焔(ほむら)と頸(くび)と……
しばらくは連続投稿いたします。
燃える燃える曲輪が燃える……。
「ときがありませぬ。はよう」
はだけた着物からあらわれたのは、てっぷりと艶のいい腹部。
それはまるで、女子の臀部である。
「いやじゃ。わたしは死にとうない」
「なりませぬ。もうおそいのです。あなたは、死なねばなりませぬ」
「なにゆえじゃ?きさまらがかってにはじめた戦であろう?わたしには関係ない」
訴えは、さらなる焔の音に掻き消されてしまう。
「往生際が悪いですぞっ。腹を斬ることすらできぬと申されるか?ならば、助太刀いたす」
血のごとき朱色の甲冑武者が、あらあらしく掌の懐剣を奪う。
その兜は焔の光をうけ、甲冑とおなじく朱色に染まっている。
「頸、うまく斬れなかった」
「頸ってなんでこんなに重いの?」
「ねぇ、頸はどうなるの」
泰助と鉄、それに銀は、わんわん泣きながらきいてきやがる。
餓鬼どもが抱える血まみれの布包み。
ついさっきまで、どれも胴体にくっついてた頸……。
くそっ、ききてぇのはおれのほうだ。
ちくしょうめ、泣きてぇのはおれのほうだ。
「やってられんぜ、まったく」
血と汗と涙と泥がまじりあい、たがいの相貌をみわけることすらむずかしい。
小具足や鉢金、皮鎧は、とっくのむかしに脱ぎ捨てちまった。
おれたちの敗因は、武器だけじゃねぇ。こんな動きにくい袴や鎧兜のせいだ。
連中の銃や大砲、洋式の軍服……。
どれをとっても、機能的で実用性がある。
戦のやりかたじたい、かわっちまってる。
おれたちはそれを、しらぬふりをつづけた。否、しろうとしなかった。
そのツケが、これってわけだ……。
おれたちは、疲弊しきってる。
精神も肉体も……。
くだらねぇ戦だ。
喪ったものがおおすぎる。それでも、おれたちはまだ戦える。
かっちゃんと総司が大坂城にいる。負けちゃいねぇ。
生きてる。いくらでも仕返しはできる。
「副長、こちらです」
「山崎、おめぇ、血がでてるぞ。大丈夫なのか?無理すんな」
振り返った山崎の腹部が血に染まっているのを、夜目がきくのではっきりとみてとる。
大坂出身の山崎は、大坂城周辺のことをしりつくしている。
大手門は、京から逃げてきた連中でてんやわんやしているであろう。
入り込むのにいいところがある。ていうんで、おれたちは木々を縫うようにしてあゆんでいる。
「大丈夫です、副長。かすり傷です」
山崎は、そう囁き返すとまたすすみはじめる。
あゆめぬ者は、淀から舟にのせた。
うしろにいるのは、まだ戦えて、てめぇの脚であゆめる連中ばかり。
つまり、おれたちは殿をつとめながら、ここまで逃げてきたってわけだ。
ちくしょうめ……。
でかい石垣ぞいに、おれたちはただひたすらすすむ。
気も脚も重い。
山崎のいうとおり、このあたりは人っ子一人みあたらねぇ。
しずかすぎて、気味が悪いくらいだ。
空をみあげると、曇天なのであろう。月も星もみえず、闇がひろがるばかり。
だが、夜目になれているおかげで、あゆむくらいは苦にならぬ。
いまではすっかり、話す気にもならぬらしい。
ついさきほどまで文句や弱音を吐いていた餓鬼どもまで、すっかりおとなしくなってやがる。
「あれは、山里曲輪です。この橋は極楽橋です」
すでに大坂城内に入っていたのか。
さしておおきくもない橋を渡りながら、山崎が顎でこぶりの曲輪を示す。
「たしか、大坂夏の陣で、秀頼と淀の方らが自刃した曲輪ですよね」
うしろから、主計の声がきこえてきた。
「そのとおり。そして、火を放った……」
山崎は、言の葉すくなめに告げた。それからまた、すすみはじめる。
「豊臣を滅ぼした徳川が、いままさに滅ぼされようとしているってわけだ。おんなじ場所で」
勘吾の低い声音は、このときばかりは耳朶に不吉に響く。
「なにをいってる?まだおわっちゃいない」
「そうだ、これからだ」
すぐに幾人かが意を唱えだしたが、それも勢いがねぇ。
こんだけ疲れきり、精神も折れてりゃ当然だ。
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