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リセマラ

作者: 突然の嵐
掲載日:2023/01/15

トラックにはねられて死んだ──と思ったら、いつの間にか、知らない場所にいた。上下左右の感覚が曖昧な白い空間だ。生きている間に、何度も想像した天国と地獄。そのどちらとも大きくかけ離れた場所だった。

状況が呑み込めないでいると、巨大な光の塊が突然目の前に出現した。光は徐々に小さくなっていき、最後には人間の女性になる。出るとこ出て、引っ込むところは引っ込んだ、金髪の美女だった。


「おはよう! こんにちは! こんばんは! はじめまして! わたくしは運命の女神です!」


美女改め女神は、ハイテンションでそう告げた。状況についていけていない俺は、


「おはこんにちばんは」


なんとかそれだけ返した。自称とはいえ神様に対して不敬かとも思ったが、女神は気にしていないらしい。彼女は鷹揚に言葉を続ける。


「あなたは死にました。暴走したトラックにはねられて。なんて運がないのでしょう」

「身も蓋もないですね」

「あまりに不憫なので、わたくしはあなたにチャンスを与えることにしました」

「チャンス?」

「そうです。これまでいた世界とは別の世界に生まれ変わり、新たな人生を歩む権利を贈呈します。今流行りの異世界転生ってやつですよ!」

「あー……なるほど?」


なんとか話が呑み込めてきた。異世界転生か……。女神が言うことが確かなら、とてもありがたい話だ。もう一度人生をやり直せるなんて願ってもないチャンスだった。

「わたくしも一度関わってみたかったんですよね!」と女神が呟く妄言は、とりあえずスルーしておこう。下手なことをして機嫌を損ねられたら一大事だ。


「それで、生まれ変わるために、俺はなにをしたらいいんですか?」


代わりにたずねた。一人で盛り上がっていた女神は、ようやく俺に向き直った。


「実はこの日のために、用意したものがあるのです」


女神はそう言うと、右手の人差し指を立てた。それから「チチンプイ」とどこかで聞いたような呪文を唱える。すると、俺と女神の間に、見覚えのある物体が出現した。複数の丸いカプセルが納められた四角い箱と、それを支えるどっしりとした土台。土台には回転式のレバーとコインの投入口、カプセルの排出口がついている。


「これって……」

「カプセルトイです」


あぁ、やっぱり。

出現した物体の正体。それは、お金を入れてレバーを回せば、中からオモチャの入ったカプセルが出てくる、あの自動販売機だった。ガチャガチャとかガチャポンとか、そっちの呼び方の方が浸透しているかもしれない。しかし、これが一体なんだって言うのだ。

思っていることが顔に出ていたのだろう、女神は説明をはじめた。


「わたくしはこれに『素性ガチャ』と名前を付けました」


素性──血筋とか家柄、生まれという意味だ。

そう考えると「素性ガチャ」とは、たいそうな名前である。


「つまりこれを引けば、転生後の生まれ先が決まるってことですか?」

「その通りです! すごいでしょう!」


えっへんと胸を張る女神の言葉を受け流し、俺は考えこむ。

「素性ガチャ」か。なるほど、おもしろいな。おもしろいが、運悪く微妙な素性を引いてしまった場合を考えると恐ろしい。転生後の人生はお先真っ暗だ。

俺の不安が伝わったのだろうか。


「ご安心を! あなたは、わたくしの関わる初めての転生者。ですから特別に、何度でも引き直しを許可しますよ! やったー! おめでとうございます!」


女神はどこかからクラッカーを取りだして、なんの前ぶりもなくぶっ放した。一瞬の破裂音のあとに、カラーテープやら紙吹雪やらが、真っ白な空間に舞い散る。ついていけないテンションだ。神様ってみんなこんな感じなんだろうか。

俺は女神のことを理解することを諦めて、自分のことに集中することにした。


「回していいんですか?」

「いいのです、いいのです。ささっ。早くガチャを回してください」


女神に促され、俺は「素性ガチャ」の前に歩み出た。


「お金、持ってないんですけど」

「必要ありません。コインの投入口は飾りです。こう見えてわたくし凝り性でして、ついつけてしまったんです」

「そうなんですか」


それなら考えることはもう何もない。

俺はレバーを握り、ガチャを回した。ガチャリ。聞き慣れた音がして、排出口からカプセルが転がり出てくる。手に取って観察するが、中には何も入っていない。不思議に思いつつカプセルを開ける。パカッ。やっぱり聞き慣れた音がして、そうかと思えば、カプセルの中から光の筋が放出された。光は空中に躍り出て、数秒後には文字を形成した。見たこともない文字だったが、不思議なことに意味が理解できた。


