている広場へ、グローブとバット、ボールを持って行く羽目になる。俺は暗黒のどん底な気持ちだったけど弟はそんなことはないみたいだった。グローブやバットを持って行くということは、野球の練習が始まるという事なのだけど、何故かあの人は野球の前に鉄棒をやらせる傾向があった。俺は鉄棒が大の苦手で、弟は大得意だ。

「牛肉下がり」

俺は、あの人からそう呼ばれていた。それは肉屋のバックヤードというか、肉をストックしてあるところというか、そんなところに色々な肉が上から吊るされている様と俺が鉄棒にぶら下がっている格好が似ているらしい。ただでさえ野球が嫌いな俺は、何故その野球をやる前にもっと嫌いな鉄棒をやらなければいけないのか訳が分からなかった。弟は逆上がりも難なくこなし得意気で、あの人も嬉しそうな顔をしていたけど、俺は全くだったから「牛肉下がり」と罵られていた。

 ドカっという音がしてイレギュラーに弾んだボールが俺の胸を叩いた。何のためにこんな事をやらされているのか分からなかったけど、鉄棒のあとは、あの人の鬼のようなノックが始まる。

 学校では野球帽が流行っていた。単に野球帽が流行っていたのではなくて、帽子の後ろに自分の贔屓選手の背番号を刺繡するのもセットで流行っていた。俺はボケナスだったけど野球帽は一応かぶっていた。かぶっていたのだけど野球には興味がないものだから、どの球団のものにするか迷った末に、事も有ろうか巨人にしてしまった。帽子を選択したあとでもう一つの選択が迫ってきた。背番号である。背番号は人とダブらないようにしなくてはならない。何という選手が何番をつけているのかさっぱり分からなかった。唯一、王選手が一番を背負っているという事だけは俺でも知っていた。ドラゴンズにホエールズ、タイガース、クラウンライターズにカープ、スワローズそれにジャイアンツ様々な球団の様々な選手達の背番号が、みんなの帽子の後ろで誇らしげにあった。俺は迂闊にもスター軍団のジャイアンツにしてしまったから、背番号選びに戸惑った。もう適当に八にした。もしかしたら巨人の選手に背番号八なんていないのかもしれないと思ったけど、あとで高田という選手のものだとわかった。

 あの人は、兎に角アンチ巨人だった。野球シーズンに巨人が勝っていようものなら、それだけで機嫌が悪くなる。巨人が負けていれば、それだけで良かった。俺は最悪な事に巨人軍の帽子をかぶっているから、そのせいで、この地獄みたいなノックを受けているのかもしれないと本気で思った。


 弟も野球は得意じゃなかったけど、あの人のアタリは穏やかなものだった。


            つづく

 

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