共産主義の危険性
前回某宗教とその教義について書いたのだが、それについて思い出したことというか、彼らと敵対関係にある思想である共産主義語られていたのを思い出したので書いていきたいと思う
そもそも共産主義とはマルクス等19世紀の哲学者から生まれたとされ、彼らは物質至上主義で神は存在しないという思想が根底に存在する。神を否定している思想であるから根本的に合うはずもなく、また彼らによる宗教に対する敵視は世論にも影響を与え、神の考えを否定するような思想・政策などを秘密裏に浸透させつつあるということである
最近話題になっているところでいれば夫婦別姓、同性婚などがそれにあたる。これらは私たちの世界における個人主義の激化を加速させるものであり、家族の繋がりを断ち切るような考え方であるというのだ
夫婦別姓ということは子供が出来た時片方の親とは違う苗字になるということになる。そもそも夫婦自体に家族という一体性が存在しなくなる
同性婚もそもそも子供を作ることのできない家族の形であるために生物的に適していないとのことである
前回に引っ張られて宗教色が強くなってしまったので改めて話を戻すとだ。共産主義とは国家の管理の元一人ずつに分配を行う。一人ずつの分配を行うということはすなわちどんな人と一緒になっても同じであるから結婚などをする必要がない。そもそも家族などを作る必要もない。結果的に超個人主義ともいえる考え方となる政策である
少なくとも貧しさは無くなるので貧民層にとっては素晴らしい政策であるのだが長期的に見ると破綻した考えである
先ずどんな仕事ぶりを行っても一定の報酬は払われる割にさぼりを抑制するような制度が存在せず、正直者のみが世界にいるということを前提とした考えであるということだ。共産主義建国すぐは全ての人々にとって良くても世代交代を重ねるごとにたくわえが欲しいとか、或いはより良い暮らしを求めだすのが人間という生き物である
とはいえ共産主義が成功した例は現在も存在する。それは古代の人々の生活をそのまま現代にまで続けている部族の人々である
古代には貨幣などの概念は存在しなかった上、部族=家族なので生活圏において根本的に取引するという考えがない。また家族と同義であるため皆に狩りの分け前を渡すのは当然であり、生活は部族の中で完結するので競い合う相手もいない。したがって共産主義的生活でも事足りるのである
しかしながら部の外の生活を知ってしまった時に容易くその生活は崩れるのではないかと私は予想している。私たちが部族の人々の生活を知るということは逆に部族の人々も外の世界の人々を知ることになる
まあ、外の世界の人々は基本的に部族の人々の生活圏を取材に来た人などが多いので早々彼らの生活を侵す様な事はしないわけであるし、大概そういう閉じた文化を持つ部族は孤島に至りジャングルの奥地などで生活しているイメージが多いので外の世界に出る機会なんかもないわけであるが、もし知る機会があれば資本主義的概念のいくつかには難色を示しそうであるが、文献、映像、食事、娯楽、医療、そして武器の数々。部族のために欲しくなるようなものに溢れている
これらを得るためには部族以外のためのものが必要となるが共産主義下では買うことはできない。時に分け前を少量ちょろまかし、外の世界と取引するような人物が現れるかもしれない
こうすると同じ部族内でも格差が生まれ、共産主義は後退していくのではないかと思われる
さて、現在我が国日本でも共産主義の政党として「日本共産党」が存在していることかと思われる。私の住んでる地域でも時折看板などが見かけられ、「戦争反対」「軍拡反対」「消費税を下げる」などの言葉が書かれている
最近ネットで話題のColabo問題とつながりがあるとか、自民党と負けず劣らずの議員の不祥事とかがあったりするわけであるが、ここまで読んでみて共産主義に興味がわいた方は調べてみて、自民党や他の政党よりマシだと思ったのであれば投票してみてもいいのではないだろうか