命運
睦月と如月がみつけたのは、この曲輪の石壁につくられたちいさな地下道だ。
「どこにつづいてる?」
「そこまでは・・・。外の軍勢も、地下道に気がついているやもしれませぬ。先行いたします」
睦月がいい、如月が松明を手渡してくれる。
地下道は暗い。
睦月と如月は、おれたち以上に夜目がきく。
松明もなしに、奥へと消える。
地下水が流れている。とはいえ、ちょろちょろ程度である。
「山崎、どうみる?山崎?」
めずらしく、ぼーっとしていやがる。
二度呼びかけ、やっと気がついたようだ。
「おそらくは、極楽橋をこえたあたりかと・・・」
「おい、大丈夫なのか?」
松明の灯りのなか、よくみると相貌に大粒の汗をいくつも浮かべてやがる。
死人みてぇに真っ蒼で、荒い息をしている。
そのとき、気がついた。
腹部が、血に染まってるということを・・・。
「くそったれ」
思わず、小声で毒づいちまう。
自身にたいして、である。
山崎の様子がおかしいことに、気がついていた。
さっき、極楽橋できいたとき、「かすり傷だ」って応じたのを、鵜呑みにしちまった。
ゆえに、おとなしいのは、精神的に参ってるとばかり思いこんじまってた。
なにゆえ、なにゆえ疑わなかった。
こいつはいつも責任感が人一倍強く、自身のことは二の次で、自身の感情や思いを、いっさいいってこねぇ・・・。
まえにもあった。
熱で朦朧としているのを隠し、密偵の務めをはたしおえ、ぶっ倒れて死にかけた。
かような状況で、こいつが「痛い」だの「休ませてくれ」だの、おれや周囲にいうわけがねぇ・・・。
「副長、大丈夫です・・・」
おれの表情をみ、山崎はおれがどうするかをよみやがる。
おれの耳朶に真っ蒼な口唇をちかづけ、囁きかけてくる。
「まだ、動けます。永倉と斎藤とともに、殿に、まわりま・・・」
「馬鹿野郎っ!だまってろ」
頭ごなしに、けなしちまう。
「島田っ!」
すぐさま、巨躯がちかづいてくる。
おれが、すべてをさらけだせる二人のうちの一人。
無論、いま一人は、かっちゃんだ。
島田は、おれの視線をうけとめつつ、おれたちの横に両膝を折る。
その時点で、島田は状況を把握し、おれがなにを頼みたいかを察する。
「さぁ山崎、埃っぽくて汚い背だが、西本願寺の柱より丈夫だぞ」
さすがは島田。
口角をあげ呟きながら、有無をいわざず山崎を背におう。
山崎はなにかいいかけたが、おれの一睨みで口唇を閉じやがる。
「いそぐぞ」
いかなる状況かもわからぬ。
松明も、危険極まりない。それでも、ゆかねばならぬ。
松明の灯りを頼りに、ぞろぞろとあゆみはじめる。
「どうみる?」
もくもくと隣をあゆむ豚一に、声量をかぎりなく落とし、尋ねる。
死番をかってでた勘吾と才輔の背を、おれのもつ松明が浮かび上がらせてる。
さきは、闇だ。
それは、おれたちの命運そのものなんだろう。
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