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月に吠える~2020・春~

新型コロナウイルス感染が広がる中、帰省せずに東京に残った大学生のわたし。一人、ワンルームに閉じ籠って暮らす中で、気になっている先輩も参加するWEB飲み会が行われることになったが。

   1


 タイミングを逸してしまった。

 間の悪いのはいつものことだけれど、今回はさすがにへこんだ。

 そして今は、へこむ時間がやたらと長く取れるのがいけないのだ。

 だから、どんどん、へこんでくる。

 結構、ニュースを見ている方だと思う。

 むしろ、それがいけなかったのかもしれない。

 ニュースサイトやSNSでは、はじめのうち、人から人へは移らないと言われ、次には、タチの悪い風邪みたいなものと言われた。

 大学の期末試験がナシになったところで、仲の良かった友達はさっさと実家に帰ってしまった。

 わたしは残っていた。

 バイトもあったし。

 ウイルスがたいしたことないと言う「有識者」たちもテレビに出ていたし。

 気が付くと、感染を広めるから田舎には戻るなの大合唱。

 母は帰ってこいと言ったが、父母のところには超高齢の祖母も同居している。わたしのことを可愛がってくれた、おばあちゃんだ。危なくて帰れるわけがない。

 そして、バイト先の外食店は店を閉めた。

 大学も休み、バイトもなし。

 狭いワンルームから、ほとんど一歩も出ることなし。

 SNSでは繋がっているけれど、誰にも会わない毎日。

 あー、間が悪いったらない。

 いやいや、帰省し損ねたことを、テレビや他人だけのせいにするのはよそう。

 わたしが、なんとなし、東京に残ってしまったのは、サークルの先輩とちょっといい感じになりかけていたからと言うこともある。大いにある。ここで田舎に帰ってしまったら、彼と会う機会が無くなってしまうのではと、怖かったからだ。

 でもいまや、そんな状況ではなくなってしまった。

 大学へは立ち入り禁止で、当然、サークルの集まりもない。

 こんな時に、個人的に会えるはずもない。何もない平穏な時にだって、二人だけになったことなんて、ほんの数回、しかも偶然のなせるワザだったのだ。

 せめて、彼がSNSにマメな人なら良かったのだけれど。彼は、SNSに自分から書いてくることなどほとんど無い。ただ、グループチャットで話題を振られると、それに答える程度。

 わたしはいつもスマホを傍らにおいて、その素気ない答えを楽しみにしている。

 やれることは、それだけ。

 せめて、この事態が起きるのが何か月かでも遅ければ、先輩に用もなしに個別にチャットしてもおかしくないようにはなっていたのかもしれないのだが。



   2


 4月になっても感染はますます拡大し、大学の講義がネットの会議用アプリを使って実施されることになった。わたしは、どうにかこうにか、そのアプリをパソコンにインストールした。

 それからすぐ、アプリを使ってのWEB飲み会をしようという話がサークルのSNSで回ってきた。

「明日の夜、18時からで。」

 やった!

 じっと部屋で一人でお金も無くなってくる中、ようやくささやかながら良いことが巡ってきた。

 先輩の顔を見られる。

 パソコン上に分割される小さな小さな画面だけれど、先輩の顔が見られて、わたしのことも見てもらえる。

 となると、WEB飲み会は夜からだけれど、やらなくてはならないことが朝からあった。まず、飲み会のツマミを調達しなくてはならない。3日に1度の買い出しで買っておいたいつものチープな材料から、いかにそれらしい料理をひねりだすか。これにはアタマも技術も時間もかかる。まずは、WEBで、おつまみ簡単レシピ検索から始めなくてはならない。

 そして顔。とにかく、近所のスーパーにしか行かない日々が何日も続いたせいで、ほぼまったく手入れをしていない。WEB飲み会ではパソコンの画面がいくつもに分割されるのだから、ディスプレイに映る大きさこそ小さいとはいえ、おろそかには出来ない。まずはこの、明治の文豪のように伸び放題の髪、そして、放置した草っぱらみたいな眉毛。これを何とかしなくては。ああ、やることがたくさんある。

 死んだように動かなかったわたしの日常。それが、急に活気づいた。すべては、東京の片隅の、20平方メートルあまりの小さな部屋の中での出来事ではある。けれど、いつまでも居座っていた長い長い冬が終わり、突然に春、いや、春の遠い兆しが現れた、そんな感じだった。


 夕方5時。

 スペイン風オムレツ、プチトマトとレタス、チーズのサラダ、冷凍のフライドポテト、パンナコッタ。どれも料理したというにはおこがましいが、高校時代、家事の手伝いなどロクにせず、上京してからもコンビニ弁当や冷凍をチンなど超手抜きで済ませてきた身としては、かなり頑張った。自分で作ったのは、見栄半分、金銭的な問題が半分。

 別に、オンナだからといって料理が出来なくてはという時代でもないが、先輩が結構自炊していることを知っているだけに、コンビニは避けたかったのだ。

 洗面に行って、髪やメイクを最終確認。

 それで、テーブルの前に座る。

 必死の勤労のかいあって、すべての準備が整った。

 わたしはそれで、パソコンを開ける。

 電源オン!

