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第一話 ああ、女神さまっ!

 トラックに轢かれた俺は女神さまの前にいた。


「新道進。ああ可哀想なあなた。不幸にもトラックに轢かれて、あなたは死んでしまったのです」


 部屋の中には豪奢なイスがあり、そこに女神さまとでも形容すべき異質な存在感を放った美しい女性が座っていた。

 吸い込まれそうな青色の瞳で俺を見つめながら、なんの汚れもないような腕を伸ばし、なにもかも真っ白な部屋の中で、俺は唐突にそんなことを告げられた。

 俺は嘆いた。


「ああ、なんてことだ……。俺は死んだのか。あ、あんたは誰だ!? ってなるかーい!」


 死ぬ間際に持ってた肉まんを床にパチィーンッ! と叩きつけると、女神さまは驚いたように、


「えっ」

「あるある展開すぎて今さら驚きようもないんだわ! 異世界転移!? やったぜ神様チートください! もあるあるすぎて言いたくないんだわ!」


 俺のあまりの豹変に、女神さまは健気に俯いた。


「食べ物を床に叩きつけるのは……ちょっと炎上するから……辞めてほしい……」

「神様が俗なのも! あるあるで目新しさがないっ!」

「最近の推しVはぺこーるです」

「しっかり現代知識も保有してるタイプ!」


 俺は嘆いた。


「もっと神様は神様ぽいと思ってたよ……!」


 女神さまは微笑んだ。


「さて、新道進……あなたはトラックに轢かれて死にました……可哀想なのでチート持って異世界で新しい人生を送りなさい……」

「情報の速達便かってくらい話が早いな」

「チートはあなたの性格等、色々加味して決められます。あるあるが嫌いなそんなあなたには、この【メタファー】のチートを授けます……ではいってらっしゃ~い」

「出会って数秒でキャラ崩すな……あっ、なんか光が! ちょっとまって説明とかは!? あ、どんどん俺が縮んでいくよう!?」

「え、なにそれ知らん。こわ……」 


 えっなにそれ!? こわ……。

 俺は言葉も出せないまま、縮んで消えた。



「そういうわけで、俺は異世界転移してきたんだ」

「いや全然わからないですけど!?」


 俺が異世界転移すると、周りにはレンガ造りの家がぽつぽつと並んでおり、まるで中世ヨーロッパのような世界だった。車やバイクが走ってなければ、コンビニも電柱もない。

 仕方がないので歩いていると、干し草を大量に積んだ山のようなものがあったので、そこで昼寝をしていたのだ。

 すると、まさに異世界の住民のような格好をした若い男が鋤を持って立っており、俺に声をかけてきた。 

 不審者扱いをして警備兵を呼ぼうとしたので、俺は慌てて懇切丁寧に彼に状況を話してやっていたのだった。


「というか、あなた死んだんですよね? なんでそんな平然としてられるんですか?」

「いや、異世界転移とか転生とか最近の流行りじゃん?」

「初めて聞いたんですけど!? あなたの言葉を信じるとしたら、そちらでは死ぬとそんなしょっちゅう異世界に行くんですか!?」

「そうなんだよ。すると出だしのセリフは、俺は異世界に来たんだー! か、俺は死んでしまったのか……になるわけじゃん。俺はそんなあるあるセリフ言いたくないわけ」

「いや、ちょっと何言ってるか全然わからないんですけど……」


 異世界の住民には難しい話だったのかもしれないな。

 アルクという名前のその少年は、端正な顔をしかめると、では、と続けた。


「まあやっぱ不審者なので警備兵の方呼んできますね。あんまり面倒事増やされるとご主人に怒られるのでいやなんですよ」

「おいおいおいおい! ちょっと待てよ。ちょ、待てよ!」

「なんで言い直したんですか? あと肩掴まないでください」

「冷たくない? 俺たち友達だろ?」

「距離感バグってるなこの人!?」


 アルクくん、ツッコミの素質があるな。反応がいいとボケをどんどん挟みたくなる。


「まあ落ち着け。俺は異世界転移者。チートを持ってるんだ。つまり、君は今なにか困りごととかないかな? 俺にやさしく声をかけてくれたお礼だとも!」

「そうですね……不審者に捕まってることですかね……」

「それは困りごととは言わない。新たな絆の始まりというんだ。さぁ、なにか困りごとは?」

「死んだばっかのくせにすごいポジティブだなこの人! というかチートってなに!?」

「なんでポジティブって言葉は知ってるのにチート知らないんだよ。まあ、何でもできる力ってことかな?」


 俺がそういうと、アルクくんはぴくりと肩を震わせて一瞬押し黙った。 


「……なんでもできるって、それは……」


 様子がおかしいアルクくんをどうしようかと思っていると、荒々しい声が聞こえてきた。ドタドタという足音から、複数人が連れ立って歩いているようだ。


「おいアルクぅ。お前何サボってんだ、あ? 一番下の農奴が仕事できなきゃよ、お前なんている意味ないだろうが!」

「カ、カラミさん……」


 カラミと呼ばれたその男は、下っ端らしきひょろがりを連れて歩いてきた。カラミは筋骨隆々の肉体を見せびらかすように半袖シャツを着ており、風が吹くたび引き締まった腹斜筋がちらちらと見える。

