まさかのお家騒動?
「敵か?」
うしろで、だれかが叫ぶ。
いや、それはねぇ。
連中は、洋式。
たった一人として、鎧兜に身をかためてるやつぁいねぇ。
だとしたら、あれは味方ってことになる。
幕府軍の敗因の一つ、それが鎧兜、刀槍、ってわけだ。
それから、情報不足、油断、心構え・・・。
数え上げたらきりがねぇ。
先頭の野郎が、おれたちに気がつきやがる。
「ひいいっ!まてっ、まてっ、余の頸などとったところで、なんの価値もないぞ」
野郎が叫ぶ。
ひかえめにいっても、ぶよぶよで、いかにもどんくさそうな野郎じゃねぇか。
「おいっ上様よ、ありゃだれだ?あんたの家臣じゃねぇのか?」
豚一に掌を伸ばし、体勢を整えてやる。
二人して、あらわれた死に装束の野郎らをみる。
「いや・・・。みたことがない。それに、いまここで切腹する馬鹿などいるはずもない」
豚一は、そういってからくくくっと笑いやがる。
たしかに、いまこの機に、切腹など無意味。
「秀頼様っ、これ以上、恥をさらすようなことはおやめくだされ。お父上の偉業が、地におちまする」
鎧兜の先頭の漢が叫ぶ。
そして、やっとおれたちに気づく。
「徳川の者かっ?」
元結がばらけ、いまにも化けてでてきそうな形相じゃねぇか。
「そうだ」、と答えるよりもはやく、死に装束のばばあが金切り声をあげる。
「ひかえよ、修理っ!そもそも、そちが交渉に失敗したのではないか?それを・・・。秀頼に、切腹させるとは・・・。それとも、そちが助かるために、秀頼の頸を差しだす交渉でもされたのか?」
思わず、豚一と瞳をあわせちまう。
これは、なんの芝居だ?
それとも、なに者かがふざけてやがるのか?
「秀頼様っ」
そのとき、鎧武者たちのあいだから、小柄な武者が飛びだしてきた。
まだ餓鬼だ。うちの餓鬼どもと、そうかわらぬ年齢ごろのようにみえる。
真っ赤な鎧兜。兜には、六文銭があしらわれてる。
「大助っ、おお、大助。たのむ、余を助けてくれ。死にとうない」
「秀頼様っ!その者どもから、はなれてください。いずれの家中の者だっ!」
ぶよぶよの野郎との間に立ち、こっちを睨み付けてくる。
うちの餓鬼どもより、よほどしっかりしてやがる。
すばやく、この状況をまとめてみる。
これが誠のことなのなら、かようなときに、のんびりお家騒動やってるってことになる。
もしかすると、どっかの藩主がこの戦で戦死し、その跡目を継ぐのに争い、この連中が負けたのやもしれぬ。
なら、おれたちはどうすればいい?
お家騒動や跡目争いに、頸を突っ込んでる暇などねぇ。
それ以上に、そんな体力も気力もねぇ。
「いずこの家中の者か?われらは、和議を結びたい。そちらの大将に、とりついではもらえぬか?」
年増の女が、しゃしゃりでてきやがる。
まうしろに迫ってきてる炎の明かるさのなか、女を観察する。
わるくねぇ・・・。
経験が豊富そうだ。こういう女は、床で荒れ狂ってくれる。
「錯乱されたか、淀殿っ!敵はすでに、和議など結ぶつもりはなし。それを・・・。致し方なし。われらが介錯いたしまする」
修理と呼ばれた武者が、左右に合図を送る。
問答無用で、修理とその手下らしき三人が刀を振りかざし、こっちに向かってきやがる。
慌てたのは、おれたちじゃねぇ。女と秀頼って野郎、それから、大助という餓鬼だ。
ご訪問いただきまして誠にありがとうございます。
ゆるゆると進行してまいります。
気長にお付き合いいただけましたら幸いです。