 WINDOWSが立ち上がる。

 中古を買ったけれど、性能は上々。すぐに画面が現れる。

 ID、パスワード、すべて順調。

 やあ、久しぶりだなあ、このわくわく感。

 どちらかというと、人付き合いが得意ではなく、一人で本やマンガ、映画を観ているのが好きで、まあ、言ってしまえば「陰キャ」で、むしろ、ともだちと話を合わせて笑っておくのは疲れる、くらいに思っていた。

 それでも、この数週間はキツかった。

 電話もSNSもあるから、誰とも繋がっていなかったわけではない。

 むしろ、普段以上に多くの人たちと、常に繋がっていた。

 でも、スマホの小さな画面に浮かぶ文字列、絵文字、時に、写真、まれに動画、ごくまれにビデオ通話。やはり、小さな画面で。

 あれ?と思った。

 好きなはずの一人の生活なのに、水底に一人沈んでいて、そばには誰一人いなくて、薄暗くて、はるか水面からはマリンスノウが音もなく降り積もる、そんな感じ。降り積もって、だんだん、わたしを埋めていく、そんな息苦しさ。

 そこにかろうじて届くSNSの光。

 帰省したともだちからのメッセージ。

 なつかしい母校の写真のSNS。

 そして、先輩の素気ないリプ。

 いま、マリンスノウを振り払い、わたしは浮上する。

 会議用アプリを立ち上げる。

 ID、パスワード。

 そして、飲み会のセッションに参加。

 クリック!

「――?」

 あれ?

 パソコンが反応しない。

 じっと、そのまま。素知らぬ顔。

 わたしは、もう一度、クリックする。

 でも、パソコンは動かない。

 何?

 何が起きたの?

 またか、とどこかで思う。

 そう、いつだって、わたしはタイミングが悪い、間が悪いのだ。

 記憶、その1。

 友達グループ5人にお菓子が4つ。わたしだけが、部活の帰りで友達との待ち合わせ場所に遅れていて。みんなが、「ちょうど4つしか無いし、食べちゃおうか」、そう言って食べ始めたタイミングでわたしは到着。

 記憶、その2。

「うちの高校からこの大学への推薦は今のところお前だけだし、もう、だいたい決まりだろう」と担任に言われて、ああこれで受験終わり、と集めてきた塾の冬期講習を全部捨てたところで、真打登場。数日後、「悪いな、お前より成績良い子が推薦取るって言いだして」と言われて、また塾の資料を取り寄せた。

 言ってみれば、どれもささいなことでしかない。

 いちいち、根に持つほどのことではない。

 ないけれど、思うのだ。

「ああ」

 って。

 またか、って。

 今もまた、何回クリックしてもパソコンは反応せず、仕方なく、いったん、会議アプリからログオフして、それでやり直してみる。

 やはり、うまく繋がらない。

 なぜだ、何がいけないんだ。

 分からない。

 そもそも純粋文系のわたしは、ネットリテラシーが著しく低い。

 ああ、順番を間違えたと、わたしはそこでようやく思うに至る。

 手作り料理よりまず、この会議用アプリの使い方を確認しておくべきだったのだよ、この愚か者め!

 わたしは、何度か操作を繰り返し、それでもうまく行かずに、ついには電源をオフにし、再度電源を入れて、立ち上げて…。

 その時にはもう、6時を回っていた。

 スマホにSNSでメッセージ。

「どうしたの? 大丈夫?」

 ああ、はいはい、忙しい。

 わたしは、パソコンを立ち上げながら、スマホのSNSを開いて返信。

「うまくパソコンが繋がらない」

 泣き顔の絵文字。



   3


 そこから数十分。

 結局、わたしのパソコンは、サークルのみんなと繋がることは無かった。

 わたしは、サークルのみんなの好意で、参加している同級のともだちのスマホをスピーカーフォンにしてもらい、SNSのビデオ通話にして彼女のパソコンの前にそのスマホを立ててもらい、かろうじて、WEB飲み会に参加することができた。でもそれはホントに雰囲気だけで、わたしから何か言葉を発することはほぼ出来なかった。わたしのスマホの画面には彼女のパソコンの画面が映り、そのパソコンの中がいくつもに分割されて、その区画一つずつに誰かが映っている。でももはや、それが誰かなどは、ほとんど分からないのだった。

 途中からだんだんヤケになってきて、用意しておいた料理をガツガツ食べ、ワインをごくごく飲んだ。そうするうち、小さな画面の向こうの世界が、さらにふわんと遠ざかり、みんなの声もまた、ふわんと遠のいて、それから近づいたりした。

 これは眠くなってきたのだと感じ、さらには、飲んだせいか暑くなってきたのだとも思い、私はスマホを持ったまま立ち上がり、窓を開けた。

 いつのまに、外は完全に日が落ちていた。

 季節は4月、桜が散り、新緑がまっさかりで、何もなかったら、大学の正門からの道、その両側をずっと、サークルの新入生歓迎の看板や勧誘が取り囲む時期なのだ。街は、キャンパスは華やぎ、うかれ、一年で一番、明るい時期なのだ。

 だが、外は夜なだけでなく、とても静かだった。

 まるで、マリンスノウが降り積もりそうな静けさだった。

 スマホからは、サークルの友達や先輩の話声が遠く聞こえてくる。

 夜なのに、静かなのに、街はそんなに暗くはなかった。

 あれ?と思い、わたしは、空を見上げた。

 月が出ていた。

 まんまるの、満月が出ていた。

「おーい!」

 わたしは呼んでみた。

 あ、なんか、自粛になってから、部屋にいるようになってから、ずっと大きな声を出していなかったんだ、とその時初めて気づいた。

 いやいや、もっと長い間かも。わたしは、もう何年も、大きな声なんか出していなかったかも。

「おーい!」

 わたしは、もう一度、今度は叫んでみた。

 それからさらに。

「おーい! おーい!」

 力いっぱいの声で、繰り返し叫んでみた。月に吠えた。

 なんだか、少し愉快になった。

 そうしたら、スマホの小さな小さな画面、その横についている小さなスピーカーからも、おーいと、先輩の声がしたような気がした。



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