 だっさ……。


「お前はまーたなにもできないのかよアルク〜!」


 下っ端のひょろがりがそう囃し立てる。

 きたぞこのあるある組み合わせ。異世界においてこういったチンピラキャラは、もう刺し身についてくる造花くらいよくある組み合わせだ。


「お前はお使いもできねぇのか? そんなやつはよ、この家にはいらねんだよっ」

「あ、おまえっ」


 俺が止める間もなく、アルクはカラミに蹴り飛ばされ地面にうずくまる。苦しそうにうめくアルクは、先程までの親しみやすさは抜け、一転この世界の弱者としての立場をはっきりとさせた。


「お前はなんなんだ? 見ねえ顔だな」


 カラミは睨めつけるように俺を見る。

 まさにヤンキーというふうな容貌だ。顔がでかく、刈り上げた短髪は転移前の俺ならびびり倒して逃げていただろう。しかし、


「そこのアルクくんの友達だよ。お前こそ見ねえ顔だな」

「ススムさん……」


 安心しろアルクくん。俺にはチートがある! なら殴られても平気じゃあないか!? 


 すると突然、ぽわんぽわんぽわんという音が脳内に鳴り響く。瞬間、世界は時が止まったかのように動くことをやめ、真っ白なフイルターがかかったようになった。


「元気にしてますか。チートについての説明してないなと思いまして」

「あっ女神さまじゃん!」 


 女神さまはルネサンス期の絵画にありそうな感じで空から降ってきて、俺を指さした。後光が眩しいです。


「あなたの【メタファー】というスキルは、異世界あるあるに沿った行動を取ることで、自らを超絶強化することができる、というものです。例えば荒くれ者がいるギルドで悪そうな顔をした人が絡んできたとしましょう」


 ううーん、なんとあるある。ラブコメ漫画に出てくる幼なじみくらい異世界には必要なキャラだ。


「そこであなたがそのからかいを華麗にスルーする……。ふふっ」


 え、なんで笑ったの。もしかしてスルーするで? 笑いのツボが足湯くらい浅くない!?


「スルーするとですね、あなたはもうそれで最強無双異世界転生者チートくらいの強さを手に入れます」

「すごい雑な能力だな!?」

「つまり、あなたの【メタファー】というスキルは、異世界あるあるに沿った行動を取ることで自分を超絶強化できるというわけですね」


 時間差小泉公文だと……! こいつ、なかなかのやり手だ!


「いや、ちょっと待ってよ女神さま。俺、あるある嫌いだって叫ばなかったっけ? あるある行動とかしたくないんだけど、ゴーイングマイウェイでこの異世界を突き進みたいんだけど!」

「でもあなたの体は転移前と同じくらい貧弱貧弱ゥ! なのでスキル使わないと三秒で死にますね。あとたまに発動しなかったらそれでも四肢爆裂して死にます」

「時間巻き戻し系ラブコメでよくあるようなやばいデメリットをさらりと押し付けやがって……! ん? ちょっと待って、じゃあ今の状況って、俺発動条件満たせてなくない?」

「そういうことになりますね。今のあなたの行動は、どちらかというと能力過信してたらなんかやられちゃったになってしまうので。ということで説明は以上です。それでは〜。あ、あと私からのプレゼントのバッグもお付けしてるので上手く使ってください」

「もっと早く教えろその情報――!」


 俺の咆哮は女神さまが消えていった雲の切れ目に届かずに霧散し、それと同じに世界が動き出した。 

 つまり、カラミの拳は目の前というわけで。


「ちっ生意気なやろうだ、なっ!」

「ぐぼぉっ!?」


 俺はカラミにお腹を殴られ、地面にうずくまる。この世界の弱者の立場を認識させられてしまった……。

 アルクくんの虫を見るような目が刺さるって!


「なんだこいつよわっ。おいアルク、さっさと立って仕事しろよっ。身寄りもないお前を拾ってくれたご主人様に感謝しながら働けよ! あーはっはっは!」


 悪態までもが耳馴染みの良い言葉のように突き抜ける。いっそ清々しいほどだ。

 それにしても、俺に与えられたチート、これってほんと……。


「どんなスキルだよっ」

「ああーん? まだ元気らしいなこいつはよっ」

「ぐはあっ」


 今度は頭を蹴られ、俺はカエルみたいにひっくり返る。めちゃくちゃ痛い……っ!

