アルクの事情
僕の名前はアルク。戦災孤児だ。
僕の家族は仲がよく、上には兄と姉が一人ずついて、下には弟が一人いた。農場を営んでいた僕の家族は助け合いながらも頑張って暮らしていた。僕はよく父の書斎で本を読んだり、山によく遊びに行ったりしていた。兄弟仲も良くて、僕は幸せだった。そんな平和が崩れたのは、ある曇った日のことだった。
この国こと、バスカール王国と隣国のダナトス帝国は仲が悪く、お互いにちょっかいを掛け合っていた。
僕の運が悪かったところは、国境から近い村に住んでいたこと。豊かな穀倉地帯だった僕の村は、ダナトス帝国からすると絶好のカモだったのだろう。帝国軍に奇襲を掛けられた僕の村は、魔法によってあっというまに火の海に包まれた。
そして僕の運がよかったところは、一人だけで動物や魔法の素材となる魔石を取るために山へと赴いていたことだ。
山から帰ろうと村へと近付いた僕は、叫び声と真っ赤に揺れる炎に気が付いた。一体何が起こったのかと近付こうとした僕は、ダナトス帝国兵に見つかり、危うく殺されるというところで、兄に助けられた。
兄は帝国兵と相討ちになりながらも、お前だけは逃げろと僕に家宝の短剣をくれた。その短剣は、帝国兵の血によってぬらぬらと光り輝いていた。
そうして僕は王国の首都へと逃げていると、事態を聞き付けた王国軍と出会い、保護されたのだった。しかし、到着したときは既に村は全滅しており、僕の知り合いだった人たちや家族は皆、無惨な姿で殺されていた。
そうして、どこにも寄る辺が無くなった僕は、反対側の辺境である村の地主の農奴として雇われることになった。戦災孤児は、大抵こうして村の有力者だったりの下働きとして新しい生を送ることになる。まだマシなのは、王国軍よりも先に奴隷商人に出会わなかったことだろう。
僕の新しい生活は、苦労の連続だった。ご主人様である人は僕の境遇を聞いて胸を痛めてくれたが、奥様とその他の使用人は違うようだった。奥様は僕を腫れ物でも扱うように接し、他の使用人は何にでも使える下僕としか考えていないようだった。奥様は、僕の家が背負っていた借金を肩代わりしたことに、とても不満なようだった。
ご主人様は僕によくしてくれ、書庫を時折開放してくれていた。僕のこの農奴としての生活の中で、唯一心休まる時間がこの時間で、冒険譚や他の地域の知識を知ることはとても心躍った。それと同時に、僕はここで一生を終えるのだなと思うと、心が痛くなった。
そんなときだ。ススムに出会ったのは。彼は眩いくらいに明るく、落ち込んでいた僕の気持ちを軽く吹き飛ばしてしまった。カラミさんから救ってくれたことも、友達と呼んでくれたことも、僕にはとても嬉しかった。
彼はとても異質な格好をしていて、まるでこの世界の住人じゃないみたいだったのも、興味がわいた。。彼が聞かせてくれた話も、今までに聞いたことがないような話ばかりだった。
それ故に、一緒に旅に出ないかと誘われたとき、本当は行きたいという気持ちが勝った。けれど、僕には借金があり、それを返済するまではどこにも行けない。
「だったら借金全部返済して、旅に出させてくださいって頼めばいいんだよ。ここではどうやってお金を稼ぐんだ?」
「やっぱり商人かな。でも元手も何もないから、そういう人はやはり冒険者として、ダンジョンとかでお金を稼いでるよ」
「お、ダンジョンか」
ススムは呆れたように笑いながら頷く。彼はたまにこういう表情を見せる。異世界転移してきたっていう話だけど、ここだけは嘘だと僕は思っている。
「ま、ダンジョンは冒険者ライセンスがないと入れないんだけどね」
「それじゃダメじゃんか。他になにかもっと手っ取り早く稼げるような仕事はないのか?」
「他に……。そうだなぁ、確か近くの山に山賊が住み着いたって話を聞いたよ。財宝を隠し持ってるらしいけど、危なくて誰も手が出せないんだ。近々冒険者達が来るらしいけど、まだ先になりそうなんだよね」
僕は一応のつもりで言ってみただけだった。山賊なら彼も諦めるだろうと思ったからだ。確かに旅には出てみたい。色々な場所を見てみたい。でも、それは無理だと諦めている。
「よし、それで決まりだな!」
それを。こうもあっけらかんと。
筋金入りのバカなんじゃないか、と僕はススムを見る。けれど、彼は自信満々、なんだってできるような顔で僕を見返した。
彼なら、なんだか出来そうな気がしてきた。そう考えた自分に苦笑する。カラミさんにさえ手も足も出なかった彼に、一体何ができるのか。
「危ないよ。やっぱり、地道にコツコツ、お金を貯めて……」
「いや、やるんだよ。そんなことしてたら、お前がお爺ちゃんになっちゃうぜ。俺はやると決めたらやるんだよ。よし、その山賊の場所教えろアルク!」
はは、と乾いた笑いが出た。今まで見たこともない奴だと思った。信じられない、無謀だ、と僕は言おうとした。
「……いいよ、案内してあげる。ただ」
「ただ?」
「そうしたら、僕も君みたいになれるかな?」
僕が読んだ冒険譚の勇者は、いつだって無謀なことに挑戦して、なんだかんだとやり遂げる人だった。いつだって笑顔で困難に立ち向かい、解決していた。ススムと勇者が重なって見えた僕は、そんな間抜けな質問をしていた。
「ばーか、俺みたいじゃなくて、お前がなりたい自分になるんだよ」
ニカリ、と。僕は覚悟を決めた。
「いいよ、ススム。一緒に僕達で、山賊の財宝を奪ってやろうじゃないか」
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