「粉屋の次男?」


めちゃくちゃ地味だ。


「どうします? 引き直します?」


女神がたずねてくる。俺は即座に頷いた。どうせ引き直せるのなら、できる限り良い素性を引きたい。だって贅沢したいじゃないか。その一心で、俺はまたガチャを回した。

……この時の俺はすっかり忘れていたが、この世には「物欲センサー」なる強敵が存在する。俺はまんまとその罠にはまってしまった。


ガチャリ。パカッ。

「農家の八男」


ガチャリ。パカッ。

「没落貴族の長女」


ガチャリ。パカッ。

「賢者の孫」

悪くはないが、なんとなく引き直し。


ガチャリ。パカッ。

「大悪党の養子」


ガチャリ。パカッ。

「スライム」

人間以外も入ってるのか。引き直し。


ガチャリ。パカッ。引き直し。

ガチャリ。パカッ。引き直し。

ガチャリ。パカッ。引き直し──


何度も何度も引き直しを続けている内に、俺の周りにはカプセルの山が積みあがっていた。女神謹製だけあってカプセルの残量は全く減っていないが、長時間回し続けて精神的に参ってきた。

よほど悪くない限り、次に出た素性で妥協しようかな……。そう思いつつ新しいカプセルを開ける。光の筋が飛び出して、空中に文字が浮かび上がる。


「なんばわーんていこくのだいいちおうじ……」


惰性で文字を音読する。「なんばわーんていこくのだいいちおうじ」。声に出した文字を、今度は頭のなかで何度も反芻する。「ナンバワーン帝国の第一皇子」。


帝国の第一皇子。


ようやく意味を理解した俺は硬直した。しかし、体の内側から沸き上がる感情で、ふるふると体が震えだす。

王国ではなく帝国の、しかも第一皇子。つまり次期皇帝。贅沢し放題。身分が高ければ当然それなりに果たさねばならやい義務もあるだろうが、勝利が約束されたも同然だった。


「やりましたね! ナンバワーン帝国は、大陸の半分を支配する大国ですよ! その第一皇子だなんて、将来は安泰ですね!」


女神は我がことのように喜んで、パチパチと拍手をしてくれる。俺は彼女に向き直ると、両手を頭上に振り上げた。


「やった! 俺はやったんだ!」

「そうですよ! おめでとうございます!」

「ありがとう! あなたのおかげです女神様! 本当にありがとうございます!」

「もう! やめてくださいよ! おおげさですねぇ」


涙を流して感謝を伝える俺に、女神は眉根を下げて微笑んだ。しかし、間違ったことは言っていない。女神が俺にチャンスを与えてくれたからこそ、俺は勝利を掴み取ることができたのだ。彼女は俺の恩神だった。

感謝と喜びで顔面をグチャグチャにする俺を見て、女神はかすかに笑う。どことなくさみしげな表情だった。


「あなたを無事に転生させたら、わたくしの役目はおしまいですね」


その言葉で涙が引っ込んだ。俺はすがるように女神を見つめる。


「転生したら、ここで起きたことは……」

「忘れてしまうと思いますよ」

「そんな!」

「それでいいんです。あなたは一から人生をやり直すのですから。余計な荷物なんて邪魔になるだけですよ」

「でもっ」


まだ食い下がろうとする俺の額に、女神は人差し指をくっつけた。これが最初で最後の彼女との接触だった。


「さようなら。あなたの人生が、幸福でいっぱいになりますように。わたくしは、あなたのことをきっと忘れませんよ…………チチンプイプイ」


噛みしめるように唱えられた呪文。俺は言葉を紡ごうと口を開いたが、直後に光に包まれた。意識が遠のいていく──



ナンバワーン帝国。世界最大の大陸の、実に半分を支配する巨大な国家。その首都の中心に、皇帝たる男の棲まう居城はそびえている。

その日の城内は、常にない喧騒に包まれていた。それもそのはず。皇帝の子を身ごもっていた皇妃が、ついにお産の日を迎えたからだ。


「陛下、頑張ってください!」

「さぁ、ヒッヒッフー。ヒッヒッフー」


助産師に励まされながら、皇妃は腹に力を込める。美しい顔は苦痛に歪み、真っ赤に染まった全身は汗にまみれ、苦しげに呻きまた獣のように唸りながらも、懸命に力をふりしぼった。ただ一心に、我が子を思うが故に。

永遠に続くかと思われた時間は、しかし、ようやく終わりを迎える。ついに赤子が生まれたのだ。


「お疲れ様でございました」

「……生まれた子は、男児なのですか? 女児なのですか?」


ゼェゼエと全身で呼吸をしながら、皇妃はたどたどしく助産師にたずねた。赤子を取り上げた助産師は、皇妃の問いかけに肩をはねさせる。そして青ざめた顔で答えた。


「誠に申し上げにくいのですが、……死産でございます」

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