 ちらりと見えたカラミが、俺に向けてさらに足を振り上げて――


「やめてくださいっカラミさん。その人は関係ないでしょう。ほら、お使いでしょう。少し休憩してただけなので、すぐ行きますから」

「はんっ。さっさと仕事しろ」


 そういうと、カラミはひょろがりを連れてまたどこかへ去っていってしまった。

 立ち上がったアルクくんは、倒れ伏している俺に手を差し伸べてくれた。


「大丈夫ですか?」

「ありがとうアルクくん……。あいつ、何者なの?」

「カラミさんは、僕たちのような農奴を統括する農奴頭です。ご主人様の右腕のような存在ですね」


 メイド長みたいなもんか。


「ご主人様ってのは?」

「ご主人様は、ここら一帯の地主ですね。マトリ・フォワード様です。僕みたいに身寄りがなかったり、仕事にあぶれた人たちを雇ってくれてるんですよ。……というか、あなたほんとに何者なんですか? 旅人とか? 気になってたんですけど、その服なんなんですか」

「これはジャージという。万能素材で出来たやつだ。というか、俺を通報とかしなくていいの? 助けてくれちゃって」


 アルクくんは呆れたように俺を見ると、ため息をついた。


「あなたは不審者ですが、危ない人ではなさそうですしね。見逃してあげますよ」 

「それはありがたい。あ、ちょ待てよ!」

「肩触らないでください。なんですか? 早くお使い行かなければならないんです」


 触るのすらも拒否された!


「歩きながらでもいいからさ。さっきアルクくん、なんでもできるって言った時、ちょっと反応おかしかったよな。やっぱりなにかして欲しい感じ? ほら、何でも言ってごらん」

「なんか腹立つな……。特になんでもないですよ。満足してます」


 歩き去ろうとするアルクくんの腕を掴むと、アルクくんはムッとした顔で振り返る。


「だから、触ら……」

「それはないだろ。ちょっと休憩しただけで殴られるなんて、あっていいはずがない」


 俺の真剣な顔を見て、アルクくんは戸惑うように視線をさまよわせ、顔を俯かせた。


「本当に……なにもないです。確かに殴られるのは嫌ですけど、我慢できる範囲ですから。それに、ご主人様もよくしてくださってますから……。まあ、あなたみたいな外からの人を見ると、少し羨ましくなりますけどね」


 あはは、と笑う。俺に気遣わせないよう、微笑みを貼り付け、口角を上げている。でも、俺には見えた。なにかを諦めた顔だ。どうしょうもない現実にもう見切りを付けていて、これから好転することも、これ以上悪化することもないという顔。

 俺はそんな陰気くさい顔を吹き飛ばしてやろうと、ニィッと口角を上げてみせた。自信満々な笑みっていうのはこういうもんだ。死ぬ前は保育士だった。泣いてる子供には、同調するより思い切りの笑顔で接した方が良くなることもある。


「じゃあ外に旅に行こうじゃないか! 行くまいとする君の気持ちはどこから? 俺は喉から」

「外って……行けないですよ。お金もないですし、すぐ死んじゃうに決まってます」


 さり気なく混ぜたボケをスルーするんじゃないよ。

 俺はそれすらも笑い飛ばすように、


「ふふ、ふはは! なるほどな。君の困りごとはそれか! つまり、旅をしたいと! お金があり、死ななければ旅をしに行きたい! ……承った。俺は異世界転移者。チートを持って転移した男! 君の困りごとを解決してあげようじゃないか!」

「いや、無理でしょ。カラミさんにあんなボコボコにされてた人が、何をできるっていうんですか」  


 無駄な時間を使った、といわんばかりに、アルクくんは歩き出す。俺はそれを追い越し、振り返ってニヤリと笑う。

 まずはその諦めの性根を叩き直してやる。異世界初住民のよしみだ。それに、ここでアルクくんを逃すとなんの知識もないこの異世界で俺、すぐ死にそう!


 とはいえ、女神さまとの会話のおかげで【メタファー】がどんな能力かよくわかった。 

 俺がしたくないことを強要されるこの能力、なんて意地悪なんだと頭を抱えるのは後だ。

 なぜ今さっきボコボコにされてしまったのか? 答えは簡単。俺はやられ役のあるあるを演じてしまったから――そう、なら、だったら? 相手をやられ役にすればいい。

 異世界転移したときのあるあるというのはどういうことなのか。ああいうチンピラに対して、俺が取るべき異世界あるあるの行動とは――!

 俺、またなにかやっちゃいました?

 この状況を作り出す――!


「ああ、まずはあいつらをボコボコにしてアルクくんと俺に謝らせてやる」


 そうだ、俺はあるあるを利用して、俺だけの異世界冒険譚を作り上げてやる――!

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