睦月と如月
「睦月っ、如月っ」
「承知っ!」
おれがいうまでもない。
影のようにつき従っているおれの懐刀が飛びだし、もうもうとたちこめる煙のなかへと姿を消す。
睦月と如月については、あまりよくしらねぇ。
まだ日野にいた時分のことだ。
ある日、彦五郎兄の家にみすぼらしい餓鬼二人が物乞いにやってきた。ぼろぼろの着物をまとい、髪はもつれ、相貌も体躯も真っ黒な姿で・・・。
二人は、兄弟だという。
佐藤彦五郎は、おれの姉貴のぶの夫、つまり義兄である。
彦五郎兄は人がいい。哀れに思った彦五郎兄は、小者として餓鬼どもを置いてやった。
当時、実家よりも佐藤の家のほうがすごしやすかったので、ずいぶんといりびたっていた。
睦月兄弟と出会ったのも、無論、そこでだ。
名はないという。否、いいたがらなかった。ついでに、どっからきたとか、なにがあったとかも。ただ、なにをやらせてもそつなくこなしやがる。
兄弟だっつうが、二人は瓜二つだ。
いいたがらねぇが、双子にきまってる。ゆえに、親に捨てられたんじゃねぇのか、と推察した。
二人とも、なにをやらせても器用だしうまい。
剣術もその一つ。体格のわりに掌が分厚いところをみると、もともとやってたにちがいねぇ。
試衛館に連れてったら、みなが一様に驚いた。かっちゃんや大先生まで。
大先生は、かっちゃんの養父近藤周斎先生のことだ。
残念ながら、先年亡くなった。
京にきてからは、剣術だけでなく、槍も弓も乗馬もできるし、鉄砲だって撃ちやがる。そして、間者密偵もそつなくこなす。
こいつらは出会った当初から、なにゆえかおれをいやがらず、けむたがることもなく、慕ってくれてる。
ゆえに、口数がすくなく、従順な兄弟を舎弟みたいにあつかってる。
それは、京にきてからもおなじで、ずいぶんとあぶないことや残酷なことをさせている。
睦月と如月という名は、二人が佐藤の家にやってきたのが睦月で、おれたちが出会ったのが如月だったからつけた名だ。
あれから七年ちかく経つ。おれは、こいつらがまだ餓鬼としか思えね。が、かっちゃんや総司は、立派に成長したな、なんていってる。
「落ちつきやがれっ!姿勢を低くしろ。煙をすいこむんじゃねえぞ」
叫ぶと、いくつか「承知」とかえってくる。
主計や利三郎、才輔が、餓鬼どもを落ちつかせる。
主計は、おれの後継者にしてぇくれぇの切れ者だ。剣もそこそこ遣える。
利三郎は、新八に負けず劣らず剣術馬鹿だ。だが、なんでも器用にこなすんで、餓鬼どもが一番慕ってる。
才輔も切れ者だ。そして、馬術がすげぇ。弓と銃もできるんで、この戦いでも騎馬に跨り陽動してくれた。
「どこにいこうと、上様?」
お芳の肩に掌を置くと姿勢を低くさせ、もう片方の掌で将軍様の胸元を掴む。
おなじように姿勢を低くさせつつ、こちらへひきよせる。
まだおれの睨みに耐えてやがる。
「おぬしには関係ない、餓狼」
おれの相貌に、くっつかんばかりにひきよせた豚一の口角があがる。
「なんだと?おれたちは、あんたのために生命はって戦い、泥水すすり、這いつくばるようにしてここまでやってきた。女子とどこへしけこむつもりだった、ええ?」
豚一の口角が、ますますあがる。
「当然だ。そもそも、おぬしらは余の臣。否、幕臣どころか、おおくが武士ですらなかったというではないか?それを取り立ててやった。生命くらい、かけてもらわねばな」
お芳の肩から掌をはなすと、豚一の相貌を殴りつけていた。
自身でもあっと思うまもなく、だ。
死んでいった者たちを、否定された。
かっときちまうのは当然であろうが、ええ?
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