困惑
「斎藤っ、登っ」
連中の死角に潜んでいる二人に叫び、新八と左之には視線を向ける。
こいつらは慣れてる。
指示するまでもなく、すでに間合いを詰めてる。
瞬きする間もなく、とはこのことだ。
向かってきた四人の頸筋に、三本の剣先と一本の穂先が突きつけられる。
新八、左之、登、そして、斎藤。
得物を突きつけてる武者の瞳をみつつ、つぎなる命をまつ。
「ほう・・・」
豚一が、ちいさく溜息をつく。
それが感心しているのかどうかはしらねぇが、自慢の仲間の技量の一端をみせてやった、という優越感にひたっちまう。
「物騒な連中だな、ええ?お家騒動かなにかか?上様よ、この場はあんたがおさめるべきなんじゃねぇのか?」
豚一にいった途端、武者も死に装束の連中も、弾かれたように豚一に注目する。
「副長っ」
背後に、如月の気配を感じる。
「どうした、如月?」
いつもだったら、迅速簡潔に報告してくる如月が、なにもいってこねぇ。めずらしくいいよどんでやがる。
「どうも様子が・・・・。敵の軍勢に囲まれ、すぐそこまで諸隊が迫っております。大坂城は、落城寸前のようですが・・・」
その内容を解するのに、しばしときがかかっちまう。
「馬鹿な・・・。長州や薩摩が、もうやってきたと?」
「ついさきほどまで、静かなものであったのに?」
「くそっ、おれたちゃいったい、どうなっちまうんだ?」
仲間の動揺、否、混乱の様子は、背を向けていてもわかる。
「上様よ、あんた、軍勢が迫ってきてるのをしり、家臣を置いて逃げるつもりだったのか?」
この場におよび、豚一の行動にこだわっちまう。
本来なら、かようなことはどうでもいい。
優先すべきことではない、とわかっているのに、である。
「ああ、そうだ。悪いか?」
くそっ、まったく悪びれず答えやがる。
「上様っ」
お芳がなにかいいかけ、それをとどめてから、豚一はつづける。
「だが、軍勢が迫ってきているから、というわけではない。土方、わたしは・・・」
豚一がはじめて、おれを名字でよびやがった。
それは兎も角、豚一のいいわけをきくつもりはない。
豚一も、それを察したんだろう。
いいかけたが、口唇を閉じやがる。
「どうもちがうようだ・・・」
「なにがだ、ええ?なにがちがうってんだ?」
「軍勢が、だ」
「ああ?なにをいってやがる?」
そのとき、背後でまた火炎があがる。
その炎の音に負けじと、外から喊声らしきものまで流れこんでくる。
「副長、抜け道をみつけました」
如月の切羽詰まった声音で、頭を冷やせた。
「よっ兎に角、ここから抜けだそう。でっ、あんたら、どうする?」
その問いに、死に装束の連中は、即座に「連れていってくれ」と答える。
が、鎧武者どもは・・・。
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